立花裕人のFREEWAY

フリーキャスターで、作詞家としても活動する立花裕人のブログです!

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 田老(たろう)は昔から「津波太郎」と呼ばれるほど、津波の被害に悩まされてきた。昭和三陸沖地震、チリ地震の津波で集落が壊滅的な被害を受けたため、その対策も講じてきた。

 高さ10メートルの防潮堤は2重になっていた。これだけの高さがあれば、津波を防いでくれると住民は信じていた。その信頼は3月11日に大きく裏切られた。

 高さ20メートルとも30メートルともいわれる津波は再び田老を襲う。

 田老の集落の中で原形をとどめているのは野球場のスタンドの一部と観光センターの

ビルの上半分くらいで、あとは流されてしまった。

 チリ地震から50年、住民の汗と涙の結晶として再生された町は、津波によってまた壊されてしまったのだ。

 落胆と失望で呆然としている田老の住民に私はかけるコトバすらも見つからなかった。

 

 田老の取材を終え、私は再び宮古市役所に戻ってきた。自らが被災者であるにもかかわらず、市役所の職員は私の質問にも丁寧にこたえてくれた。3階に設置された記者向けの部屋には最新の被害状況がホワイトボードに書かれている。

 職員は私達に宮古市内には孤立集落があり、そこに明日(15日)行く予定だと教えてくれた。そして、私達も同行することにした。

 

 岩手県宮古市は市町村合併の結果、県内でもっとも広い市となった。

宮古の町から東の方角にあるのが重茂(おもえ)半島で、海岸は豊かな漁場として知られている。重茂地区に宮古から行くとすると、国道と県道を使って半島の南側からアプローチするのがもっとも便利だ。ところが津波の影響で県道が寸断され、千鶏(ちけい)を始めとするいくつかの集落が孤立状態になっているという。

 では、宮古市の職員達はどのようにして行くつもりなのか。実は赤前という集落から重茂地区に抜ける林道が通っている。昨年末の大雪で、その道自体も通行は不可能な状況なのだが、市が所有する除雪車を使い、林道を切り開きながら千鶏を目指すという。

 

 3月15日、午前8時。私達は赤前から重茂に向けて出発した。

市所有の除雪車は2台。その後を道路担当の職員の車、そして私達の車が続く。

 「とにかく一刻も早く道を確保して、重茂に物資が届くようにしたい」

震災から5日目の朝を迎え、住民の安否が心配だ。では、重茂は津波でどのような被害を受けていると想像出来るのか。

 過去の昭和三陸地震やチリ沖地震の津波でも大きな被害が出ている地区だ。

 「立花さん、地獄絵が広がっているかもしれません。心して取材してください」

ある市民にそう耳打ちされると、私は今までにない緊張感を覚えるとともに、一人でも多くの方が生存していることを切実に願った。

 

 ゴーッ。ゴーッ。除雪車が作業する音が静かな山の中に響き渡る。

赤前から重茂へ続く林道は約10キロ、かなり山深い道で、雪が無かったとしても一時間強はかかるという。ところが、昨年末の影響で積雪は2メートル近くに及び、大雪で樹木が倒れて道を塞いでいる可能性が高いという。

 最初の数百メートルは普通に車で上ることが出来たものの、その後の作業は難航し、結局、道半ばにして初日の作業は日が暮れる頃に中止となった。(続く)



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