実行委員会の皆様 本当にご苦労様でしたよくやったと思います そして、これからも頑張ってくださいあれだけの人数で
きちんと写真を撮ってくれてありがとう
実行委員会の一人 yosieさんとは
会津若松で初めてあって
病院とかいろいろ
チラシ配りで協力させていただきました
久々に会津に帰って
母にあったときは
母は元気に私を向かい入れてくれて
体調がすぐれないからって
病院に行ったのです
病院では
軽い心不全なので
一週間位入院すれば、すぐなおると診断され
私の携帯には
「入院するけど一週間位。元気になりたい!」
こういっていました
母が入院するときは
叔母が付き添いにいって
私は都内に仕事があるので
そのまま元住吉の自宅に。。。
2012年6月25日
2012年7月5日
叔母から悲痛な声で
ママがおかしいの。。。
深夜バスで病院に向かい
6日の朝から家には帰らず病院に
7日のお昼に
私と母が二人っきりになった時
静かに、永遠の眠りにつきました
福島みんなの演奏会
楽譜もダウンロードできなかったけれど
何とか行くだけいかせていただきたいと
持って生まれたプロ根性で
福島市にいきました
何も用意していないので
福島市にある楽器屋さんを訪ねて
カスタネットを購入
スタッフに頼んで
楽譜をダウンロードして
本番に出演
受け入れてくれてありがとう
それと
実行委員会の人と宣伝にいった会津若松の病院
2013年2月16日
大けがをして自分が
救急車で運び込まれるとは思わなかった
人生何がおきるかわからないけれど
後から考えると
まるで筋書きのあるドラマのよう
この時は
西本先生の指揮で
ウィーンで
ヴェルディのレクイエムに出演するなんて。。
全く考えてもいなかった
場所はウィーンだし
無理じゃないとか思って受けたオーディションに
なぜかひっかかり
ウィーンの楽友協会で
オペラを。。それも西本先生の指揮で
2012年
熊野本宮大社のお祭りでお会いした
福島稲荷神社のみなさま
福島稲荷神社が
福島市にあるともわからなく
楽器屋さんを求めて歩いていたら
偶然に福島稲荷神社が。。。
これもご縁と奉納舞踊のお話となり
10月に無事に奉納が出来たのも
神様のお導き。。。
人生って
泣いたり笑ったり
例えば今は
入院費がひえ〜!!っていうぐらいたかくて
入院中で確定申告も行けなくて
衣装代とか。。借金もあるのに
未だ、半年しか暮らしていない会津若松で
家の主になって
風習も風土も
なにもわからなくて
不安で。。
このままわたしはどうなるのだろうか
さらに
商売道具の足が
致命傷の状態で
でも、こころのなかでは
意外とめげていない自分に
あきれている
またこんな状態なのに
リオンドールカルチャーセンター会津若松で
職を得る事が出来た
それも
イスに座ってバレエ
なんかできすぎてるな〜
でも我ながら
私は、よく踊るよね。。。
本当に、しつこい性格っていうか
話は変わって
西本先生はすてきで、かっこういい人
性格も楽しい人。。らしい
でも、指揮者になった瞬間に
別人になる
迫力がすごい
はっきりいって、モンスター(ごめんなさい)
このぐらいでないと
世界を渡り歩けないのでしょうが
気の弱い私は気絶をしそう
ウィーンでは、ボジションが
西本先生のドン前で
実は練習中でも
精神安定剤
最低2錠はは飲み続けていました
しつこい話だけど
その一ヶ月後事故
手術&入院という事になるとも。。思わなかった
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