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【陳寿を信じる】
1971年に朝日新聞社から出版された「邪馬台国はなかった」のはじめにの項で古田は、魏志倭人伝の解明にあたった従来の学者と自身との違いについて言及している。
これまでの学者が、
三国志に記された「邪馬壹国」を「ヤマト」と読ませるために「邪馬台国」と漢字を書きかえたり、
1里を約400m(漢代の里)で計算し三国志に出てくる里程は距離を大幅に大きく誇張して解釈する傾向にあると結論付けたり、
「南」を「東」と読み替えたりして解釈しようとしていることを批判し、
古田自身は、シュリーマンがホメロスの叙述を信じてトロヤの廃墟に到達したように、三国志の著者陳寿を徹頭徹尾信じて原文に忠実に読み進めて卑弥呼の国にたどりついたと述べている。
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2019年04月22日
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