|
連載「穏やかに、激しい海」〜第4回
-
「音を立てて」
-
11月に行った、しまなみ海道と鈍川温泉旅行記。
今回で、連載4回目です。
-
今回の写真、ご覧ください。
白い波頭が立つほどの、強い流れ。
豊かな水量を誇る、大きな川の流れに見えますでしょ?
こんな川が、瀬戸内にあったでしょうか?
-
九十九里で育った私にとって、
海は、寄せては返す激しい波の音と、
どこまでも続く海原のイメージです。
が、過去数回、瀬戸内海を見て感じたのですが、
故郷の海と違い、なんとも穏やかなんですよね。
この内海で、こんなに穏やかなのに、
なぜ、水が思ったより汚れていないのかな?
と、不思議に思ったりもしました。
-
今回、旅をして、
瀬戸内の海のイメージが、大きく変わりました。
この海は、確かに故郷の九十九里のように、
轟音とともに白く砕け散る波はありません。
が、
穏やかに見えて、実は、
激しく躍動している、ということを、知ったからです。
-
そう。今回の写真は、
そんな、瀬戸内の海の写真なのです。
夕刻に、
大島の、伯方・大島大橋の近くの道沿いに車を止め、
海を見たとき、
流れが、音を立てていたんです。
驚きました。
-
同じ場所に、翌日も行ってみたのですが、
今度は、逆向きに、
やはり音を立てて潮が流れていました。
-
瀬戸内の海は、穏やかに見えて、
実は、激しい潮流があること。
鳴門の渦潮や、内海でも水がきれいな理由が、
初めて判った気がしました。
-
穏やかに見える人であっても、
心の中に、強い意志を蔵していて、
その意思に支えられた力を垣間見たとき、
人は見かけによらないと思うと同時に、
自分に、それを見抜く力がなかったことに、
自戒することもあります。
-
見た目では、決してわからないもの。
世界中に、たくさんあるのでしょうね。
-
穏やかなのに、激しい、瀬戸内の海。
私も、そうありたいものです。
|
♪瀬戸内海には、私も穏やかなイメージを持っていました。実際、瀬戸内海の穏やかな部分しかまだ見たことがないんですよね。でも、実はそれだけではないことが、この写真から伝わってきます。実は、来月四国旅行を計画していたのですが、無期延期になってしまい、とてもがっかりしているところです。
2007/1/28(日) 午後 6:59
●chococoaさん、ようこそ。無期延期ですか?それは残念ですねぇ。でも、いつか、ぜひ行ってみてくださいね。潮流って、凄いものだなぁと、感心しました。今回の旅行の、一番の収穫かも。海の側で育ったのですが、私の知らない海も、沢山あるんだろうなぁと、強く思いました。いつもコメント、ありがとう。
2007/1/28(日) 午後 8:04
私はまだ瀬戸内海に行ったことはないのですが、何故か瀬戸内海は激しいイメージを持っていました。なので、「やっぱり」と思いました。穏やかな海もいいですが、激しい海も魅力的ですよね。そして冬の日本海のような、厳しさも、また、いいなと思います。そんな全てを持ち合わせるような人に、あこがれますね。
2007/1/29(月) 午後 6:22
この世の自然の中には季節を含めて、人の気持ちと重なるものが有りますね。見えていなくても強い意志があると言うこと。見えてない部分で強さを感じる木の根っこの営みなど・・・そう思うと、海の静かな穏かさの中の激しいものにも目をやるようになりますね。見た目には分からない強さを持ちたいものです。
2007/1/31(水) 午後 6:51
心の中には激しい情熱みたいなもの、いつまでも持っていたいと思います♪
2007/2/3(土) 午前 1:44
●萌ママさん、ようこそ。あ、瀬戸内は、まだ行かれたことないのですね?ぜひ、一度。いいところですよ。冬の日本海、吹雪の日に、海沿いの宿に泊まって、日がな一日、雪と、荒れ狂う海を見続けたいって、私、ずっと思い続けてます。いつもコメント、ありがとうございます。
2007/2/4(日) 午後 2:17
●tomoさん、ようこそ。そうですね、木の根のような、見えない部分のこと。それこそが、その人やモノや事象の、根本だったりすること。自然の中から教わることは、たくさんありますね。いつもコメント、ありがとうございます。
2007/2/4(日) 午後 2:19
●anneさん、ようこそ。そうですね。熱を失わないことは、人として、大事なことだと思います。それは、年齢には関係のないものだし、自分次第の部分ですし。心して、歩いていきたいです。いつもコメント、ありがとうございます。
2007/2/4(日) 午後 2:21