のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

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仲哀帝が熊襲攻撃をやめて新羅を撃てというご託宣に逆らい、神の怒りに触れて死亡した後、神功皇后が事業を引き継いでいる。
神功皇后は、どういうわけか、
「吉備臣の祖鴨別を遣して、熊襲国を撃たしむ。」
と熊襲攻撃を開始している。熊襲はすぐに降服したという。
仲哀帝の熊襲攻撃は神の怒りに触れたにもかかわらず、神功皇后になるとあっさり解決している。
仲哀帝に対して神は新羅を征圧すれば熊襲は自ずから服従する、というようなことを言っていたので、この項目は挿入場所を間違えているのだろう。
新羅制圧後の段に入れるはずのものを間違って新羅遠征出発前に入れてしまったのか?
ともかく前後の文脈とは無関係に熊襲攻撃→降服記事が挿入されている。
その挿入記事に続いて、神功皇后は荷持田村(のとりたのふれ、朝倉市秋月野鳥)で、皇命に従わないで人々を困らせている羽白熊鷲を攻撃する。
羽白熊鷲は「強く健し、亦身に翼有りて、能く飛びて高く翔る。」という。
神功皇后の攻撃に対して、熊鷲は層増岐野(そそきの、雷山:糸島市と佐賀市の間の山)まで逃げて、そこで滅ぼされたという。
その後、神功皇后は山門県(福岡県みやま市瀬高町)へ行き、土蜘蛛田油津媛を滅ぼしたという。
香椎宮に本拠を置く神功皇后は新羅遠征の前に筑後エリアを征圧した。日本書紀編纂者は羽白熊鷲の説話だけでなく田油津媛説話も含めて、挿入場所を間違えたのかもしれない。
神のご託宣で新羅遠征に行かなくてはならない時に、神に禁じられている熊襲攻撃を行い、妊娠しているにもかかわらず強敵羽白熊鷲攻撃を行い、さらには山門まで南下し田油津媛を攻撃している。
話の流れが全くすっきりしていない。各地から取り寄せたいろいろな史料を継ぎ足し組み合わせて構成しようとした日本書紀編纂のご苦労が感じられる。
この筑後エリア征圧説話も九州一円征圧説話同様、天孫降臨後九州内に徐々に勢力を広げていった九州王朝創生期の説話を、主人公を変えて(九州王朝の王→神功皇后)日本書紀に挿入したと考えられる。

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