|
【剣璽など承継の儀】(ウィキペディアより)
天皇が譲位・崩御の後、皇位継承者(皇嗣)が踐祚の際に皇位継承の証として
剣と璽を受け継ぎ新天皇となる儀式。
御所の天皇の寝室の隣には剣璽の間があり、
そこに神剣(天叢雲剣の形代)と神璽(八尺瓊勾玉)が安置されている。
神鏡(八咫鏡の形代)は宮中三殿の賢所に神体として唐櫃に納められて
安置されている。
【三種の神器とは】
古事記によると、瓊瓊杵尊は天降る時に
「八尺の勾玉」、「八尺の鏡」、「草薙剣」を携えていたという。
「八尺の勾玉」、「八尺の鏡」は天照大神を岩屋戸から
招きだした時に使った勾玉と鏡で、
草薙剣は八岐大蛇から出てきた天叢雲剣のこと。
【現在の三種の神器は瓊瓊杵尊が持参したものか】
日本書紀によると、朱鳥元年六月罹病した天武帝は、
「草薙剣に祟れり。」と言って、
草薙剣を尾張国の熱田社に送ってしまったという。
現在でも熱田神宮に納められたままらしい。
また12世紀末の源平の戦いにおいて安徳帝が持参した剣は
海中に没したとされている。
同時に海に沈んだ鏡と玉は回収されて都に戻ったらしい。
神皇正統記によると、
崇神帝の時代に鏡は伊勢神宮に納められ、
壇ノ浦に沈んだ剣はやはり崇神帝の時代に作り変えられた剣で
元々の剣は熱田神宮にあるので問題ないと述べている。
つまり現在宮中にある三種の神器のうち、
剣と鏡はレプリカということらしい。
【魏志倭人伝では】
卑弥呼は難升米を魏に遣わして朝献したが、
魏王は返礼として卑弥呼に豪華な絹織物多数の他、
「五尺刀二口」、
「銅鏡百枚」、
「真珠・鉛丹各々五十斤」
を賜うと記述されている。
史実として魏王から女王卑弥呼に剣と鏡と玉が与えられた。
古事記の説話よりもこちらの方が
三種の神器の起源としてのリアリティがある。
|
三種の神器
[ リスト | 詳細 ]








