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【聖徳太子の事績は日本書紀の作り話か】
聖徳太子について記述するのは気が重い。
日本国民から尊敬され、千円札や一万円札にもなった
日本書紀の英雄の実在について、懐疑的だからだ。
聖徳太子と考えられる人物は、
古事記では用明帝皇子の「上宮之厩戸豊聡耳命」として一度だけ登場する。
日本書紀では「東宮聖徳」、「厩戸皇子」、「豊耳聡聖徳」、「豊聡耳法大王」、
「法主王」、「厩戸豊聡耳皇子」と、
多彩に名前を変えて何度も出てくる。
皇太子であること=東宮、
徳のある人物であること=聖徳、
厩で生まれたこと=厩戸、
多くの人の話を同時に聞くことができる能力を有していること=豊聡耳、
仏教興隆に尽力していること=法大王、法主王、
とキャッチフレーズのように名前を変えて表現されている。
【聖徳太子関連の記載は日本書紀の記述を見て書いたもの】
現在もっとも一般的な「聖徳太子」という呼び方は記紀にはなく、
後世に付けられたようである。
古事記には用明帝の皇子として名前が出てくるだけで、
推古帝の摂政になったり、
十七条憲法や冠位十二階を制定したりするのは
日本書紀だけの記載である。
「聖徳太子」の名前を含めて現在残っている史料は、
ほとんどが日本書紀の記述を見て書いたものと考えられる。
法隆寺金堂の釈迦三尊像と天寿国繍帳については
引き続き検討していきたい。
To be continued
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2015年03月14日
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