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何故藤原不比等の書庫に「憲法十七条」のタイトルが出てくるのか違和感を持つ人がいるかもしれない。
ここでは「憲法十七条」は聖徳太子が制定したのではなく、不比等を中心とする8世紀の日本書紀編纂グループが作成したものと考えている。
日本書紀では「憲法十七条」(いつくしきのりととをあまりなな)は推古十二年(604年)四月に制定されたことになっている。
日本書紀が完成する116年前のことである。
日本書紀には全文が掲載されている。
天智元年(661年)に完成したとされる近江令、
持統三年(689年)に完成したとされる浄御原令、がどちらも逸文すら残っていないのに、100年以上前の「憲法十七条」が、全文完全に残されているのは不思議である。
残されていたと考えるよりは日本書紀の編纂者が何らかの意図をもって作り上げた、と考える方が無理がないのではないだろうか。
(To be continued)
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2012年05月15日
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