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【聖徳太子の事績は日本書紀の作り話か】
聖徳太子について記述するのは気が重い。
日本国民から尊敬され、千円札や一万円札にもなった
日本書紀の英雄の実在について、懐疑的だからだ。
聖徳太子と考えられる人物は、
古事記では用明帝皇子の「上宮之厩戸豊聡耳命」として一度だけ登場する。
日本書紀では「東宮聖徳」、「厩戸皇子」、「豊耳聡聖徳」、「豊聡耳法大王」、
「法主王」、「厩戸豊聡耳皇子」と、
多彩に名前を変えて何度も出てくる。
皇太子であること=東宮、
徳のある人物であること=聖徳、
厩で生まれたこと=厩戸、
多くの人の話を同時に聞くことができる能力を有していること=豊聡耳、
仏教興隆に尽力していること=法大王、法主王、
とキャッチフレーズのように名前を変えて表現されている。
【聖徳太子関連の記載は日本書紀の記述を見て書いたもの】
現在もっとも一般的な「聖徳太子」という呼び方は記紀にはなく、
後世に付けられたようである。
古事記には用明帝の皇子として名前が出てくるだけで、
推古帝の摂政になったり、
十七条憲法や冠位十二階を制定したりするのは
日本書紀だけの記載である。
「聖徳太子」の名前を含めて現在残っている史料は、
ほとんどが日本書紀の記述を見て書いたものと考えられる。
法隆寺金堂の釈迦三尊像と天寿国繍帳については
引き続き検討していきたい。
To be continued
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押坂彦人大兄皇子
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2015/3/14(土) 午後 4:04 [ sekiya ]
> sekiyaさん、コメントありがとうございます。
2015/3/14(土) 午後 4:29 [ 記紀いっぱつ ]
こんばんわ


じゃあ、お札の似顔絵も、実は全然似てないかも知れないですよね。。
そもそも、昔の人は下膨れがスゴ過ぎますよね〜。あんなにホッペがオタフクだなんて、人としてヘンですよね〜。
冠位十二階なんて言葉ありましたよね。懐かしいです
2015/3/15(日) 午前 3:52 [ kenia0120love ]
> kenia0120loveさん、おはようございます。
さすがに肖像画の見方が違いますね。
Wikipediaによるとお札の肖像画は、
「人物の冠、服装などの様式研究から、この絵の制作年代は早くとも8世紀」
だそうです。
太子が亡くなってから100年以上後に書かれたもののようですね。
全く別の人を書いたものかもしれません。
2015/3/15(日) 午前 5:22 [ 記紀いっぱつ ]