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【日本列島出身の2人】
三国史記倭人伝は、
倭国が「辺を犯した」、「東辺を侵した』という記事の連続である。
朝鮮半島と倭国が長い間緊張関係を続けていた歴史を表している。
その中においては、印象が全く異なる人物が登場する。
脱解王と瓠公(ここう)である。
脱解王については前回までに詳しくふれた。
多婆那国を出自とする新羅国第四代の国王である。
瓠公は「本、倭人」で、
「瓠(ひさご、ひょうたん)を腰に下げて海を渡ってきたことから瓠公と称した」
と記されている。
新羅本記には新羅が隣国で強い勢力をもつ馬韓と緊張関係にあった時に、
瓠公が馬韓に赴き馬韓王と対等に交渉する様子が描かれている。
有能な官僚だったらしい。
【瓠公の家を詐取した若き日の脱解】
新羅本紀第一・脱解尼師今には、
「望楊山下瓠公宅 以爲吉地 設詭計 以取而居之 其地後爲月城」
(脱解は楊山の下の瓠公の宅を望み見て、ここは吉地であることを知り、
詭計を設けてその地を取りここに住んだ。
その地は後に月城:歴代新羅王の王城となった。)
と記されている。
脱解が瓠公の助力を得ることによって新羅王になったことを
比喩した説話と解釈することができるだろう。
【日本列島人は地理(土地の吉凶)によく通じていた】
脱解王は「多婆那国」から、瓠公は「倭国」から、
と日本列島の別の国(地域)から来たことが明記されている。
さらに脱解が瓠公の家を奪って住居にしたということは、
瓠公の方が脱解王より先に新羅にやってきたらしい。
またこの説話では日本列島から来た二人は、
地理(土地の吉凶)によく通じており、
良い場所を選ぶ能力をもっていたことがわかる。
新羅から見た日本列島人(倭国人、多婆那国人)は
土地の吉凶を占うことにたけていたという印象があったのかもしれない。
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古代史のイロハ
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【多婆那国とはどこか:三品彰英説】
三国史記に「倭国の東北一千里」にあると記されている
新羅第四代国王脱解王の出生地多婆那国とはどこか。
三品彰英氏は、
「脱解の本国は東海中の竜城と考えられており、
神人の本質を物語る神話であって、特定の地名とみなす必要はない」
としており、
「三国史記倭人伝」(岩波文庫)を編訳した佐伯有清氏もその見解を支持している。
【古田武彦説】
古田武彦氏は、「一千里」は周・魏・西晋朝で使われていた
短里(一里=76〜77m)だと関門海峡付近、
秦・漢(および東晋以降)の長里(一里=435m)で計算すると舞鶴湾近辺になり、対馬海流、東鮮海流の流れを考えると、
櫝に入れた子供を流して朝鮮半島に漂着するのは関門海峡で、舞鶴湾ではない、と論じている。
【多婆那国は丹波国:奈具岡遺跡との関係を考える】
古田氏は三国志記が描く「卵生説話」をリアルに受け止めている。
だがもしこれを比喩だとしたらどうなるだろうか。
倭国の東北一千里にある多婆那国と親交がある新羅国が、
多婆那国の皇子を婿として迎えたという史実に基づいた説話ということにすると、
対馬海流の流れを考慮しなくても良くなるのではないか。
脱解王は在位西暦57年から79年、中国では後漢の時代である。
三国史記の成立は12世紀なので、
説話の時代も三国史記の成立の時期も、
里程を短里で考えるには無理があるのではないか。
古田氏の説には従えないのである。
倭国を博多の辺りとして「東北一千里」を長里(一里=435m)で測ると、
若狭湾周辺になる。
そこには「丹波国」があり、「多婆那国」と読みが近い。
脱解王の紀元前後頃にはすでに丹波国があり、
朝鮮半島との交易を行っていたと考えるのが妥当ではないか。
京都府北部の奈具岡遺跡からは、
大量の玉製品を分業で生産していたと考えられる工房跡が発掘され、
同時に大量の鉄製品も見つかっており、
玉を輸出して鉄製品を輸入するといった
朝鮮半島との交流が行われていたことが痕跡として残っている。
三国史記の多婆那国=丹波国と結びつけることはできないであろうか。
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【脱解王と多婆那国】
三国史記・脱解尼師今即位前紀に、
「脱解は本多婆那国の所生なり。其の国、倭国の東北一千里に在り。」
と記されている。
脱解尼師今三年(59年)5月条には、「倭国と好を結び、交聘す。」とある。
脱解王の時代は、後漢書に記された倭奴国王が光武帝から金印を授与された頃である。
「多婆那国」について{三国史記倭人伝」岩波版は、「多婆那国を日本の丹波国・但馬国、あるいは肥後国玉名郡とする説があるが、同国の音は丹波国にもっとも近い。」としつつも、
「神人の本質を物語る神話であって、特定の地名とみなす必要はないとする説(三品彰英)が妥当か。」
と記している。
【脱解王卵生説話概略】
古田武彦氏は脱解王説話を次のように紹介している。
長くなるが『「風土記」にいた卑弥呼』から引用する。
「多婆那国王の妃は、女国の王女であった。ところが妃は大きな卵を生んだ。
王はこれをきらい、棄てるよう命じた。しかし妃はこれに忍びず、帛(きぬ)をもってその卵と共に宝物をつつみ、櫝(はこ。ひつ)の中におき、海に浮かべた。その流れゆくところにまかせたのである。その櫝は
― 中略 ―
辰韓(のちの新羅)の阿珍浦に着いた。
このときは、新羅第一代の国王、赫居世(在位前57〜後3)の39年(前19、前漢成帝の鴻嘉2年)のことであった。
時に海辺の老母が縄でこれを海岸に引きつなぎ、櫝をあけてみると、一人の子供がいた。そこで連れ帰って養った。
大きくなると、身長九尺、風貌も秀で、知識もすぐれていた。
第二代の新羅王、南解次次雄(在位4〜23)は、その賢いことを聞き、自分の娘をその妻とした。彼はやがて大輔(最高級の官僚)の職につき、政治をまかされた。そして第三代の国王、儒理(在位25〜56)の遺言によって、第四代国王となった。」
という経緯である。
【多婆那国は関門海峡付近】
古田氏はこの「卵生説話」から、
「倭国の東北一千里」にある多婆那国とはどこかを追及している。
倭国は倭奴国王がいた北九州である。
彼らは朝鮮海峡の南北両域を生活圏としていた。
朝鮮側の記録で一世紀代において「倭国」とあれば、博多湾岸を起点に考えることが自然である。
「一千里」の長さはいか程であろうか。
周・魏・西晋朝で使用された短里(一里=約76〜77m)だと、
76〜77kmとなり関門海峡付近となる。
秦・漢朝の長里(一里=約435m)で計算すると舞鶴湾付近になる。
古田氏は、
「櫝の中におき、海に浮かべた。その流れゆくところにまかせたのである。」
に注目し、対馬海流と東鮮海流にのって新羅に到着することを考えると、短里で計算した関門海峡付近に多婆那国があったと考えるほかはないとしている。
私は僭越ながら古田氏のこの結論には納得できない。
納得できない理由については、次回に!
To be continued
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【「三国史記」と「三国遺事」の成立】
「三国史記」は高麗の仁宗二十三年(1145年)、
仁宗の命令を受けて金富軾(きんふしょく)等が編纂した。
日本では平安時代の末期である。
「三国遺事」は高麗の忠列王七年(1281年)頃に、
高麗の高僧一然(いちねん)によって撰述された。
古代朝鮮三国(新羅・百済・高句麗)の歴史を知るためには不可欠な史料である。岩波文庫に収められた「三国史記倭人伝」の解説(佐伯有清氏)によると、
『三国史記』、『三国遺事』他(金石文などをふくむ)の
倭・日本関係の記事は176箇条、
『三国史記』新羅本記、『三国遺事』新羅の倭・日本関係はあわせて105条、
「朝鮮側史料に残っている(新羅の)倭関係記事は、
高句麗・百済を圧している。」ということである。
【かなり正確な史料】
古田武彦氏は、『三国史記』・『三国遺事』は、
「いずれも十二〜十三世紀頃の成立だから、
日本でいえば、平安〜鎌倉期。八世紀初頭成立の記紀よりずっとおそい。
おそいけれど、その史料性格は、かなり正確である。」
と述べているように、かなり信頼している。
史料批判に厳しい古田氏としては高い評価である。
後代史書のため干支のあてはめ方の差異が生じている箇所があるが、
「編者たちが史料自体に手を加えて改変した形跡は認められない。」
と記述している。
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【出雲国と越国】
出雲国風土記・神門郡に次の一節がある。
「古志郷、即ち郡家に属く。イザナミ命の時に、日渕川を以ちて、池を築造りき。
その時、古志の国人等、到来りて堤を為り、即ち宿居りし所なり。
故、古志と云ふ。」
前回は出雲国の大穴持命(おおなむちのみこと)が越国を征伐した説話を見た。
ここでは越国から人がやって来て土木工事を行い川に堤防を築いたという。
越国の文明が出雲国よりも先行していたことを示している説話である。
【「イザナミ命の時に」】
またその時期について、「イザナミ命の時に」と記されている。
「イザナギ命」ではない。
出雲国をイザナミ命が支配している時代ということであろう。
記紀神話では、イザナミ命はイザナギ命とセットで登場し、出雲には死んだ後に葬られている。
古田武彦氏は、
「この『イザナミ命は名は同じでも、本質的には別神、つまり同名異神ではないか。」、
「記紀神話はこの神をもとに男女二神を新作」したのだろうと述べている。
【出雲に先行した越文明圏】
古田氏は、大和、筑紫に先行する文明圏として出雲があり、出雲に先行する文明圏として越文明圏があったことを指摘している。
具体的には、真脇遺跡のある「能登半島を中心として、越前・越中・越後にわたる日本海岸」が「日本列島の表通り。もっとも繁栄し、最も魅力的な文明を現出していたのではなかったか。」と指摘し、日本列島の古代文明について、「わたしたちはまだ、何も知らない」と結んでいる。
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