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【民意に反した近江遷都】
「(天智五年)是冬、京都の鼠、近江に向きて移る。」
翌年の三月に近江への遷都が行われているので、
是冬条は伏線であると岩波版の注に述べられている。
近江遷都について日本書紀は、
百姓は遷都を望んでいなかった、
多くの者たちがあからさまに批判した、
多くの場所で火事が起こった、
と遷都を行ったことを否定的に述べている。
ここでも天智帝の政策をあからさまに批判している。
壬申の乱の正当化の一環だろうか。
【「鼠」として暗示された人々】
「京都之鼠向近江移(京都の鼠、近江に向きて移る)」、
近江遷都の伏線として書かれているのかもしれない。
鼠が動くことが遷都の予兆であることは
中国の北史の例に倣っているという。
日本書紀に出てくる「鼠」八例を見てきたが、
全て「鼠」に当てられたと思われる主体を蔑んでいる。
中には露骨な表現を避けて暗に蔑んでいるものもある。
「鼠」に当てられたのは、
敗者となった山背大兄皇子、
後に置き去りにされた孝徳帝、
越国から安曇野へ向かった九州王朝の人々、
孝徳帝を置き去りにした中大兄皇子、
今回の最後の例は人々の反対を押し切って近江遷都を強行した天智帝。
日本書紀を編纂している時点で、
近畿天皇家が自分たちの正当性を明確にするために、
否定的に描くことを必要とした対象が
「鼠」に象徴されて記述されたと考えられる。
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2013年08月11日
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