のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

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【「七色一十三階之冠」の制定】
孝徳大化3年是歳条、「七色一十三階之冠」が制定された。
2年8月14日の詔の第三段の、「今汝等を以て、使仕べき狀は、舊職を改去して、百官を新設し、及び位階を著して、官位を以て敘す。」を受けた詔である。
日本書紀の記述に従うと、推古11年の冠位12階の制定から44年目の改訂となる。
一曰織冠、有大小二階、以織爲之、以繡裁冠之緣、服色並用深紫
二曰繡冠、有大小二階、以繡爲之、其冠之緣・服色並同織冠。
三曰紫冠、有大小二階、以紫爲之、以織裁冠之緣、服色用淺紫。
四曰錦冠、有大小二階、其大錦冠、以大伯仙錦爲之、以織裁冠之緣。其小錦冠、以小伯仙錦爲之、以大伯仙錦、裁冠之緣。服色並用眞緋。
五曰愆А以惴爲之、有大小二階、其大愆А以大伯仙錦、裁冠之緣。其小愆А以小伯仙錦、裁冠之緣。服色並用紺。
六曰邊А⇒大小二階、其大邊А以車形錦、裁冠之緣。其小邊А以薐形錦、裁冠之緣。服色並用緑。
七曰建武初位、又名立身以邯爲之、以紺裁冠之緣。
以上のように冠の材質or色(織冠、繡冠、紫冠、錦冠、青冠、黒冠、黒絹冠、鐙冠)によって位階を示すほか服の色(深紫淺紫眞緋)も決められている。
岩波版の注には「唐の影響をうけて原理的にも、形状の上でも(冠位12階とは)異なるものとなったと見るのが妥当。」と記されているが、養老令の服制と共通しているものが多く大宝令の服制に合わせたものと考える方が合理的だと思う。
以上の他、細かい点についても決められている。

【「新羅王子金春秋人質」】
是歳条にはさらに二つの記事が記されている。
一つは三韓が争いを繰り返している中で新羅は王子金春秋を人質に差し出してきた。
金春秋は後の武烈王(在位:653〜661)である。

【「渟足柵」建造準備】
もう一つは大化元年12月24日条の「越國が言ってきた。海の畔に、枯査が東に向かって移り去った、沙の上に田を耕したような跡がある、と」の続きで、この数年「鼠」が東に向かって移動しているのは「渟足柵」を造るためだったと老人たちが言っていると記されている。
この書き方からわかることはこの当時「渟足柵」を造ったのは大和朝廷ではなかったということ。
この一行で「渟足柵」が蝦夷に対する大和朝廷の防衛施設だったとする説は成立しなくなる。



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新羅王子金春秋人質の項
江戸時代の藩主が支藩に次男三男を養子に出し、成人して当主となる例を思い出しました。
新羅は王子金春秋を人質(?)ではなく、戦乱を避けて倭国王家に亡命、または養子に出したのかとも考えてみました。
そうであれば「金春秋は後の武烈王」という権力の座も容易だったかと考えられます。この推論が成り立つならば、新羅と倭国は立場が逆になります。浅学の浅知恵ですみません。

2017/5/19(金) 午後 8:20 自転車くま 返信する

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> 自転車くまさん、コメントありがとうございます。

ご指摘、なるほどという気がします。
新羅は百済、高句麗と戦争状態にあって、三国にとって倭国を敵にしたくないという気持ちが強かったとも思います。

2017/5/19(金) 午後 8:58 [ 記紀いっぱつ ] 返信する

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