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司馬遼太郎の著書を久しぶりに読んでいる。
「なるほど!」と感心させられる文章が多いことに驚かされる。
たまには自分でも一つくらいは他の人たちから
「なるほど!」といわれる言葉を発してみたいものだと思う。
「近江散歩、奈良散歩」の中に、
「日本人の遺伝性の痼疾」であると指摘している箇所がある。
「日本人だけに見られる(あるいは韓国人もそうかもしれない)
異常な首都崇拝と地方蔑視がそれである。
この痼疾は外来文化を奈良平城京に大量輸入した
奈良朝以来のものだと私はおもっている。」
遣唐使や中国朝鮮からの渡来者たちによってもたらされた
外来文化を金科玉条にした時に、
「平城京とそれ以外」という異常な首都崇拝と地方蔑視が生まれたという。
さらに、
「江戸期は、江戸と京に価値が集中していたとはいえ、
しかし諸藩にもそれぞれ独自な学問と文化があった。
明治後、律令時代にもどった。
文明開化は、すべてその吸収・配分機関として東京がうけもったため、
田舎は単に陋劣なものという意識の構造ができた。」
平城京で生まれた「異常な首都崇拝と地方蔑視」の意識が明治維新で復活した、
と言っている。
司馬はここまでしか言っていないが、
終戦後東京を中心とした復興が行われたことによって
その意識が数倍に膨れ上がったことはいうまでもない。
白村江の敗戦→遣唐使→平城京
黒船→明治維新→東京中心の文明開化
太平洋戦争の敗戦→駐留軍による占領→東京中心の高度経済成長
外圧によって異常な首都崇拝と地方蔑視意識が醸成されて
不均衡な社会構造を生み出していくことを繰り返している。
そのことを司馬は「日本人の遺伝性の痼疾」と呼んでいる。
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2013年05月13日
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