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記紀の国譲り説話は、越から筑紫までの日本海側を支配していた
出雲国の大国主命に対して、
対馬、壱岐に本拠のあった高皇産霊尊、天照大神の天国側が
筑紫の割譲を求めて交渉した説話と考えられる。
国譲り説話が筑紫割譲説話である根拠を記紀の中から探してみよう。
●国譲り後も大国主命は出雲大社に住んでおり、
天国側が出雲に上陸した形跡がない。
●天孫降臨(天国側の日本列島攻略開始)は筑紫で行われている。
●記紀は神武東征までの舞台を九州内においている。
天国側は婚姻戦略によって日本列島最大勢力の出雲国と
十分良好な関係を作ったうえで、
服従しない強力な敵対勢力(熊襲や隼人)のいる
筑紫への上陸許可を取り付けることに成功し、
筑紫上陸=天孫降臨を実行する。
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国譲り・天孫降臨
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お早うございます。
その通りと私も思います。
それにしても大乱もなく、スムーズにいったものだと…
やはり、言われるようにオオクニは平和主義者だったのでしょうか。
武力で拒否もできたでしょうに。
2012/8/8(水) 午前 8:09
さんせいさん、こんにちは。
出雲国内はそのまま大国主命の体制が続いたのでしょうが、
筑紫の方は抵抗勢力が強く、実は大乱になったと思います。
結果は天孫側が優勢で卑弥呼を立てて、
支配権を握ったのではないかと考えています。
2012/8/8(水) 午後 1:07 [ 記紀いっぱつ ]