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「禁秘抄」は鎌倉時代承久3年(1221年)に成立した、第84代順徳帝による有識故実の解説書である。
ここにも三種の神器についての記述がある。
剣については以下のように記されている。
今宮中にある「御剣」は神代に三本あった剣の一つである。
子細についてははっきりしないことが多いが、三本とも実物が伝わってきている。
寿永年間に海に沈んで紛失した後は、後鳥羽院の時以降24年にわたって、清涼殿の御剣が三種の神器として用いられている。
神代に三本あった剣とは、一剣は天叢雲剣、後に草薙剣と呼ばれているもので、
これは大蛇の尾から出たもので、今は日本紀によると熱田にあるという。
この剣は崇神天皇6年に護身用の御剣として(レプリカを)新造したものがあり、それは(壇ノ浦の戦いで)海に沈んで紛失した。
一剣は「羽斬剣」で元々は十握剣という名で呼ばれて、素戔嗚尊が所持していたもの。
これは石上神宮にある。
一剣は「高庫剣」、一名「太刀苅」またの名は「神戸剣」とも呼ばれ、味耟高彦根神が所持していたもの。
現在は熊野神社にあるという。
神代にあった三剣は今も伝来しており、壇ノ浦で海中に沈んだのは崇神天皇が護身用に作ったレプリカだった、と記されている。
天皇家では代々そう伝えられてきたのだろう。
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2012年12月15日
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