のんびりと古代史

自分なりに「削偽定実」を試みる。

遣新羅使(天平八年)の歌

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遣新羅使船出航

航海に適した日和と潮を待っていた遣新羅船は満を持して就航した。
「船に乗り海に入りて、路上にして作れる歌」
と記された8首が載る。
 
潮待つと ありける船を 知らずして
               悔しく妹を 別れ来にけり
船が潮を待っているだけだったのを知らないで、妻と別れてきてしまったのが残念だ。もう逢いに帰れないまま船は出航してしまった。
 
朝びらき こぎ出て来れば 武庫の浦
               潮干の潟に 鶴が聲すも
朝出航して武庫の浦のあたりかかるとと干潟に鶴が鳴いていた。
 
吾妹子が 形見に見むを 印南都麻 
               白波高み 外にかも見む
妻との思い出すために妻という名の印南都麻(いなみつま)島を見ようと思ったが、白波が高くたつので遠くにしか見えない。
 
わたつみの 沖つ白波 立ち来らし 
               海人娘子ども 島隠る見ゆ
沖の白波が立ってきたので海人の女子供がいる島が見え隠れしている。
 
ぬばたまの 夜は明けぬらし 多麻の浦に
               求食(あさり)する鶴 鳴き渡るなり
多麻の浦の夜が明けてきた。餌を取りに来た鶴が鳴きながら飛んでくる。
※多麻の浦は岡山県の錦海湾も候補地の一つ。
 
月よみの 光を清み 神島の
               磯廻(いそみ)の浦ゆ 船出する吾は
月の光が清やかな神島の磯廻の浦から私は船出していく。
※神島は福山市西神島町。かつては芦田川の河口に浮かぶ小島だった。
 
離磯(はなれそ)に 立てるむろの木 うたがたも
               久しき時を 過ぎにけるかも
海上に突き出た磯に立っている杜松(むろ)の木は
おそらくもう何年もの永い間あそこに立っているのだろう。
 
暫(しまし)くも 獨あり得る ものにあれや
               島のむろの木 離れてあるらむ
暫くの間でも一人でいることはつらいのにあの島の杜松の木はずっと離れているのだなあ。
 
 
 
 
 

潮を待つ間の歌

遣新羅使一行は難波の津に集合したが、
潮を待つために少し時間ができたようだ。
そのわずかな時間を使って、
生駒山を越えて自宅に戻った人もいたらしい。
万葉集には出発前に作られた歌が5首載せられている。
難波から生駒山を越えて妻のもとを訪ねる歌2首、
出航前の不安を詠む歌3首。
 
夕されば ひぐらし来鳴く 生駒山
                越えてぞ吾が来る 妹が目をほり
夕方になるとひぐらしが鳴く生駒山を越えて、ただひたすら君に逢いたくて戻ってきた。
 
妹にあはず あらば術(すべ)なみ 石根ふむ
                生駒の山を 越えてぞ吾が来る
君に逢わずにはいられなくて険しい生駒山を越えてもどってきました。
 
妹とありし 時はあれども 別れては
                衣手寒き ものにぞありける
妻といる時はそれほど感じなかったがこうして別れているとなんと衣の袖のうら悲しいことよ。
 
海原に 浮宿(うきね)せむ夜は 沖つ風
                いたくな吹きそ 妹もあらなくに
愛しい妻と別れて海に出て船上で寝ている夜は沖を吹く風よあまり強く吹かないでくれ。よけい悲しくなるから。
 
大伴の 御津に船乗り こぎ出ては 
                いづれの島に いほりせむ吾
難波の御津から出航して次はどこの島に泊まるのだろうか。何と頼りなさげな旅ではないか。
 
 

遣新羅使夫妻の贈答歌

遣新羅使の歌を載せる万葉集巻第十五は、最初に11首まである夫婦の贈答歌を載せている。遣新羅使を命じられた官人が出発までの短い間に妻と交わした歌のやり取りを記したものを持って旅立ったのだろう。まるで太平洋戦争で赤紙をもらった新婚の若者が戦地へ向かう時と同じような心境がつづられている。
 
妻 3578 武庫の浦の 入江の渚鳥 羽ぐくもる
                   君を離れて 恋に死ぬかも
夫 3579 大船に 妹乗るものに あらませば
                   羽ぐくみもちて 行かましものを
この贈答は昨日紹介した。
 
妻 3580 君が行く 海辺の宿に 霧立てば
                   吾が立ち嘆く 息と知りませ
夫 3581 秋さらば 相見むものを 何しかも
                   霧に立つべく 嘆しまさむ
「旅だったあと海辺の宿で霧が出たら、それは私が嘆いている息だと思ってください。」
という妻に、
「秋が来れば一緒に見ることができるのに、どうしてまあ霧が立つほど嘆くのだろうか。」
 
妻 3582 大船を 荒海に出だし います君
                   恙むことなく 早帰りませ
夫 3583 真幸くて 妹が齋はば 沖つ波 
                   千重に立つとも 障あらめやも
「大船に乗って荒海に出ていくあなたは病気などならないで無事に早く帰ってきてください。」
「妻が無事を祈ってくれるので、沖に立つ波がどんなに激しくても障害にはならないでしょう。」
妻は日露戦争に弟を送り出す与謝野晶子と似た心境になっている。そのくらい日本海を越える旅は危険だったということだろう。
 
妻 3584 別れなば うら悲しけむ 吾が衣
                   したにを著ませ 直にあふまでに
夫 3585 吾妹子が 下にも著よと 贈りたる
                   衣の紐を 吾解かめやも
「別れてしまうと悲しくなるので私の着ているこの衣を(帰ってきて)裏でも構わないので直接会う時まで着ていてください。」
「あなたが裏でもよいから着ていて欲しいといった(あなたが)着ている着物の紐を私はほどいてしまいたい。」
 
夫 3586 わがゆゑに 思ひな痩せそ 秋風の
                   吹かむその月 あはむものゆゑ
妻 3587 たくぶすま 新羅へいます 君が目を
                   今日か明日かと 齋ひて待たむ
「私のために思い悩んで痩せてしまわないでください。秋風が吹く一年後にはまたきっと会えるのですから。」
「新羅に行っているあなたが帰ってくるのを今日か明日かと無事を祈って待つことにしましょう。」
 
夫 3588 はろばろに 思ほゆるかも しかれども
                   異しき情を あが思はなくに
「遠くはるかに思われるかもしれないが、決して不実な気持ちは持つことはしないでほしい。」
 
以上が遣新羅使の辞令を受けた官人が出発までの間に妻と交わした贈答歌11首である。宮廷歌人たちが技巧を凝らして作った歌に比べて素直でわかりやすい。4世紀後半から百済との間で日本海を頻繁に渡って行き来したことが日本書紀に出ているが、8世紀になっても海を渡ることは決死の覚悟を要したようだ。新羅との関係が良好でなかったこともあるのだろうが戦地へ赴くような決意を感じる贈答歌になっている。
 
 
 
 

天平八年の遣新羅使

天平八年(736年)、遣新羅使(阿倍朝臣継麻呂がリーダー)が派遣されている。
この頃はあまり新羅国との関係が悪かったため、一行は上陸できず目的を果たせぬまま帰国せねばならなかった。
この時の使人が残した歌が万葉集巻第十五に載っている。
掲載されているのは全部で145首。
出発する前の歌が16首、
往路の歌が124首、
帰路の歌が5首。
新羅から門前払いされたため帰路には作歌意欲がわかなかったのだろう。
 
続日本紀に、
「(天平八年二月二十八日)従五位下阿倍朝臣継麻呂を遣新羅大使とす。」
とある。
万葉集巻第十五の巻頭には、
「天平八年丙子夏六月、使を新羅国に遣わしし時、使人など各別を悲しみて贈り答へたる、また海路の上に旅を慟み思を陳べて作れる歌、また所に当りて誦詠へる古き歌一百四十五首。」
と前書きされている。
 
第一首は
   武庫の浦の 入江の渚鳥(すどり) 羽ぐくもる 
                  君を離れて 恋に死ぬべし
 
遣新羅使として出発することになった夫との別れを悲しんで、
君と離れたら恋しくて死んでしまうだろう、と妻が嘆く。
それに対して夫は、
 
   大船に 妹乗るものに あらませば 
               羽ぐくみもちて 行かましものを
 
「もし私の乗る船に君が乗ることができれば、今までのように羽で包むように抱いて行ってあげるのに」
と、かなり直截的な表現で妻への愛情を表現する。
 
これまで古代史を知るために、記紀や続日本記などを読んできたが、記述してあるものに対して政治的な思惑とか利害関係などを気にしながら史料批判しなければならなかった。
今回続日本紀の記述に万葉集の歌が重なり合ってくると、歴史に血が通ってくるように見えはじめる。
八世紀前半に新羅使が派遣されたという出来事に、派遣された人が離れがたい妻への思いを断ち切って、命がけの旅へ向かうドラマが見えてくる。
1300年前の人々が実はわれわれ現代人とあまり変わらない感情を持って生きていたことがわかる。さらに言えば記紀や続日本紀は記述をそのまま史実として信用することはできないが、万葉集の歌はその時代に生きた人がそのままの思いを表現したものと考えることができるので、史料としての価値が高いものがきっと存在するだろう。そんな楽しみと期待を込めて145首を読んでみようと思う。
 
(To be continued)

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