架空小説 「罪なき詐欺」
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s氏は
銀行に融資を頼みに行った
会津若松は
ほとんどが地方銀行なので
金利が安いと思った
融資の相談に行くと
別室に通された
副頭取という肩書きの男性が
相手をしてくれた
今までどちらにお勤めでしたか?
という質問に
現在勤めている都内の会社を
またどうしてこちらに来たのかという質問に対しては
家庭の事情で
母が突然なくなりまして。。。。
副頭取は、声を潜め
「どうして戻ってきたのですか?」
この人は何を言いたいのかわからない
いつ、どんな理由でこちらに帰ろうと
銀行の融資とどういった関係があるんだ
銀行には子供達の書いたような絵が飾ってあった
四季の激しい会津
さすがにその影響が絵画に見える
色彩感覚が豊かなのだ
会津は、雪の時代は
純白の雪に覆われ
身動きが取れない
しかし、春分の日をきっかけに
春の花畑のようになる
しかし
田植え祭りが始まる頃から
農業の人たちは忙しくなり
夏に向かって
景色が変わる
お盆になると
帰郷された人たちとの交流で
どこの家に行っても宴会
彼らが帰っていく頃
田は、一面の黄金色で覆われる
稲刈りが終わり
秋の収穫を感謝する秋まつりが終わると
底冷えのする寒さが始まり
冬将軍のお出ましとなる
高校生たちは
学校が会津若松にあることもあり
冬の一番厳しい時期
磐越西線に乗って
朝5時ころには
家を出発する
さすがに、朝なので本数は何本か多くなっている
しかし
一般的に
この地の交通集団が車なので
電車は普段
一時間に一本
s氏の家は
西若松の駅の近くにあった
近くと言っても歩いて15分ぐらいなのだが
融資は可能なのですか
s氏は、切り出した
一人の男性がやってきて
耳打ちをする
後日電話をするということで
その日は終わりになった
別室から出ると
行員がいつも来る客と
楽しく談笑をしている
窓口勤務の人間が
タメ口をきいて
お客と話すという光景は
s宇治には不思議でたまらなかった
s氏は車に乗って
建築会社に向かうことにした
しかしながら
会津と都内の違いは
銀行の位置する場所が違う
駅の近くには
ATMは設置されていない
だいたいが
大きな交差点の角に設置されていて
車を持っていなければ
非常に不便な場所
相談に行った建設会社も
同じことを言った
二日後
設計図をつくりご自宅の方にお伺いすると
話をしてくれた
会津で唯一友人となった
武石氏という男性に相談するために
彼のご自宅にお邪魔する
彼の友人は市役所勤務で
何かと力になってくれるかもしれない
「理想だな」
武石氏は「無理だよ」という言葉を含める雰囲気で話した。
同席していた武石氏の妻も
不安な声をあげて
「もし、失敗したら。。」
話が抽象的
これは会津の人特有なのだが
どうして「理想なのか」
「理想を現実にするにはどうしたら良いのか」
など
彼の意見を聞きたかった
武石氏は
会津の卸業で仕事をしている
朝3時頃には食事をして
4時には現場で
その季節の果物などの
売買をしている
大学は東京だが
結婚してこちらに帰り
父親の後をついて
少し認知症気味の母を見ながら
妻と高校生になる娘と暮らしている
他にも2人の子供達はいるが
一人は結婚のために東京
もう一人は救命救急隊になるべく
カリフォルニアに語学研修に行く費用を
稼いでいるようだ
s氏は彼らが羨ましかった
会津での生活が長い彼らは
どのように生きれば
生き抜けるのか
親から教えを受け継いでいる
少し病気気味ではあるが
優しそうな母
少し気が強そうだが
しっかり者の妻
高校生の可愛い子供
結婚して自立した娘
夢に向かって頑張っているご子息
自分には持っていないものを
この人は全て持っている
心から羨望した
|
人は何もわかってはいない
s氏は思った
彼は癌を経験している
この経路は
遺産相続問題
物事を冷静に受け止めていたつもりだったが
この相続問題の過程には
怒りを感じていた
s氏はそれだけ
真面目で繊細な部分を持っていた
誰も助けてくれない
自分がなんとかしなければならない
気持ちは張っていたが
言われたこと
知らなかった事実
知りたくなかった現実を
まざまざと見せつけられた
冷静に。。。冷静に。。。
特に日本人は人前で泣くという行為
恥ずかしいと思う
特に男の場合は
しかし、泣いていい
泣かなければ病気になる
感情を押し殺せば
押し殺した感情は浄化しない
意識の中で押し殺され
無意識の中に入り込んでいく
意識して、、、例えば犯罪も
悪いと思って物を盗むこと
物を盗むことになんの抵抗もない人間
これは
盗むという行為は同じでも
本人の感覚が違う
無意識の中で
盗んだとおもっていないので
本能なのだ
本能こそ
生き抜くために神が与えた
能力なのかもしれない
人は自分より強い生物を嗅ぎ取る能力があり
その逆もある
自分より弱いと感じたら
当然攻撃の的となる
人間の場合
社会的立場というものがあるので余計に厄介
うまくやっていこうと考え
現在隆盛している人間に
集まっていくであろうが
その集団の中でも
自分だけが良い立場になるべく
足を引っ張り合うもの
足を引っ張られたり
努力も認められなかったり
憂き目を見ている人は
当然欲求不満となる
自分はダメだ
努力してもうまくいかない
どうせ、また足を引っ張られる
など
意識の世界から
無意識の世界にその事柄を入れたら
無意識の世界が
動き出す
何をやってもダメ
欲求不満となって
満たされない心を
人を蔑み
見下し
残酷な優越感を楽しんでいる人間はけっこう多い
その犠牲者となった人間は
言われたこと
やられたこと
意識から無意識の中に入れてしまった場合
外に向かえば
なんでも人のせいにし
社会のせいにするが
自分に向けた場合
自分を責める
ドロドロになった潜在意識こそ
心の病を作り
心の病から
病気になるか
最悪は。。。自殺
s氏の叔母の場合
非常にしたたかで賢い
自分が不利になるその手前で
上手に身を翻し
不利なことは全て自分の面倒を見てくれる人に押し付け
自分を守る
なので叔母は
とても健康で
病気をしない
癌になるような
繊細な性格の持ち主のs氏と
自分が好きで
自分が日々楽しく生きていくことしか考えない叔母が
二人で生活をしていくことは
結論
叔母にとって有利なのである
叔母はs氏に
冗談で言った
あなたは私よりは若いけれど
結構私の方が長生きかもしれない
そうしたら
この家は私のものになるわよね
一瞬間があった
「いらない!いらない!」
そう言って叔母は
自分の部屋に帰って行った
思考は言葉に出る
彼女の無意識の世界が
つまり無意識の中にある思考が
言葉となって
現実に現れた瞬間だと
s氏は感じた
|
会津若松は
3.11の関係で
大熊町のほとんどの方が
避難してきた
そのため
人口も増えた
しかしながら
東北大震災の後
小さな子供を持った若い世代の人々は
親戚の縁を伝って
東京や関西方面に
移動していった
大熊町
浪江町
帰る家がありながら
そのエリアには入れない
東北電力からの義援金
家族一人に対しての
生活費
同じ被災された人でも
義援金をもらえた人
もらえなかった人
いるようで。。。。それが、互いの揉め事の原因となっている
福島という土地は
放射能という
大変な負の遺産を
これから生まれ出る世代に
背負わさなければならなくなっただけでなく
義援金
生活補償などを巡って
人々が
人格否定をする言葉を
平気で出していくようになる
原発は
福島だけの問題ではなく
世界中が考えるべきことだが
一番直に感じるのは
そこに住んでいる人たち。。
あまりにも身近すぎて
状況把握をしていない
また
事実でない噂に流されて
踊らされてしまったり
加害者になってしまったり
被害者になってしまったり
今、この土地に必要なことは
人
しっかりとしたリーダーシップを取れる人ではないか。。
s氏の場合は、
母が急に逝ったことで
生活が一変
会津若松も
母たちが生活をしていた
のどかな場所ではなくなっていた
土地は広大にあって
病院や介護施設が増える
都内と違い
坪単価が10分の1なので
医療チームが土地や施設を借りたところで
賃貸料金は都内よりかなり安い
しかしながら
この地には、特別なネットワークがあって
その人とのつながりで
商売が成り立っているケースが多い
そこに浜通りの人間が
移り住んだわけで
混乱しないはずはない
まず、環境が違いすぎる
浜通りには雪が降らない
会津の冬は、ひどい雪に覆われる
こういった環境から
浜通り
会津通りは
気性が違う
また、徳川に忠誠を尽くし
負けるとわかって戦った会津戦争
福島中通りの郡山は
南朝(尊皇)にひるがえった
福島といえども
中通り
浜通り
会津通りでは
気質も気性も違いすぎる
s氏は
会津と東京の往復を続けている
もう一年になろうとしている
東京と会津の二重生活は
精神的にも肉体的にも
つらい
経済的にも無駄な出費がかさむ
会津の家をなんとかしたいのだが
この地の人は
家を守るという
古い風習があって
簡単に家を売却するということは
母が築いた人間関係もあり
簡単にはできない
s氏は
会津には全くの人脈もない
とりあえず賃貸物件である東京の土地
こちらを処分して
会津の家を拠点に
都内ではホテル生活をすることと考えた
会津の土地を
なんとか土地活用するか。。。
母と同居していた叔母は
自分の未来のことは考えていないらしい
あわよくば
s氏に、将来を見て欲しいと
望んでいると見受けられる
家賃を支払うので
会津の家にいたい
家賃の金額も
自分で決めてしまった
賃貸契約も
交わす気持ちはないらしい
物事をずるずると引きずっていく
s氏にとっては
叔母は負担だった
こちらも少しはずるくなって
楽な生活を考えるのも一つの手口
叔母は多額の叔父の遺産を持っている
|
49日も無事に終わり
s氏は東京に帰る
彼の中では悩んでいた
会津の家をどうするか。。。
s氏の母は
昭和44年に建てられた
古い一戸建ての家を購入
自分なりにリフォームをして
田舎暮らしを楽しんでいた
昭和44年だと
耐震設備ができていない
もし家を処分するとしたら
更地にしなければならない
それにはかなりのお金が必要となる
会津若松の固定資産税は
そんなに負担がない
その理由として
娯楽施設がかなり多いからだ
観光協会以外にも
福島県内では歓楽街が多い方で
さらにパチンコ屋が多い
そこからの収益で
おそらく潤っているのかもしれない
s氏は
自分の年齢を考えて
まだ、銀行から融資してもらえるし
土地活用をすることを考えた
100坪の土地なので
マンションを立てようと計画をした
その一室を叔母に提供して
事業をしたいと考えた
会津若松は
ドーナツ版のように街が栄えている
土曜日、日曜日となると
神明通りという
会津若松のメインストリートよりも
s氏の住む
西若松の方が人が集まる
そこには巨大スーパーを始め
アミューズメントパークがたくさんあって
オリンパス
富士通などの企業が
進出していた
|
叔母は自室に戻ろうとしていた
叔母の後ろ姿を見ながら
静かに彼女の後ろに近づく
s氏の頭は真っ白だった
冷静さを失っていた
自分の「みぞおち」の部分から
うねるような
今まで感じたことのない
「怒り」
叔母は
s氏が自分に対して殺意を感じている子など
感じていないようだ
s氏は叔母の全く背後に
そのまま腕を伸ばせば
彼女を刺せる
心臓をめがけて
突き刺そうとした時
玄関のチャイムが鳴った
叔母は何気に後ろを振り向く
思わず手に持った包丁を
後ろに隠す
「どうしたの?」
叔母が聞いた
「べつに。。。」
s氏が答える
「チャイムが鳴ったから。。。玄関に出てみて」
s氏は叔母を促した
玄関には、住職が立っていた
叔母は住職に
応接室に行くように促したが
法事があるから玄関で話すという
住職と叔母が
二人で何かを話している
s氏は
怒りを抑えることができず
壁に向かって
包丁を突き刺し
2階に上がっていった
数分後
叔母が二階のs氏の部屋へ
とても明るい顔で
「住職ががね、49日
ママを、先祖代々のお墓に入れてくれるって。。
今から。葬儀屋さんに相談をして
いろいろ決めなくてはね。
やっぱり、祈りは通じるのね
私が毎日ご先祖様に祈っていたから
私の祈りが通じたんだわ
おじいちゃま
おばあちゃま
ご先祖様
本当にありがとうございます
南無阿弥陀仏。。。」
そう言って階段を降りていった
母の葬儀が終わって
一ヶ月がたったところ
いろいろあったが
なんとか母の御霊も落ち着く
s氏は体から力が抜けていった
今回のことは
s氏が新潟の本家に訴えたからだろう
母は生前から
新潟の本家との付き合いを
大切にしてきた
新潟の本家は
自分の血筋の元だからで
また
本来ならば
母の父であり
s氏の祖父になる先代の住職
彼は保護監査士
また
経済的に問題があって
弔いができない人であっても
御経をあげ
供養をさせていただいていた
人は肉体を失って
仏になる
仏様に対しては
生前どんな生き方をしたとしても
手厚く葬らなければいけない
これが祖父の
僧侶としての信念だったようだ
本来ながら
新潟の本家の唯一の跡取り
広大な土地の地主となるはずの人だった
人は
親を選んで生まれてくることはできない
生まれ出た時
その状況
人は抗うことはできない
それが人が持つ
宿命
宿命は、変えることができない
受け入れ
認め
そして、その状況を
自分にとっていかに良い状態にするか
それは
その人が持つ考え方にあると思う
祖父は努力をした
終戦後、寂れた寺で
それを根気よく手入れをして
銀杏と四季桜を植えた
四季桜は
春と秋、2度花を咲かせる
会津の四季は激しい
ひどい時は10月の初めに雪が降る
本格的に積もるのは
12月以降になるのだが。。。
厳しい冬が終わりを告げて
春分の日が訪れる時
春の花が一斉に芽吹く
お寺に植えた四季桜は
春の花とともに咲き誇り
散っていく
潔い大和魂を象徴するかのように
しかし、四季桜は
秋も深まり
銀杏が黄葉する頃
もう一度美しく咲き誇る
紅葉した銀杏と
春にしか咲かないと思い込んでいた会津の人々に
たくさん楽しませた
その祖父の徳を
たくさん持ってこの世に生まれついたのが
叔母
末娘で
祖父にとても可愛がられて育ったと
母から聞いていた
最初の結婚では
急に夫がなくなるという
女性としては最も大きな波乱を体験するが
二度目の夫は
事業も成功し
経済的に豊かな人で
s氏の母とは違い
悠々自適な生活を送った
叔母の夫である
叔父が亡くなくなっても
叔父の財産と
年金で
経済的には負担なく
一人でも生活ができるはずだが。。
一人の生活が嫌だということで
s氏の母をたより
会津の家で二人で生活を始めた
叔母の性格がわからなかったs氏は
叔母が同居することを認めた
歴史は繰り返される
それも悪いことばかり
s氏が生まれる前
新居を構えたばかりのs氏の両親
どうしても東京にいって生活をしたいという
s氏の母の妹
つまり、将来s氏が振り回される叔母
「それならば、いっしょにくらそう」
このように提案したのは
s氏の父だったという
叔母の同居が直接の原因ではないものの
s氏の誕生直後
両親の結婚生活は
3年で破局を迎える
子供だったs氏は
叔母と母の環境はわかっていなかった
ただ、会津で一人で暮らしている母
叔母が一緒にいた方が
良いのではないかという
単純な考え方で
許可をしてしまう
かつての父と同じく
「いっしょにくらしたら、いいんじゃないの」
そして
その言葉で
彼自身が
絶望的な苦労をすることになる
歴史は繰り返される
それも
悪いことばかり
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