のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

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民間の古代史研究者の名論文に接することができた。
日本に伝来する文書の書写材料に注目し、
近畿天皇家が701年に日本に律令国家を設立する前には
多元的に国家(あるいは王朝)が存在していたのではないかと推論している。
 
菅野拓「日本における書写材料についての一考察」
中国の書写材料には
伝来品として、獣骨・亀の甲羅➝青銅器➝石➝紙が考えられていた。
ところが、20世紀に考古学的発見があった。
20世紀初頭以降の考古学的発掘により、
西域(せいいき)などから
木簡(もっかん)や竹簡(ちっかん)、帛書(はくしょ)が発見された。
この発見によって、紙の普及の前に、
木簡・竹簡・帛書が書写材料として
重要な役割を担っていることがわかった。
伝来品による記録の空白が発掘品によって埋められた。
獣骨・亀の甲羅青銅器石➝木簡・竹簡・帛書(はくしょ)
木簡は荷札、竹簡は本文に使われた。
 
日本の書写材料を見てみよう。
・竹簡の欠落
中国の影響を受けて文字が発達した日本ではあるが、
木簡の出土があっても竹簡は全く出てこない。
竹の豊富な日本で加工が容易な竹簡が使用されていないことは
不可解である。
・帛書の欠落
紀貫之は「土佐日記」を不打紙に書いていたと、
書写した際に藤原定家は言っているという。
何故不打紙に書いたかというと
帛書に書かれた文字のにじみに
芸術性を感じていたからだろうという。
つまり紀貫之は帛書の存在を知っていたことになる。
魏志倭人伝以来絹が日本で生産されていたことは明らかなので
書写材料として絹がなかったとは考えられない。
 
日本では書写材料としての竹簡と帛書が欠落している。
 
・正倉院文書の怪
正倉院文書は701年以降の物しかない。書写材料は全て紙である。
701年より前の日本には国家はなかったのか。
書写材料に文字を記して命令を発するような国家の存在はなかったのか。
倭の五王がいた強力な国家は文字を用いなかったのか。
というような疑問がわいてくる。
 
日本における竹簡や帛書の欠落は欠落ではなく実は破棄ではないか。
 
この竹簡・帛書の欠落=破棄は、
多元的古代という歴史観でしか説明できない。
 
701年に律令国家を設立した近畿天皇家は、
それまでに存在した国家・王朝の記録を徹底的に破棄したのではないか、
と推論している。
 
たしかに、邪馬台国、倭の五王、多利思北孤など
中国の資料に残る倭国、俀国に関することは
701年以降の律令国家には何も残されていない。

 
 

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