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日本書紀と古事記では、高皇産霊尊の登場の仕方がまるで異なっている。
和銅5年(712年)に選録されて元明帝に献上されたにもかかわらず
古事記が採用されなかった原因のひとつだったかもしれない。
高皇産霊尊は、日本書紀では神代上には一書のところどころに出てくるだけで、
本文には神代下の冒頭に天照大神の子天忍穂耳尊に嫁ぐ
栲幡千千姫命の父として登場するまででてこない。
栲幡千千姫命が瓊瓊杵尊を生むので天孫瓊瓊杵尊の母方の祖父となる。
古事記では最初の段の「別天つ神(ことあまつかみ)五柱」に
天之御中主神に次ぐナンバー2で、
「高御産巣日神」(以降高皇産霊尊に統一)と出てくる。
高天原の最高神の一人である。
天照大神が天の岩屋戸に閉じこもった時に、
知恵を絞って活躍する思金神は高皇産霊尊の子である。
葦原中国の平定では天照大神のパートナーとして諸神のまとめ役となっている。
天孫瓊瓊杵尊は天照大神の子天忍穂耳尊が
高皇産霊尊の娘万幡豊秋津師比賣命を娶ってできた次男。
天孫の外祖父である設定は同じになっている
古事記では、高天原の原初神である高皇産霊尊が
伊弉諾尊の左目から生まれた天照大神と
子供同士が結婚する関係になっている。
記紀ではよくある世代を無視した乱暴な関係を作り上げている。
大切な部分があまりにも無神経に扱われているので古事記は没にされて、
日本書紀では高皇産霊尊を本文では高天原の原初神としては登場させずに、
瓊瓊杵尊の外祖父として登場するまで温存したのだろう。
(To be continued)
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高皇産霊尊
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