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11月11日まで古事記編纂1300年事業として開催されている
「神話博しまね」の影響もあり世間の関心は出雲に向いている。
(出雲の四季の素晴らしさを紹介するこちらのブログでも
「神話博しまね」は詳しく紹介されているのでご参照ください。
東京国立博物館でも10月10日から11月25日まで
「出雲 ―聖地の至宝― 」という特別展を開催する。
拙宅近くの朝日カルチャーセンターでは
関和彦師の「『出雲国風土記』を旅する十二章」
という講義が行われているので受講している。
月一回のスケジュールなので無理なく参加できる。
復習のために少しずつまとめてみようと思う。
昨日の講義のテーマは「号(なづ)くる所以は」。
「出雲国風土記」で出雲国と国内の九つの郡が
名づけられた理由が紹介されている箇所があるが、
それについての説明があった。
そもそも風土記は和銅六年の官命で、
「郡郷名に好字をつけよ、・・・」などの
具体的な指示のもとに行われた事業だったので、
「号くる所以は」は重要な項目の一つである。
「出雲国」については、出雲風土記冒頭の「Ⅰ総記」に出てくる。
「出雲と号くる所以は、八束水臣津野命、詔りたまひしく、
『八雲立つ』と詔りたまひき。故、八雲立つ出雲と云ふ。」
記紀では素戔嗚尊が歌った歌の中に「八雲立つ出雲」は出てくる。
風土記が記紀の記述を登用することはないだろうから、
以前から出雲国内では慣用で使われていたのかもしれない。
あるいは実際に八束水臣津野命が命名したという説話が
出雲に残っていたのだろうか。
国名に続いて郡名の由来が講義では紹介されたがここでは割愛する。
ひとつだけ、実はこれがこの昨日の講座のメインのテーマだったのだが、
「島根郡」の「号くる所以」について。
「嶋根と号くる所以は、国引きましし八束水臣津野命の詔りたまひて、
名を負せ給ひき。故、嶋根といふ。」
とあるが、
八束水臣津野命は「所以」を何も語っていない。
元々その部分はなかったのか、
それとも欠落してしまったのか。
講義では、
万葉集4487 「いざこども 狂(たは)わざなせそ 天地の
堅めし国そ 大和島根は」
を引き合いに説明がなされた。
「根」は岩根、山根、屋根、羽根、垣根など
強く付いているものを表している。
「嶋根」は国引きで寄せられた土塊=島が
杭につながれて海底に強く固定し、
国引きを終えた後、
「それが安定した=嶋根」という
八束水臣津野命の詔があったのだろう、
という解釈がなされた。
「嶋根と号くる所以は、国引きましし八束水臣津野命の詔りたまひて、
『嶋根』 と名を負せ給ひき。故、嶋根といふ。」
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出雲国風土記
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