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楠木正成考
〈第十三部〉『公』を忘れた日本人 産経新聞・連載記事掲載 (2017年3月26日) 『父子を生んだ河内』
〈5〉ー⑩
◇ ◇ 「子供のころ、村を流れる川に何十㌧とあるような巨大な岩が十四・五個くらいは転がっていた」 千早赤阪村の松本昌親村長は、そう思い出を語る。大人たちに聞くと、楠公さんが戦の時に落としたものと説明された。鎌倉幕府の大軍を寄せ付けなかった千早城の戦いが伝承として、村に息づいていた。 「新しい国づくりを目指した楠公さんに、ポジティブな面からスポットを当てられないかという思いがある」 松本村長は今春から、村内有志らでつくる「千早赤阪楠公史跡保存会」と協力して、PR活動を積極的に進めるつもりだ。
「日本にはこれだけ偉人がいたことを再認識してほしいですから」 島田市長は、父子が特に戦中、国民教化に利用された点を踏まえながら、こう話す。
「戦後は、触れてはいかないような、まるで悪者のようになっている部分もある。日本遺産認定を通じて、それは違うことを知ってほしい」 六市町村が、父子の遺産と文化を体感できる稀有な地域として行った日本遺産申請。文化庁の決定が出るのは四月下旬の見込みだ。 日本遺産 文化庁が、地域の歴史的魅力や特色を通じて、日本の文化・伝統を語るストーリーを認定する制度。平成二十七年度から認定が始まり、三十三府県の三十七件が認定されている。東京五輪・パラリンピックが開かれる二〇二〇年までに百件に増やす計画。日本遺産には、地方へ訪日外国人旅行者を呼び込む狙いもある。
地域の連携も積極的に認め、旧海軍の拠点都市をまとめた「鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴」(神奈川、広島、長崎、京都)など、共通の歴史や文化で認定を得たケースもある。
◇ =第十三部おわり この連載は藤崎真生、安本寿久、山上直子が担当しました。 |

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閑谷学校に行ったときに、
日本遺産という制度ができたことを初めて知りました。
2017/4/1(土) 午後 8:53