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午前8時。昨日と同じように2台の除雪車、市の道路課の車、そして上下水道課の車も加わり、重茂に向けての林道開通作業が始まった。 重茂の千鶏(ちけい)地区には浄水場があり、そこを手動で開栓することで水道の復旧が可能になるという。担当職員は何度も千鶏に足を運んでいた。何とかこの日のうちに林道が通れるようになると良いのだが。 林道は山を上下するルートになっていて、頂上に近づくほど積雪は多くなり、除雪作業の難航が予想された。山頂近くまでは前日の作業で進めるようになっていて、この日は頂上から下りのルートを確保し、千鶏まで行くことが目標だ。 この日は震災以来、もっとも寒く、前日の夜からの降雪がさらに行く手を阻んでいた。頂上近辺は一時間に200メートル進むというペースで、作業後8時間が経った午後4時になっても、まだかなり先があった。しかし、宮古市職員の開通に向ける執念はすさまじく、スピードをアップしながらずんずん前へと進んでいく。まるで巨大ないのししのように猪突猛進、ぐいぐい雪をかきわけていく。 「何とか今日中には」道路担当の職員も時計を気にしながら、何度もつぶやく。 実は私の乗った車も2回、雪道でスタックしてしまったが、宮古の職員の奮闘に後押しされたのか、時間はかかったがスタッフと力を合わせて、脱出に成功した。 そして、午後6時を過ぎた頃に見事に林道は開通、重茂へのルートは確保された。 「やりましたね」私が声をかけると、除雪車を運転していた職員にも安堵の表情が浮かんでいた。私は水道担当の職員が運転する車に続き、千鶏地区へ向かった。 その時、住民がつぶやいた一言が脳裏に甦った。 「地獄絵」はたしてどのような光景なのか。もし、たくさんの方が亡くなっているとしたら、私はどのような念仏を唱えれば良いのだろうか、などと真剣に考えていた。 車は林道から県道へと抜け、いよいよ千鶏に近づこうとしていた。 車窓の左に海が広がっているのだが暗くて見えず、ひたすら目をこらして前方を見ていると、家の屋根が目に入った。近づくと1階の部分は大きく破壊されている。近くを見回すと、やはり津波による被害で家屋は損壊の度合いが激しかった。 「誰かいませんか。」私は真っ暗な家屋に向かって叫んだが、返答はない。 集落を山のほうに歩きながら上がっていくと、何と一台の軽自動車がライトをつけ、民家に停まっていた。私は走って車に近づき、乗っていた女性に声をかけた。 「大丈夫ですか。皆さん、どうされているのですか。」 すると、女性からは信じられない一言が返ってきた。 「もう少し上に、みんないますよ」 私はとにかく嬉しくなった。勝手に地獄絵を想像し、生存者はほとんどいない状況を思い浮かべていたからだ。私はダッシュで斜面を駆け上った。 すると、かなり大きい建物に明かりが灯り、人の気配がするではないか。 建物のドアを開けると、そこにはたくさんの住民がいた。当然のように私には不審な視線を投げかける。 「先程、宮古市が林道を開通させ、車で行き来が出来るようになったんです」 私はとにかく住民の皆さんに状況を理解してもらおうと、宮古市の努力と私が取材で同行したことを伝えた。 一人の男性が目を潤ませながら、「よかった。今まで苦しかったので。これからは物資も来るようになりますね」と安堵の表情を浮かべながら話した。 入口から避難所の中を見回すと、小さい子供からお年寄りまでかなりの数の人が生活している様子が分かった。明かりもしっかり点いているし、他の避難所の比べると皆さんの顔色もそれほど悪くはない。一体、どうしてなのか。(続く) |
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