のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

出雲

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

天孫降臨と倭国大乱

古事記では、瓊瓊杵尊が降臨した後に、
猿田彦は岬に立って仕え奉ったという。
瓊瓊杵尊の降臨を助ける国つ神の役回りを演じている。
古田武彦は「古代は輝いていた Ⅰ」の中で、
筑紫の現地伝承を紹介している。
福岡市に伝わる筑紫舞(田島八幡の神楽)では、
猿田彦は天孫降臨を強硬に拒否するという。
天国側は猿田彦を説得するために天鈿女命を派遣する。
天鈿女命はさまざまなエロティックな仕草で彼を誘惑しようとする。
日本書紀第九段一書(第一)の
「天鈿女、乃ち其の胸乳を露にかきいだて、
裳帯を臍の下に抑れて、
ほほえみて向きて立つ。」
とあるのはこのことだろうと古田は言う。
書紀ではこの後、
猿田彦は「吾先立ちて啓き行かむ」と先導役を買って出ている。
もし天孫降臨が多少なりとも史実を反映しているとするならば、
侵略してくる勢力に対して、
在来の人々が無抵抗に受け入れることは考えにくい。
当然摩擦もあるだろうし、戦争に発展することもあるだろう。
後漢書では、「桓霊の間」(桓帝と霊帝の間、2世紀後半)に
倭国で大乱があったという。
なかなか解決しなかったが、
女王(卑弥呼)を共立すると治まったという。
瓊瓊杵尊軍団が上陸する時に、
猿田彦軍団が抵抗し混乱は続いたが、
天鈿女が出てくると治まったという事情に酷似している。
記紀の国譲り神話は、
九州から越までの日本海側を支配していた
出雲国の大国主命に対して、
対馬、壱岐に本拠のあった
天国の高皇産霊尊、天照大神(こちらは後世の造作か)が
筑紫の割譲を求めて交渉した説話と考えられる。
交渉の結果大国主命のお墨付きをもらって、
瓊瓊杵尊が抵抗を受けずに
筑紫への上陸を果たすことができた。
そのことが天孫降臨神話として描かれている。
瓊瓊杵尊からの血脈は、
卑弥呼、壹与から倭の五王を経て、
近畿天皇家へつながっているのかもしれない。
瓊瓊杵尊の筑紫上陸は卑弥呼よりも前の時代、
上陸をきっかけに倭国大乱が始まったとすると、
2世紀のことになる。
金印の倭国以前とすると紀元0年頃にさかのぼるのかもしれない。
国譲り説話が九州割譲説話である根拠を、
記紀の中から探してみると以下のようになる。
 
●国譲り後も出雲国守大国主命は出雲大社内に住んでいた、と思われる。
●国譲りの後、天国系が出雲に上陸した形跡が全くない。
●天孫降臨は九州で行われている。
●記紀は神武東征までの舞台を九州内においている。
●崇神紀六十年秋七月条では、崇神朝が出雲国の神宝を
 管理・把握できていないことを露呈している。
●同じく崇神紀六十年秋七月条で、出雲大社の神宝を管理しているとされる
 出雲振根が、天菩比命の子孫とされている。
 天菩比命は国譲りの段で大国主命の配下に入っており、
 後継者となったと考えられる。
 
古田武彦は「古代の霧の中から:出雲王朝から九州王朝へ」の中で、
「国譲りの本質は権力中心の移動で、
この件があって出雲にあった権力の中心が
筑紫に移ったことなのです。」
と言っている。

国譲り説話

古事記と日本書紀本文は国譲り説話について
だいたい似たような構成で描かれているように見える。
しかし重要なところが微妙に相違している。
大前提の「誰が誰を」が違っている。
古事記は、
天照大神が「豊葦原の千秋長五百秋の水穂国は
我が子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の知らす国ぞ」
がスタートである。
天照大神が我が子天忍穂耳命のために国譲りを行おうとした。
一方日本書紀では、
高皇産霊尊が「皇孫天津彦彦火瓊瓊杵尊を立てて、
葦原中国の主とせむと欲す。」と、
高皇産霊尊が主体で孫の瓊瓊杵尊のために国譲りを発案したことになっている。
 
葦原中国が騒がしいのでまず先遣隊を派遣して
落ち着けてから降臨することを計画し、
まず天菩比神(紀では天穂日命)を遣わすが、
大国主神(紀では大己貴神に懐柔されてしまう。
次に紀では天菩比神の子の大背飯三熊之大人を派遣しているが
父と同じ結果になる。
この人は記では省略されている。
次は天若日子に天之麻迦古弓、天之波波矢をもたせて遣わすが、
大国主神の娘と結婚して帰ってこない。
そればかりか様子を見に行った雉をその弓矢で射殺してしまう。
その矢は天国まで届くが、
怒った高皇産霊尊が投げ返すと天若日子に当たって死んでしまう。
 
中略
 
次に、記では建御雷神(紀では武甕槌神)に天鳥船神を副えて派遣する。
紀では経津主神と建御雷神を派遣する。
大国主神に国譲りを迫ると、
大国主神は我が子に聞いてくれと答える。
事代主神に聞くと素直に承諾する。
紀はここまで。
記では次に建御名方神との力比べ説話が出ている。
追放された建御名方神は科野国州羽海で命乞いをして救われる。
この後記では、
大国主神が国譲りの条件として天国と同じような立派な宮殿を造ってほしい、
と要求する。
この話は日本書紀には出てこない。
一般に知られている国譲り説話は古事記がベースになっているようだ。
天照大神が大国主神に国譲りを迫り、
出雲大社を建設して大国主神の住まいを確保することで
国譲りは終了する。
高皇産霊尊と天照大神、
記紀の作られた8世紀初頭の政治情勢から考えると、
元々天照大神が主体だったものを変更することは考えにくい。
したがって国譲りの原型は高皇産霊尊が主体の説話だったと思われる。
日本書紀には本文の他8つの一書が紹介されているが、
第一だけが天照大神主体で、
ほとんどが高皇産霊尊を最高神とする説話になっている。
古事記は国譲り説話を
天照大神を主体として、
8世紀初頭現在で最も大きな建物とされていた
出雲大社の建立譚で締めくくる
コンテンポラリーな要素を取り入れた説話に作り変えたのだろう。
 
 
 
古事記の説話は言うまでもなく矛盾をはらんでいることが多く、
そのために難解に感じることがある。
作り話だからと言って済ましてしまえばそれきりだが、
矛盾がなぜ生じたかを推理することによって
解決することがないわけではない。
出雲説話では、
大国主命は素戔嗚尊の6世代後の孫となっている系譜がでてくる。
同時に国譲り説話では、
大国主命と天照大神は同時代を生きている。
天照大神と素戔嗚尊は「天の安の河の誓約」を行っているので同世代。
素戔嗚尊と大国主命が6世代も離れていることと辻褄が合わないのである。
 
古田武彦は「盗まれた神話」の中で、この件について言及している。
古事記では、「大国主の神裔」で大国主の子孫を紹介している。
大国主命の第一夫人は、
『胸形の奥津宮に坐す神、多紀理毘賣』となっている。
大国主命は素戔嗚尊と天照大神の間に生まれた長女を娶っている。
素戔嗚尊と天照大神は出雲王国に君臨する大国主命に
娘を嫁がせて外戚となっていたことになる。
大国主命が素戔嗚尊の6世孫とはどういうことかについて、
古田は間に出てくる神々の神名に注目している。
古事記に出てくる素戔嗚尊から大国主命までの系譜の中に、
天国系の名前が2神いるが、
他の神は天国系ではなじみのない名前となっている。
古田は大国主命に至る出雲の神の系譜をはめ込んで作ったと論証している。
大国主命を素戔嗚尊の6世孫におくことによって、
古事記の編者は天孫系が出雲系の優位に立っていることを
示したかったのではないか、と古田は述べている。
詳しくは「盗まれた神話」の『第十四章最古の政治地図』をご参照いただきたい。
国譲りの前に大国主命の代になる数代前から
出雲には強力な大国が存在しており、
その系譜がここに挿み込まれて残っていたことになる。
崇神紀では神宝をめぐって弟を殺害し、
朝廷の怒りを買って吉備津彦等に滅ぼされた
出雲振根の説話が記載されている。
出雲振根は神代記によると、天照大神と素戔嗚尊の間の次男で
大国主命に服従し出雲に定住したと思われる天菩比命の子
建比良鳥(=武日照命)の子孫である。
振根は武日照命が天から持ち込んだ神宝(五種の神宝か?)を
出雲大神の宮に保管していたという。
日本書紀では出雲振根を出雲臣の遠祖と記載している。
さらに垂仁紀二十六年には、
垂仁帝は物部十千根大連を出雲国の神宝を検校するために派遣し、
その後その神宝を掌らしめたという。
崇神紀でもはじめに神宝を確認に派遣されたのは
物部氏同族の矢田部造の遠祖武諸隅だった。
いずれにしてもこれ以降日本書紀では出雲の神宝は
物部氏の管理下に置かれたことになっている。
一方仁徳即位前紀には
屯田、屯倉を掌る屯田司として
出雲臣の祖淤宇(おう)宿禰が出ている。
果たして出雲臣の祖先は、
出雲振根なのか、
淤宇宿禰なのか。
門脇禎二氏は「出雲の古代史」の中で、
4世紀ころの出雲は、
西部の揖斐川、神戸川流域を中心とする出雲国西部エリアを
出雲振根の勢力が占めておりキツキ神を信奉していた。
東部の意宇川、飯梨川流域を中心とするエリアを
オウ氏が支配し熊野大神、あるいはカモス神を信奉していたとしている。
崇神紀の吉備津彦等による出雲振根攻略は、
吉備国がオウ氏の了解を取り付けたうえで、
出雲国西部を攻撃したと推測している。
松本一号墳の発掘調査から振根の滅亡は4世紀中頃と思われる。
吉備勢力は5世紀中頃まで西部地域を支配したが、
吉備国自体がヤマト勢力と拮抗するようになる5世紀半ばに撤退する。
そこに東部で徐々に力を蓄えていたオウ氏が
吉備勢力に代わって勢力を拡大し出雲全域を支配するようになった、
というのが門脇氏の説の概要である。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
記紀いっぱつ
記紀いっぱつ
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事