のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

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古代逸年号

【「海東諸国紀」】
岩波文庫に「海東諸国紀」が入っている。
文庫版の冒頭に、
「[『海東諸国紀』は、朝鮮王朝最高の知識人が
日本と琉球の歴史・地理・風俗・言語・通交の実情等を
克明に記述した総合的研究書である。
1471(朝鮮成宗二、日本文明三)年に
朝鮮議政府領議政申叔舟(シンスクチュ)が
王命を奉じて撰進した書物・・・」
と記されている。
李朝朝鮮が日本及び琉球との外交のための実務書として作成したものらしい。
それだけにかなり信頼性の高い本であるということはできるだろう。
 
【「海東諸国紀」に記された古代逸年号】
「海東諸国紀」は『日本国紀』からはじまる。
天神七代、地神五代の後人皇神武天皇から
第102代後花園天皇(在位委:1428年〜1464年)まで列挙されている。
その中に継体天皇以降干支年以外に年号が登場している。
継体天皇の項には、
「継体天皇、応神五世の孫なり。名は彦主人なり。
元年は丁亥。十六年壬寅、始めて年号を建て善化と為す。
五年丙午、正和と改元す。
六年辛亥、発倒と改元す。
二月歿す。在位二十五年。寿八十二。」
継体帝在位中に善化、正和、発倒の三年号が使用されている。
第42代文武天皇の項には、
「元年は丁酉。明年戊戌、大長と改元し、律令を定む。
四年辛丑、大宝と改元す。」
文武四年にはじめて日本の正史の記述と一致した年号大宝が現れている。
つまり継体十六年の善化から文武二年の大長までは逸年号ということになる。
 
【「海東諸国紀」の逸年号は九州年号】
文政三年(1820年)に成立したと言われる鶴峯戊申著「襲国偽僭考」には、
この年号について
「継体天皇十六年。武王。年を建て。善記といふ
 是九州年号のはじめなり」
と書かれている。
 
(To be continued)

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