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昨日の夜の事である。
グランジ佐藤大という男が、仕事終わりに
「仁、飯でも食いに行くか。」
と言った。
芸人の世界で先輩が後輩を飯に誘うという事は、すなわち奢ってくれるという事を表す。
彼の口からは余りにも聞き慣れない言葉だっただけに、つい聞き直す。
「んぁ?」
彼は再び
「飯食いに行こうぜ。」
と繰り返す。
珍しい事もあるもんだ。
まぁ、大さんの事だ、きっとコンビニの蒸しパンか何かだろう。
「刺身でも食いに行くか。」
信じられない言葉が彼の口から飛び出す。
“刺身にしてやろうか”の聞き間違いかとも思ったが、そうでも無さそうだ。
その瞬間、僕は心の中で呟く。
殺される、と。
いつでも駆け込めるように交番の位置を確認しながら夜の街を大さんと歩く。
彼は「ちょっと金おろしてくるわ。」と言ってコンビニへ入る。
読めたぞ。
彼はきっと「やべぇ、おろせなかったわ。仁、代わりに出しといてくれ。死にたくなかったらな。」と言って胸ぐらを掴んでくるに違いない。
だが次の瞬間、目を疑った。
なんと本当におろしてきたのだ。
レジから盗みやがったのか?とも思ったが、店員の様子を見る限りそうでもない。
背筋に冷や水を垂らされたような悪寒が走る。
僕は今日一体何をされるんだ。
「あれぇ、何処だったっけな、店。」
という三文芝居を打ちながら僕を連れ回す大さん。
ふと気付くと人通りのない裏道に誘い込まれていた。油断した、と思った。
こんな場所じゃ叫び声をあげても誰も気付いてくれない。
彼が足を止める。
僕は辺りを見回し武器になりそうな物を探す。
「ここだ、ここだ。」
彼はそう言うと、小さな海鮮居酒屋の暖簾をくぐっていった。
とっさに握った角材を手放し、僕も後について店に入る。
手にはジットリとした汗が滲んでいた。
まだ殺す時ではない、とでも言うのか。
小さなカウンターの上に刺身の盛り合わせ、サンマの塩焼、白飯、さらには冷えたビールまで並べられる。
少しの間があって彼がとんでもない事を口にした。
「俺は酒飲むからお前全部食っていいよ。」
全てが理解できた気がした。
そう、彼は最初から食べるつもりだったのだ。
何を?
決まってる。ブクブクに太らせたこの僕をだ。
半ば諦めて最後の晩餐を楽しむ僕に次々と食べ物と酒(いや、むしろ餌と呼んだ方が適切か)を運ばせる、外道佐藤大。
「さ、出るか。」
と言って会計を済ませる大さん。
恐らく食肉工場に連れて行かれるのだろう。
僕は心の中で両親に別れを告げた。
糞尿を垂れ流して立ちすくむ僕。彼がおもむろに財布から2000円を取り出し、差し出してきた。
信じられない。僕の考えはまだ甘かった。
そう、彼の狙いは僕のケツの穴だったのだ。
僕は2000円で彼に買われた、という訳だ。
なんて安さだ。
神も仏もない事を知った。
「遅くまで付き合わせて悪かったな。もし途中で帰れなくなったらこれでタクシー乗って帰れよ。」
そう言葉を残して彼は去っていった。
何が何だか分からなかった。
呆然と立ち尽くしたまま、とんでもない事に気が付いた。
彼は、人間だったのだ。
鬼でもミュータントでもなく、なんと普通の人間だったのだ。
とって喰われると疑ってしまった事。
そして、何年も彼の事を物ノ怪だと勘違いしてしまっていた事に言い様の無い罪悪感を感じた。
そして、結果終電に間に合った僕は今日、その2000円をCRエヴァンゲリオンに突っ込んだ。
おしまい
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