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天日槍の説話は田道間守説話につながっている。
田道間守は垂仁帝の命令で常世国に、
「非時の香菓(ときじくのかくのみ)」を取りに行く。
しかし持ち帰る前に垂仁帝は崩御してしまう。
垂仁帝の病をいやす目的を果たすことができなかったことを苦にして、
垂仁帝の陵の前で田道間守は自害して果てる。
子孫である田道間守が天皇家の忠実な家臣となったことで
天日槍の物語は結ばれている。
大軍を率いて渡来し、文明と争乱をもたらし、
最終的には天皇家の家臣としてのポジションを得たことになる。
古事記の系譜によると田道間守は
息長帯比売命(神功皇后)の母親葛城之高額比売命の伯父に当たっている。
また田道間守は三宅氏、糸井氏の始祖と言われている。
天日槍は円山川の河口を切り開いて灌漑をおこない
耕作地を広げた功績が語られている。
その子孫に三宅氏がいる。
三宅氏の「三宅」は「屯倉」で天皇直轄の耕作地につながっている。
天日槍は国土開発に貢献し、天皇家の忠実な家臣となり、
外戚ともなったということで、
後の蘇我氏や藤原氏の立場を連想させられると言えないこともない。
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2013年01月30日
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