|
【三国志に共通する里数値】
古田は、邪馬台国論争を主導した大家たち、白鳥庫吉・内藤湖南・橋本増吉・榎一雄らが「東洋史」を専門とする学者であったにもかかわらず、里程について倭人伝にとどまらず三国志全体を見なかったことに強い不満を述べている。
古田は倭人伝以外に、魏志「韓伝」、魏志一裴注、魏志三裴注「魏名臣奏」載「散騎常侍、何曾の表」、などにも倭人伝の里数値に一致する記述があらわれている。
古田は漢・唐時代に使われた里数値と明らかに異なる里数値が魏・晋朝で使われていた可能性を示唆している。
倭人伝の里数値が漢・唐代の里数値で換算すると約5倍の距離を表すことから三国志の記述は魏朝の侵略主義下で官吏たちの恩賞目当ての虚偽の報告に基づいた「誇大値」であると主張する従来学説に対して、古田は魏・晋朝独自の里程(短里)があったことを主張している。
|
全体表示
[ リスト ]







距離の尺度というのは、ある単位だけが単独で存在するということは現在の感覚でいうと奇妙に感じます。
短里があるとすれば、それに対応する一定拡縮比率の、歩、丈、尺、寸があるような気がしますが、そのへんを詳しく論じた文献はまだ読んだことがありません。古田氏に限らずですが、一般的に短里説では、その辺りはどう解釈しているんですかね。または、「里」だけは単独で1/5サイズが存在したという考えなんでしょうか。
2019/5/6(月) 午前 11:16
> 形名さん、コメントありがとうございます。
「周髀算経」という天文学のテキストがあってその中に出てくる「里」を計算すると、1里≒75mになるそうです。おっしゃるように短里に対応した「歩、丈、尺、寸」については聞いたことがありません。今後三国志を読むときに注意してみようと思います。
2019/5/6(月) 午後 1:56 [ 記紀いっぱつ ]