着物あれこれ

もっと着物を楽しみましょう!

夏浴衣 - 5

私どものサイト「きものの出張着付け」を始めて 10 年近くになります。 現実には、次第に縁遠くなる '着物' ですが、まだまだ興味を持っていただく方々もいらっしゃるようで、これまで通り不定期の更新ではありますが、'着物のあれこれ' を書き綴ります。 目に留めていただければ幸いです。

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7 月に入りました。 まだ梅雨明けにはほど遠いのですが、暑い日が続いたりすると、やはり '浴衣' でも着て緑陰のビアガーデンに出かけようかと、誘惑に駆られてしまいます。

事実、梅雨明けの蒸し暑い時期に比べると、今はまだまだ湿度も低い上、吹く風も心地よく、ビールものどごし爽やかです。 ただ、筆者の経験から付け加えますと、美味しいからといって飲み過ぎにだけはお気を付けください。

浴衣の染柄は、殆どが型染め(プリント)ですが、竺仙など本格的なものは、裏側までしっかりと染め抜かれて(注染)います。 ただこの手法も江戸時代に入ってからで、大河ドラマ「直虎」の時代は、ご覧の通り、まだ麻地の織物を草木で染色して、せいぜい '輪っか' や '横線' の絞り染めでアクセントをつける程度でした。

確か、このドラマが始まった頃、出家する直虎に向かって父親が「辻が花の衣装でも着せたかった」と言っていたような気がします。 この絞り染めを進化させ図案化したのが '辻が花' でした。 ただ、型染めが普及すると、面倒な '辻が花' は自ずと廃れてしまい、'幻の' が頭に付くことにことになった次第です。

浴衣の襟は、通常、'ばち襟(シングル)' ですが、着物と同じように広襟で仕立てられると、胸元がグッとソフトに感じられるかもしれません。 言い換えると、襟巾の調節に自由がききますから胸元の表情を作りやすくなるのではないでしょうか。 

もちろん、下に夏の長じゅばんを着けられれば、バッチリ「夏の着物」です。 浴衣の着付けをマスターされたら、それを 2 回繰り返せばいいとシンプルに考えて、ぜひ挑戦してみてください。

もしくは、もっとインスタントに、襟や袖だけを覗かせる '嘘つき' を着けるという方法もあります。 これは、もともとステテコと同じように男性用に考案されたものです。 男たちは粋がって寒さが厳しい冬でも着けていたと、先輩方からお聞きしました。 でも、実際は、暖かいウール地の腰巻をそっと巻いていたとのこと …。

花火大会や盆踊りなど外でのイベントでは汗ぐっしょりになって、浴衣でも大変ですが、むしろ冷房がきいた屋内でのお集りも多いことでしょうから、今夏はぜひ、浴衣から一歩踏みだして、お友達を驚かせ、羨ましがらせてください。 

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組紐 - 帯締め

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'組紐' について「龍工房」さんの取り組みについて書かれたサイトが目に留まりました。 和服では組紐は '帯締め' に使われていますが、やはり筆者にとっては、初めて上野広小路の「道明」を訪れた日を思いだします。

暖色系と寒色系に分けられ、長手盆に整然と並べられた帯締め、一本一本に色名が付けられており、濃い色から淡い色まで微妙な色のグラデーションがあまりにも見事で、しばし言葉を失ってしまいました。

単色で、最も一般的な冠組だけでもかようなコレクションを揃えておられるのですから、他のトレーには、複数の色糸で鮮やかな組柄のあるもの、更には多様な編み組のものなど、見せて貰うだけでも楽しい時間を過ごすことができます。

確かに、帯締めは安くはありませんが、ブランドもののアクセサリーの価格帯を考えると、ご自分が本当にお気に召したものを所望され愛用されるのであれば、高いお買いものになるとは思えません。

着物や帯は、そうそう取っ替え引っ換えというわけにもいきませんので、いきおい '半襟' のおしゃれが女性の関心の的であったことは、他の項でお話ししましたが、半襟と並び、この帯締めが、しばしば話題に上がっていたであろうことは十分想像がつきます。

帯締めのスタートは、もちろん布紐であったのでしょうが、豪華な帯の上に締めることを考えると、丈夫なうえ品格のある組紐が素材として選ばれたのは自然な成りゆきだったことでしょう。

組紐は、もともと鎧、兜や刀などの武具、鞍などの馬具に使われていたものです。 しかしながら武士の時代は終わり、組紐の需要は大幅減、組紐を作る側も新規の商品となった帯締めに飛びついたはずです。

すなわち、男のおしゃれが、女のおしゃれに重心を移すことになりました。 これは、バッグの著名ブランドの多くが、もともと馬具屋さんであったことと、なぜか重なってしまいます。

帯締めの短い歴史は、このブログでも既に書いていますが、江戸幕府が女性の '羽織' 着用を認めようとしなかったのが、端緒になったと筆者は考えています。 江戸初期の帯幅はせいぜい一寸五分、文字通り、着物の帯結びでした。 羽織で上半身を覆えなかった女性の帯幅は競うように広く豪華になっていきます。

締める帯から見せる帯へ。 かくして 'お太鼓結び'(現在の標準的な帯結び)が生まれまれ、同時に帯締めが登場します。 ただ、あくまで辰巳芸者を筆頭とする玄人衆。 一般の女性がお太鼓結びをし、羽織を羽織って出かける姿が見られるようになるまで、更に時間が必要でした。

それでも、外では羽織れる羽織も、訪問先でご挨拶される時は脱ぐのが、未だ女性の正式マナーになっています。 でも帯締めに関して言えば、先に紹介した「道明」の方も「帯締めには何の決まりもありません。 お好きなものを締めてください。」とお答えになるはずです。

確かに、必要に迫られて帯締めが生まれたのですが、帯締めがあればあったで重宝し、それまで使われなかった文庫系など他の帯結びにも今は使われています。 帯位置を安定させ、スッキリとした仕上がりに貢献しているようです。 でも、あの浴衣の半幅帯に締められているのは、全くのアクセサリーです。

組紐 (6-16-17)
当ブログ「半襟

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着物での京都の街歩きは、なかなか人気があるようですが、最近「上質な着物に目を向けて ポリ製人気、和装離れ 苦境の西陣織」と題する記事が毎日新聞に掲載されていました。

確かに、ご自分のお着物の方はなかなか見当たらなくて、殆どがレンタルされた観光客のようです。 というのも、ほぼポリエステル製のお着物で、大変賑やかな柄ゆきのものが多いとのこと …。

京都で着物や帯の製作、販売に関係しておられる方々からみれば、同じ街中で着物姿が増えても、残念ながらご自身の売り上げには貢献していなことに、いらだちと、焦燥感を募らせておられ、一着でも買って貰えたらとの思いもよく分かります。

多くの職人の手まひまが全ての着物ですから、それをただ '安くしろ' との主張は不条理ですし、オートクチュールのドレスでも実際に売れているのですから、着物の真の価値を認めていただける方は必ずいらっしゃるはずです。

実際、バブル期など、驚くような上代が付いていたこともありましたが、現在は十分納得できる価格帯になっていると感じています。 それでも若い方には、なかなか手を出せないのは間違いありません。

洋服には、オートクチュールがあっても、しっかりファストファッションが存在しているのですが、着物には '入門用' がありません。 着物は二階にちゃんと揃っているのですが、そこへ上る階段が無いのが、今の着物業界ではないでしょうか。

浴衣が若い世代の夏ファッションの一つとして定着しつつあるのを見るにつけ、浴衣を実際に身にまとって初めてその魅力を知ることで、更に、より上質のものにも目を向けて貰えるチャンスが増えるのではないでしょうか。

素材もポリや木綿から麻(越後上布などなど)も、織も平織から絽や紗、縮へ、染めもプリントから注染、復刻古典柄、絞り(有松絞りなど)と興味を大きく広げてくれると信じています。

着物の場合は、親からのお下がりやリサイクルの着物(銘仙など)が、その替わりをはたしているのかもしれませんが、やはり新製品で勝負して欲しいのです。 より廉価で、ある程度品質を維持し、'若い世代にも魅力的な色あいや柄' を競いあって、新しい着物のジャンルを開拓されてはいかがかと思っています。

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みをつくし料理帖

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NHK で、黒木華さんの「みをつくし料理帖」が始まりました。 先に、思いっきり華やかな雰囲気に包まれた北川景子さん主演の作品が放映されていますが、こちらは、照明までグッと絞っておられるだけにリアルさを感じますし、その中で黒木華さんの名演技と名包丁さばきをくっきりと浮かび上がらせたいとの演出者の思いが伝わります。

高田郁さんが同作品を執筆中から、筆者も大ファンになつたのですが、前後の脈絡なく乱読してしまうので、周りの方から「吉原の大火事で、又次さんは亡くなったよ」、「次の本で完結だよ」と、適宜、ストーリーを教えてもらっておりました。 ただ、この放映は 1 回の時間も短い上、僅か 8 回のシリーズですから、原作をどこまでカバーするのか気にかかります。

しかし、ストーリーを追いかけてもしようがありませんので、ここでは当時の江戸の味、食材、それに服装などについて話しを続けましょう。 当時の江戸の味(だし)は、鰹節に醤油だったのですから、昆布を入れてあわせ出汁で提供されたとしたら、それが実際に受け入れられたかどうかは別にして、ひと騒ぎになったであろうことは間違いありません。

「みおつくし」の時代から既に 200 年が経っているのですが、未だに、東京下町のお店の中には、鰹節の匂いがプンとくるしょっぱい天つゆを出す店もあるくらいですから、実際には味の好みは、そうそう変わるものではないのかもしれません。 ところが、佃煮やお稲荷さんはもともと、やたらと甘かったのですから、お江戸の味は両極端なのです。

食材の海産物は、'江戸前' と言われるくらいですから、大半は江戸湾で採れたものだったのでしょう。 それでも、鰹は湾外の魚です。 大尽はわざわざ船を仕立てて外海から戻ってくる漁船を海上で捕まえ '初鰹' をお祝儀価格で仕入れていたそうですから、確かに初物には目がなかったのでしょう。

しかし、'戻り鰹' を '猫またぎ' と揶揄していたのですから、はたして鰹そのものが本当に好きだったのか疑ってしまいます。

いずれにせよ、米、魚、野菜など大半の食材の流通は、大川(墨田川)をわたり、小名木川、新川を通り、江戸川を横切って境川に入り浦安まで、あるいは江戸川を遡って関宿へ、品物を一度も陸に上げることなく全て水路で直接繋がっていました。 従って、保存手段もない当時でも、江戸っ子は結構新鮮な食材を手に入れることができていたと思われます。

澪のレシピには、いろんな混ぜご飯が目につきます。 町民も将軍様に倣って正月三が日をお餅で過ごすのすら飽きてしまうようですから、やはり食事の中心は、あくまで全国から集積される米、ご飯です。 不漁の時やお料理のアイデアが行き詰ったら、とびっきりの混ぜご飯を提供したのでしょう。

海苔も '浅草海苔' と言われるくらいですから、江戸初期の頃は浅草で採れていたのでしょうが、実際は、浦安から運ばれたものが '浅草海苔' になっていたと思われます。

さて、澪が絹の着物を着ることは殆どなかったと思います。 もともと奢侈禁止令で着れなかったのですが、料理人ですから、綿か麻、柄も縞か格子くらいでしょう。 このドラマでは綺麗な着物姿を見られないのかもしれませんが、きっと、小物 -半襟、たすき、しごき、髪飾り - などで、可愛らしさを表現して貰えることでしょう。

ただ、この時代、たとえ禁止令が度々発せられていても、派手派手な着物はしばしば目にできたはずです。 しかし、これは殆ど男物、いわゆる '傾奇者' と言われた面々の愛用品でした。 武士の行列では伊達さを競っても、通常、街中では男も女も地味目の服装で暮らしていたのです。

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メドベージェワさん

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浅田真央さんに憧れ、精進されて 2 年連続で世界女王となったロシアのエフゲーニャ・メドベージェワさん、日本で開かれたシーズン最後の国際大会のエクジビションでは、セーラームーンのコスチュームで現れ、大いに盛り上がりました。

それもそのはず、彼女の Instagram には 'アニメ オタク' としっかり書き込まれています。 その後、京都で休暇を楽しまれたようで、舞妓さん姿の写真が公開されています。 きっと、秘かに願っていた望みが一つ叶ったのではないでしょうか。

世界各国から訪れる女性たちが憧れる日本の着物ですが、残念ながら、日本の女性方には、なかなか着て貰えません。 それでも、日本の女優さんは外国人をおもてなしする時には着物姿になられるのが定番になっているようですし、この季節、田植え、茶摘みなど着物で働く姿が見られるようです。

実際は、田植えも茶摘みも、殆ど機械化されて、多くの人が集まって作業する風景は無くなってしまったのですが、あえて、それをイベントとして復活されているのは、見せていただく私たちだけではなく、地元で暮らす人々にとっても恒例の楽しみであり、励みにもなっていることでしょう。

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