のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

壬申の乱

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701年から始まる近畿天皇家による律令体制を理解するためには、
日本書紀に書かれている天武紀上=壬申紀をどう解釈するかが
重要になることは言うまでもない。
前回まで見てきたように、
大海人皇子一行は6月24日から6月26日まで
丸三日間ほとんど一睡もせずに
約150km程にもなる上り下りのある厳しい道を進んだことになっている。
最初の日の夕刻に馬が手に入ったが日中は歩きとおしだった。
現在は国道になっているので舗装道路になっているが
当時はコンディションの悪い道を
草履のようなものを履いて歩いたにちがいない。
馬がいても残りの二日間歩き続かせるのは不可能だ。
16km毎にあるという駅家に50頭もの馬がいたのだろうか。
スタート時は男性20名余り、女性10名余りで
この30数名は全行程に参加したのだろう。
筆者は今週末、吉野宮から桑名郡家まで
一行が歩いた道のりをバスで走ってみようと思っている。
日本書紀の記述のリアリティを肌で感じてみたい。

閉じる コメント(4)

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いつも楽しみに拝見しています。ありがとうございます。私は大学2年生の時に161キロを2昼夜かけて歩いたことがあります。その時の肌で感じた感覚が、距離を想像するものさしとして自分の中で生きています。これからの記事も楽しみにしています。

2013/3/15(金) 午前 2:46 [ こじっく ]

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こじっくさん、おはようございます。
壬申の乱でなぜ大海人皇子がこのような行動をとったか、
と同時に、日本書紀の編纂者が何故このような記述をしなければならなかったか、
そう考えると、一行のこの行動は難解です。
同じルートを通ってみた感想を来週書くつもりです。

2013/3/15(金) 午前 4:36 [ 記紀いっぱつ ]

お早うございます。
じっくり読ませてもらいました。

わが町にも駅家の遺構があります。
壬申のころにすでにあったのかどうか、疑問ですが、、
大友皇子への弟のクーデターではありますね。一方の話だけが残ってるので、争いの真意は分からないのが現状ですね。

その道のりを訪ねられるとか、、いいですね。そういうの好きですねー。
写真を撮っておいてくださいね。お気をつけて、天気は良さそうです。

ブロ友さんにも芭蕉の道のりを徒歩で、今年歩いた方がいますよ。

2013/3/15(金) 午前 7:22 さんせい

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さんせいさん、おはようございます。

日本書紀の記述がありえないことを確認するという不純な動機です。(笑)
こちらはバスで移動なのでフェアではないのですが、
だいたいの様子を見てこようと思っています。

2013/3/15(金) 午前 10:01 [ 記紀いっぱつ ]


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