|
【倭建命と継体帝をつなぐ若沼毛二俣王】
古事記記載の系譜では、応神帝の皇子若沼毛二俣王は
倭建命の玄孫で、
継体帝の先祖と思われる意富富杼王の父親である。
若沼毛二俣王の父親は応神帝、
母親は倭建命の曾孫息長真若中日売である。
【異世代婚】
若沼毛二俣王は母息長真若中日売の妹弟日売真若比売命を娶り、
意富富杼王や允恭帝の皇后となる忍坂大中津比売命が生まれている。
母の妹と結婚する異世代婚である。
7世紀後半に草壁皇子が母の妹である阿陪皇女との間に
文武天皇が生まれていることから、
その前例として異世代婚を記載しているのかもしれない。
神武帝の父母も異世代婚立ったと記されている。
【息長氏と天皇系譜を結ぶ架け橋】
若沼毛二俣王は倭建命から応神帝を経て継体帝へつながる系譜の
継続性を成立させるために記紀に登場しているのである。
若沼毛二俣王の墓所に比定されている場所は
垣籠古墳(長浜市垣籠町塚本)や
諸頭山古墳(長浜市小一条町)、
明星王子古墳(米原市柏原 王子神社内)などがある。
息長氏の本拠地周辺である。
確定することができないため、
「伝若沼毛二俣王墓」と自信のなさそうな看板を立てている。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2015年02月12日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]








