のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

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豊前王朝説

「大和朝廷の前身 豊前王朝」(大芝英雄著、同時代社、2004年)
という本がある。
古田武彦氏の九州王朝説から出発し、
批判発展した内容になっている。
発想は隋書俀国伝の
「倭王は天を以て兄となし、日を以て弟と為す。
天未だ明けざる時、出でて政を聴き、跏趺して坐す。
日出ずれば便ち理務を停め、我が弟に委ねんと云う」
という記述にあるようだ。
俀国は兄と弟によって統治されていた兄弟王朝だったと書いてある。
さらに隋書には隋の使者、文林郎と裴清が俀国に派遣されると、
竹斯国にいたった後さらに東に行き秦王国に至った、
と書かれている。
これを大芝氏は「筑紫本朝と豊前東朝」の二王朝であるとする。
天と日による兄弟統治の実態を筑紫と豊前に求めたようだ。
白村江敗戦の後、弟王朝(豊前東朝)の一部王族は近畿地方へ退避し、
再興を画策して近江朝を創設し、
壬申の乱を経て天武飛鳥浄御原朝を開朝したという流れになる。
7世紀の日本書紀の記述に疑問を以て悶々としている私にとっては、
非常に魅力的に感じる説ではある。
しかし、天智帝、天武帝が豊前から近畿に逃げた後、
すぐに日本国大和朝廷につながる権力を手にすることができるものだろうか、
検討しなければならないことは残されている。

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