のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

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天平8年の遣新羅使一行は難波を出た後、
瀬戸内海で悪天候や潮の満ち干に恵まれず、
筑紫に到着した時に七夕を迎えている。
新旧歴対照表によると、
天平8年(736年)7月7日を新暦に直すと8月17日(金)になる。
筑紫を出発した後も難航し、
糸島半島の周囲をまわりこむように唐津湾まで避難している。
ようやく外海に出て壱岐島に着いた頃には
「秋萩の散らへる野べの初尾花」
の季節になっていた。
旧暦で8月中旬、新暦では9月下旬から10月上旬になっていたと思われる。
対馬に着いた時にはすでに紅葉が始まっていた。
ここでも天候に恵まれず南岸の浅茅浦、
北側の竹敷浦で一週間以上日和待ちをしたものと思われる。
竹敷浦で詠まれた歌の中に、
「九月のもみちの山もうつろいにけり」とある。
対馬で出港のタイミングを待つ間に晩秋を迎えてしまったようだ。
新羅へ到着して新羅から門前払いを食わされたためか、
対馬を出た後、次に万葉集に載る歌が詠まれたのは
播磨国家島に戻ってからということになる。
その時はすでに年が明けて天平9年(737年)になっていたようだ。
「妹にいひしを年の経ぬらく」とある。
 
全行程をざっとおさらいしてみよう。
天平8年(736年)6月難波を出発。瀬戸内海の陸地沿いを西進。
→長井浦:広島県三原市糸崎町
→風速浦:広島県東広島市安芸津町風早付近の三津湾
→安芸国長門島:広島県呉市倉橋町本浦桂浜
→周防国玖珂郡麻里布浦:山口県岩国市
→熊毛浦:山口県熊毛半島(室津半島)付近
→漂流
→豊前国下毛郡分間浦:大分県中津市中津港付近
→筑紫館
当地で七夕を迎える。出発から約一か月経過したものと思われる。
→筑前国志麻郡韓亭:福岡市西区宮浦(唐泊崎)
→引津亭:福岡県糸島郡志摩町
この辺りで月が替わり8月になったか。
→肥前国松浦郡狛島亭:佐賀県唐津市神集島(かしわしま)か
→壱岐島
亡くなった雪連宅満の埋葬をしているうちに9月になる。
→対馬浅茅浦
→対馬竹敷浦
対馬で日和待ち、潮待ちして出発し新羅には10月初旬到着か。
→(筑紫を経て)播磨国家島:兵庫県家島諸島
家島諸島に到着した時はすでに年を越し天平9年(737年)になっていた。
 

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