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danceの創作手帳

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これまでの奉納は

雅楽「二星」を踊らせて頂きました



今回のイメージは

伊勢神宮でも踊られている。。。胡蝶の舞


イメージ 1



衣装をつくってくれた S.Mさんに

さっそくmailで相談する


イメージ 2

 
 blog友のA.Sがシュートした写真

こちらも参照に。。







熊野は、出雲とおなじ神紋

黄みがえりの地






蝶はときに。。。魂とみられることも。。



















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the カンパニーオブ横浜

イメージ 1
 
 
the カンパニーオブ横浜http://www.the-balletcompany.org/
 
行ってきました
 
 
 
といっても、時間を間違えて
 
公演をみることができず。。。(笑
 
 
 
ここのカンパニーは興味があります
 
 
 
ダンサーの募集は
 
年齢16歳以上、身長制限無し
 
 
だいたい158センチは。。カンパニーはほしいらしい
 
 
私は、150センチなので
 
苦労しました(笑
 
 
 
だいたい引退は
 
結婚適齢期?30歳前後
 
40歳以上の在籍の方もいるけれど
 
やっぱり、公演回数が多いと
 
年齢は若い方がいいです
 
 
 
身長、年齢の上の制限がないというのは
 
このカンパニーの度量の大きさを表現するのでは??
 
 
興味があります
 
 
バレエ団代表は
 
井上欧輔氏
 
 
 
彼は、日本では舞台以外の仕事しないと
 
ダンサーの生計は成り立たない
 
この実態をなんとか変えたいと
 
 
日本では珍しい
 
月給製のバレエ団
 
 
カンパニーメンバーには
 
日本人以外に、イタリア人、フランス人の姿も見えるとのこと
 
 
オーディションのときは
 
日本人は150人以上
 
外国人は200人以上の人が応募したとのこと
 
 
レベルの高いダンサーが集まったと
 
氏はむねをはっていました
 
 
募集に
 
月給制であること
 
チケット販売のノルマが無いこと
 
怪我のときの治療費補助
 
トーシューズの支給など
 
ダンサーの生活を手厚く支援する
 
日本ではまれなバレエ団
 
 
日本人ダンサーで優秀な人は
 
海外に行ってしまう
 
 
この理由は
 
日本のダンサーはチケットの販売ノルマを課せられる
 
 
販売成績が良いことが
 
給料や舞台の配役に影響する
 
 
つまり
 
踊りの実力とは関係ないところで評価される
 
 
これが現状
 
 
海外のバレエ団のように
 
踊ることだけで生活できる仕組みがあれば
 
ダンサーは舞台に集中し
 
バレエの技術を底上げできる
 
これがバレエ団設立の原動力となっている
 
 
 
現在私も最も興味がある
 
バレエカンパニー。。だけど
 
土曜日の公演だから
 
当然ナイトライフで。。。7:00pmころの
 
公演時間ではないかと
 
 
3:00pmから40分公演??
 
 
次回ご縁を!







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谷桃子氏のこと

イメージ 1

日本のバレエ会を語る上で

そのなくてはならない谷氏


現在、日本のバレエ界の発展は

この世代の活躍が基盤となっている




1950年代

日本にはホールなどほとんどなく

その時代を谷桃子氏は

全国を回った



上演をする会場は

歌舞伎などを上演する芝居小屋

映画館

体育館


当時のこれらの会場の施設は乏しく

寒風が吹き込む時は

ステージに火鉢をおいたそうだ


男性がジャンプして

着地したとたん

ステージの底が抜けたことも。。。


そんな環境で踊り

移動して

また数日踊る


そういった生活を続けたそうだ


移動は列車

それも2等車


時には床に新聞紙を敷いて。。。寝たことも


谷先生と言えば白鳥の湖


バレエ作品で「赤い靴」という映画があって

映画会社から日本のバレリーナとして

赤い靴をいただいたこともあったとのこと


その谷桃子氏

米寿をこえられたそうです


先生は兵庫県の出身

神戸でアンナ☆パブロバの瀕死の白鳥をみたことで

バレリーナを志す


43年に日劇ダンシングチームに入団

第2次世界大戦を経験


終戦を迎え

日本のバレエが本格的に始まる


小牧バレエ団で

白鳥の湖が日本で初めて上演


谷桃子氏はこれをご覧になり

自分も踊りたいと思ったそうです


その当時のバレエは

きちんんとしたものもなく

楽譜を手に入れるにも一苦労


タイツもなく

男性はモモヒキのようなものをはいていたそうで


そういえば

私のコンテンポラリーの若松美黄氏

かれは名前から女性を想像されるだろうが

1950年アバンギャルドのダンサーとして

一世風靡をされた方


その方のお話に

とうじは踊っていると膝の部分がのびて

形が悪くなるので

膝の裏にコイン(10円玉のようなもの)を縫い込んで

調整したとのこと


現在は第二国立劇場などできて

発展はすばらしいバレエの世界

その下地は彼らの努力にある


しかし、まだまだタンダーが食べていくのは

むずかしい

けがをしても保証がない


踊ることで何かを伝え

伝わった人が次につなげる


リレーのようなものだと


現在は、優秀なダンサーは海外に出て

海外から戻っても活動する場所がなく

その才能と経験を。。。風化してしまう場合が多い


これをどうしようか

次の課題だと思う


命はつなげていくもの

そして。。芸術も

芸術だけではなく

リレーのように。。。つないでいくものだと

おもった





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イメージ 1
                         アルゼンチンタンゴの世界チャンピオン

        HIROSHI&KYOKOさん


        レッスン受けてきました


        意外と私の自宅から近く

        車で15分ほどのところに

        お稽古場があります。


        いろいろためになりました

        ありがとうございました〜


       
        それと。。。2011年はじめから

        横浜芸術劇場のスタジオをかりて

        バレエを教えたいなと



        あくまで。。予定ですが



        ちなみに。。

        ここの芸術監督は

        宮本亜門さんです!  

        
イメージ 2

         レッスン等詳しいことは

         後日、連絡します


         ご興味のある方。。。連絡ください



       

      

       
イメージ 1
(淡路 いざなぎ神宮 鳥居)




淡路一宮である

いざなぎ神宮


ご縁があって奉納させて頂くことになった

奉納させて頂く曲は

二星

イメージ 2
(淡路 いざなぎ神宮)



日時は

2010年7月24日

午前9:00からである

イメージ 3
(↑淡路、いざなぎ神宮 本殿)




実はこの日は

兵庫の住吉神社でも奉納する日

イメージ 4
(↑すみよし神社)


つまり

9:00amに淡路のいざなぎ神社で

正式参拝

奉納


3:30pm住吉神社

正式参拝

奉納



ということで。。

イメージ 5
(淡路 いざなぎ神宮)


これも

神様のご縁なので

がんばります!




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