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バレエ&ストレッチ

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バレエ 声を出す事

最近コーラスを勉強しているのですが

これもdanceにつうじているおはなしです



私は昔からフォームにこだわり

身体の力を抜く事を

あまり気にかけていませんでした


でも、これでは

身体はいつも緊張をしていて

本来自分が出せる力を

自分で押さえてしまっています


声を出す。。

これは、身体表現をしている人間には

結構恥ずかしいです


役者さんとか歌手とか

別に着にはしないでしょうが
(むしろ得意?)

danceをしている人は

抵抗があるのでは??


だからといって

カウント(5、6、7、8とか)

体操みたいで

色気が無い


そんなところで

コーラスを勉強してみて

そのコーラスの関係で

ウィーンの楽友協会で歌う事が出来ました



美しい声は

その建物とか

空間が左右する事しますが

これはdanceもおなじこと



ストリートダンスは

駅とか

いろんなところをステージにしますが

バレエは劇場があって

セットがあって。。。つまり

総合芸術なので

むずかしいですよね



でも、ソロのシーンを踊るにあたり

それが那智大社の前

速玉大社のご神前が

一番そのときのシーンにあっていたりもします


とにかく

新しくつくるイスに座ってバレエ

このエキササイズは

足腰に負担をかけないで

刈らな野中の筋肉を鍛える事を主としています



鍛えるとりきみますが

力んでも筋肉は硬直するだけで

しなやかにする事は出来ません



なので、大切ななのは呼吸法

この呼吸法を伝える事は

私自身が声を出す事に抵抗があったので

理屈でお話をしていましたが

オペラの一部分を歌いながらでも(できるかな?)

エキササイズに取り入れて

皆さんと研鑽していきたいと思っています

よろしくお願い致します




子供の守護神

イメージ 1





この画像を使ったのは

別に特に意味はありません



鬼子母神という、子供を守る神様が

神様になる前の話



鬼子母神の好物は

人間の子供



人さらいをしては

自分の食事にしていた


自分の子供をさらわれた母親は

当然必死で子供を捜しまくる

子供を失った悲しみで

うちひしがれる


そんな状況を見た仏様(えんま様だったかな)

鬼子母神の子供を

さらってしまう


子供を失った鬼子母神は

必死で子供を捜し

子供を失った悲しみで

うちひしがれる


そして

自分のやっていた罪深さに気がつく

気がついて

子供を守る守護神になろうとする


その時

仏様(えんま様)だったかもしれない

鬼子母神に子供を

会わせてあげるのだ


女性は全て

恐らく

鬼子母神の要素を持っている


鬼子母神になると

子供の意思を押さえて

自分の思いを、子供に押し付けやすい


子供が幼い頃は

大人の方がダントツにパワーがあるので

無意識のうちに

やってしまう



もちろん例外もある

子供との相性もあるので



やんちゃだったり

ところかまわず

ぎゃん泣きするその姿に

親の方が、参ってしまう場合もある。。


まず言える事は

感情は感情として出させても

我慢を教えるには

できるだけ幼いときの方が

当人(子供)が楽だと

私は、思う


例えば

大人になって勉強を始めようと思っても

机に向かう事が苦痛


あまり恵まれない子供時代を過ごした

女性弁護士さんがいて
(一時期は、極道の妻をしていたそうだ)

自らの道を帰るべく

司法試験を受けると決心した時

勉強机に自分自身を7時間縛ったという


子供のときから

机に座る癖をつけたり

勉強のしやすい環境にあれば

ただ勉強しなさいと

叫ぶだけでは(言わないよりはいいかも?)

成功率はあると思う


習い事もそうで

お母さん(もしくはお父さん)

自分のことはさておいて

まずは、習い事の場所に

子供を連れて行く


月に2回ぐらいから。。

少ないと思うだろうが

ちょっとづつ

続けて

ハードルを高くしていく


お母さん達は

楽しいママ友がたくさん出来て

ママ友達と楽しく集い


とてもバレエが上手な美しい我が子がいて

周囲に尊敬される

華やかですてきな

楽しい「子育て」ライフを。。と、考えがちだが


なかなか思うように行かない。。と、思った方がいい

結婚して子供が出来ると

自分自身では我慢できない事でも

子供の事を考えて

我慢をするという事を

子育てでは女性は学ぶ時期だと思う


実は子育て経験も無い私が

このように偉そうな事を言える訳でもないが

私はダンスに愛情を持っているので

どうしても

ダンスが上手になる要素を持っている生徒に

スポットライトを

当ててしまう傾向を持っている


バレエ教師という性なのだが

周りの先生(地域の先生)同士の

関係もある


お稽古場に

スタイルの良い

上手な生徒がたくさんいれば

教師としても

うれしい


しかし、自分自身の中にある

このバレエ教師という性を知った時

自分の子供だけを見てほしい

このように思う母親の気持ちが

いたいほどわかり

資質や才能を高く評価し

集中的に思考するという指導から

評価するポイントをかえていこうと考え

子育て中のお母さん
(もしくはお父さん)

気持ちがわかった

また

生徒にのめり込んでしまうと

その子の母親の分野にまで立ち入ってしまいがちな自分に

教師の領域を守るという

コントロールが必要である事も

知った



シンプルに大切な事は

恐らく

一つの事を始めたら

最低は三ヶ月

三ヶ月から六ヶ月

六ヶ月から七ヶ月

七ヶ月続ける事が出来たら

一年は出来ると思う


継続していく事

おぼえる事が大切だと思う


お稽古場もいろいろ人がいるし

その人間関係

出入りもあるし状況も変わるので

その事に対しての応対

母としては

大変だと思うが



お子様が

バレエを、何となく好きになり

バレエ教室に通う事が苦痛でないらしい。。と、判断したら

人と比べて
(つまり、ちょっと変な行動が教室内でおきても)

踊りがうまかろうが

うまくなかろうが

かまう事ではない

なぜならば

月謝を払っているのだから



ママ友集団で

その流れで「お稽古ごと」に入るよりも

お稽古場には

子供とお母さん(時にはお父さん)

見学にきて

そして

そのお稽古場で

新しい仲間をつくる事をすすめる






子供の習い事は

子供が主役なので

まずは

子供が続けていけそうかどうか

それは

子供と親との

コミュニケーション

大切なのである


親子で話し合って

方針が決まったら

その方針が通るかどうか

先生とのコミュニケーションとなる。。。

先生が受け入れてくれれば

あとは、先生の指導に従い

最低三ヶ月から

続ける。。という事を目標に

始められると良いと思う

















イメージ 1

いまから20年前

気になるCDがあった


チベットの秘典 カーラチャクラ供養

サブタイトルには
「轟くドゥン 閃光のギャリン
 チベット仏教のつくりだした数々の儀礼音楽
ダライラマゆかりのナムギェル寺院に伝わる
秘儀=カーラチャクラ
教義がそのまま音の曼荼羅となった」


そのDCを購入したのだが

当時の私には

宗教音楽には全く興味を持っていなかった

なので

ほっておいた


私は20代の頃より

自ら踊りの作品をつくっている


初期は環境問題

女性が結婚してキャリアをあきらめる必要は無い。。とか

たとえばチャイコフスキーの「白鳥の湖」

この曲を使って

オデットと白鳥を兵士(侍のような)みたてて

作品をつくったり


そのため

舞踊協会ではかなりのお叱りを受けた


フリーになった2004年

つまり

フリー活動なのだから

私は自由に動ける
(作品に方向性を、気にかける大きな組織から外れたからだ)


LIGHTという作品をつくった

闇と光のコラボレーションがテーマだったのだが

曲のベースの宇宙観を表現する何かが必要と感じ

その昔購入した

チベットのカーラチャクラ供養鬘を思い出した


この作品をベースに

宇宙の世界観をつくった


この作品を

ベルギーのロイヤルオブフランダースのディレクターに観ていただいたのだが

私をダンサーとしての売り込みと思われたみたいで
(そうだよね)

実際にこちらにオーディションにきてくれと言われた


当時、そこでダンサーをしていた知人が私に伝えてくださるには

現在ダンサーとしては日本人はとらない

でもね、朝練習を受けさせてもらい

ディレクターが気に入ってくれたら

あなたは入団した事になるよ。。。って


私は、自分を舞踊作家としてみてほしかったので

オーディションには行かなかった


話は戻して

現在は縁があって奉納活動をしています

3月24日熊野本宮大社は

奉納させていただく事が決定した


奉納する作品は

曼荼羅

神社に曼荼羅は。。どうかと考え

いろいろ勉強した結果

熊野本宮大社なら

神仏習合


熊野曼荼羅もある

なので

庶務課の杉本さんと話し合い

奉納させていただく事になった


奉納する作品は

LIGHTをリメイクしたもの

この作品をつくったときには

直感で

チベットの秘典 カーラチャクラ供養鬘をベースに入れた

2004年の事


そして9年たち

曼荼羅として生まれ変わる


その経路には

私自身偶然には思えない

いろいろなものの出会いがあった


まず、チベットのこの曲と

カーラチャクラ曼荼羅との出会い

そして

当時LIGHTという作品をつくる私の方向性

熊野

空海

密教

高野山金剛峰寺でのご縁








私は、現在中原区の賃貸マンションで

生活している


マンションのオーナーが

マンションにインターネット?導入した


なので

オーナーさんが契約したプロバイダーに

かえなければいけない


現在私は

niftyで、とても気に入っている


しかし、オーナーさんの導入したプロバイダーに変えると

電話料金も

インターネット料金も

安くなる


話は違うのだが

お金儲けのセンスのある人は

何が得で

何が損なのか

理解できるのだろうが


正直私は

損得勘定が下手なのである


なので、お金儲けのセンスは無い


こんな私を理解してくださる人もいる


しかしそういった方は

かなりの度量の深い人間で

少数派


多くは、私を変わっている人と言う


私は、人と「何か」交渉するにも

ひどく神経質になるタイプで


直感というか


しかし感覚を信じないでいると

あとあと。。。憂き目を見る


10代の頃

新作を踊るにあたり

男性のパートナーと踊ったとき


私は、なぜかどうしても相手を受け入れられない

その理由は無い


直感なのだ


そんな時事故が起きた

デュオでリフトがあり

私が男性の肩にあがった時

その肩から落とされたのである


その後、私は救急車で運ばれ

病院で手術


唇を切って

5針ぬった

口の中が血まみれで

次の日は高熱が出た


この事故をきっかけに

作品をおりると申し出た


このことに

周囲は、私を責めた


そこで、私は提案した

彼は彼

私は私で

二人で組む事もせず

踊ったらどうかと


それで合意し

作品発表となった


良い勉強をしたと思っている


私は作品を踊る時

自分がどういった立場で

何をすればいいのか

まず考え

理解し

その事に徹するようにしている


まずは、イベントが成功していくように

協力する


一つのイベントがあるときは

いろんな個性、感性がぶつかり合う


好き、嫌い

楽しい、不愉快、協調、孤立


だれでも

嫌な思いをする人間とは関わりたくないのだが

しかし、社会生活をしていると

そうもいかない


なので


人の嫌なところを見ていると

その人が好きではなくなるので

その人の良いところを見たら

他を見ないようにする


パートナーを落とす事は

自分を落とす事だと

かつての事故で学んだから


プロバイダーの話に戻るが

現在、niftyには、まったくの不満は無い

逆に気に入っている


しかしながら、今回はオーナーの好意

やっかいだが

切り替える事にする


これは賃貸マンションという

組織の中にいて

個人の家に住んでいる訳ではない。。からで


個人で仕事をする場合と

組織で動く場合と

またこれも

ちがう


現在のマンションは駅に近く快適で

もう少し、ここに住んでいたい

なので

オーナーとはうまくやっていきたい

なので、オーナーさんの流れに従う


個人で仕事をとり生活をするという事と

組織(家族)でも集団の一人であるということと

その考え方

やり方

方法が違うので


人は湾曲し

矛盾している。。。ものなのであろう
イメージ 1

感性

アーティストなら

この言葉が好きだと思う


人は生まれて

社会で上手にとけ込むために

「しつけ」という方法で

教育をされる


なので

感覚を無意識のうちに

矯正していく


ある意味。。それが

大人になるという事なのだろうが


表現者にとって

ある意味

やっかいな事なのかもしれない


小さい子供の頃は

喜び

悲しみ

怒り


てらい無く表現したのであろうが

大人になれば

自分の感性や感情に従ってしまうことは

場にそぐわず

周りに嫌われたり

阻害されたりする


なので

周りとうまくやっていくために

時には(というか、または)

自分の思いを遂げるために

感情(感性)を

コントロールする


アーティストにとって

感性に従わない表現は

フェイク


だからといって

感性だけで勝負をすると

調和できない


調和が無いと

美しくない


なので感性を磨く


アーティスト同士でコラボレーションする時

リンクするところを感じたら

そこに集中する

これが私が思うコラボレーション


なので

リンクする以外の

他のところは

意識してみないようにする


つまり

良い仕事をする事が出来る人間関係

一緒にいる事が出来る人間関係は

違うのだ。。と、思っている


たとえば一緒に仕事(コラボレーション)する人が

自分のパートナーでも

アーティストとして関わる事

大切な人として関わる事

当然違う


卵の白身と黄身は

しっかり分けなければ。。と、思う


これが人間関係の

礼儀だと

私は考えている















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