立花裕人のFREEWAY

フリーキャスターで、作詞家としても活動する立花裕人のブログです!

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K・武道館ライブ

 私が初めて韓国出身のシンガー、Kさんに会ったのは今年の9月のことだった。
横浜で行われたピアノ弾き語りオンリーのライブを見て、彼の歌とピアノの素晴らしさに感激し、その数日後に
私が担当する「Koreanエンタメ」でインタビューする機会にも恵まれた。
 来年、母国で兵役に服するKさんにとって、11月30日に武道館で開催されたライブは事実上のファイナル
コンサートとなった。(もちろん、除隊後の日本での活動も予定しているのだが)
 武道館に全国から駆けつけたファンはしばらくKさんに会えない寂しさを必死にこらえながら、最後まで
温かな声援を彼に送っていた。
 ライブで演奏した曲は今までリリースしたアルバムからの「ベストヒット」的な構成になっていて、「Over...」から「dear...」までのシングルリリース曲も楽しめたし、さらには「ハラボジの手紙」といったKさんに特別な思い入れ
のある曲も披露された。
 Kさんの一番の魅力は何と言っても歌の上手さだ。いわゆる韓国のバラードシンガーとは一線を画し、
よりシンガーソングライターとしての特徴が表に出ている。インタビューで好きなシンガーを聞いたところ、
最初に名前が挙がったのがエルトン・ジョンであったし、スティーヴィー・ワンダーやベン・フォールズらの
名前も出てきた。ピアノ・キーボードを前に感情を吐露するアーティストへの傾倒がとても強い。
 そして、ピアノの演奏もソウルフルで上手い。ビリー・ジョエルやレイ・チャールズをも彷彿とさせる。
 また、日本語でのMCも絶品だ。5年前にはまったく日本語を話すことが出来なかった彼が、これだけの
日本語を操って進行が出来るのだから素晴らしい。ちなみに、お笑い番組がとても好きで、そういった要素
もしっかりMCに加味されている。
 そして、何といっても飾らないフランクな人柄が一番の魅力で、腰の低い礼儀正しい青年だ。
 私も2年後のカムバックを首を長くして待つつもりだ。
 
 
 

ボビー・キム ライブ

 「ドラマ音楽の帝王」として知られている韓国のシンガー、ボビー・キムが11月19日、赤坂ブリッツで
ライブを行った。会場にはかなり通なファンが詰めかけていた。
 日本ではボビーの知名度はまだそれほど高くないかもしれないが、90年代にレゲエを最初に
韓国で紹介し、さらにはヒップホップグループ「BUGA KINGZ」を結成、そして「白い巨塔」「チング」
「銭の戦争」などのドラマのOST(オリジナルサウンドトラック)で知られるなど、韓国では人気シンガーの
一人である。
 ライブの前半では「SUPERSTAR」や「MY GIRL」といったアメリカのヒット曲のカバーを入れながら、
自らの韓国でのファーストヒットの「鯨の夢」へとつなげていった。幼い時から20歳の頃までをアメリカ
で過ごしたボビーにとって、アメリカと70年代、80年代への郷愁は強いようで、その後にはコモドアーズの
「THREE TIMES A LADY」も披露した。
 その後、ドラマのOSTの曲を数曲続けて歌ったのだが、最も印象的だったのが韓国でもボビーの
代名詞となる「白い巨塔」の「ソナム」の日本語バージョンでの披露だった。作詞は河村隆一氏で
日本語詞もとても良く、さらに驚かされたのはボビーの日本語の発音の素晴らしさと歌唱力なのだ。
韓国人は「た行」の発音に弱く、日本語で歌うと発音が不自然になってしまう場合は多いが、ボビーは
そこをクリアーしている。もともと英語で育ち、韓国語も20歳以降に覚えたということなので、そのあたり
の言語感覚の違いもあるのかもしれない。
 いずれにしろ、この「ソナム」での歌唱力と表現力の素晴らしさはライブのハイライトだった。
 後半は欧米のカバー曲をまぶしながら、ヒップホップ色を強めていく。日本のラッパーZEEBRAが
ゲストとして一曲を披露。ボビーとは良き友人らしい。
 そして自ら結成した「BUGA KINGZ」のメンバー2人が登場してのヒップホップパーティー。
赤坂ブリッツはクラブのような盛り上がりになってライブは幕を閉じた。
 コンサート全体を通じて、ボビーのとても真面目な性格とファンへの想いが伝わってきて、さらに
曲のバリエーションの多様さでとても楽しめる内容だった。
 このライブをきっかけにして、さらに日本での活動が増えることを願っている。
 私がそれほど韓国の映画やドラマを見ていなかった頃、最初にファンになった俳優がイ・ジョンジェだった。
「イルマーレ」のビデオを買ってきて、自宅でよく見たのがファンになったきっかけだった気がする。
 そのジョンジェ氏のファンミがあるということで、私は11月18日、東京国際フォーラムに出かけた。
おそらく昔からのファンだろうか、ご年輩のご婦人の姿が多いようだった。
 
 今回の来日はLaLa TVで12月から放送されるドラマ「トリプル」をプロモートするためのもので、司会は
LaLa TVで広報部長をつとめているというLILICOさんが担当した。
 登場は客席からで一人一人のファンと丁寧に握手している姿に好感が持てた。映画やドラマでは笑顔
が印象に残っている俳優さんでもないのだが、終始素晴らしい笑顔で、この笑顔だけでもファンは見る価値
があったのではないか。
 前半のトークショーでは「トリプル」のプロモーションに関する質問が主で、撮影時の裏話などが披露
された。あまり饒舌なタイプではないが、どんな質問にも丁寧に答えようとしていた。
 司会のLILICOさんは明るさが持ち味だが、韓国の映画やドラマに通じているという感じではなく、韓国系の
ファンミーティングに慣れているコアなファンにとっては、やや消化不良なところがあったのではないか。
 
 前半のトークショーが終了するとボーイズグループのSM☆SHが登場し、3曲を披露した。
彼らのライブは2日前に渋谷で見ていたのだが、だんだんと落ち着きが出てきたようで、リラックスしての
パフォーマンスだった。イ・ジョンジェとSM☆SHとは異色の組み合わせだが、「トリプル」の放送後に
彼らの新曲のプロモが流れる縁での登場となったようだ。
 イ・ジョンジェ氏のトークはとても良く、SM☆SHのライブもとても良かったのだが、熱心なジョンジェ
ファンからすると、やや組み合わせに違和感を感じたかもしれない。単に両者の雰囲気が違うという
ことなのだが。
 
 後半のトークでは映画「下女」の話で盛り上がり、映画を評する「エロティックサスペンス」という言葉
でもわいわいトークを繰り広げていた。
 個人的にはジョンジェ氏の作品への想いや、価値観などをもっとじっくり聞いてみたい気がしたが、
いずれにしろ、イ・ジョンジェ氏健在が確認出来て、有意義な時間だった。
 これからの活躍に期待したい。

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 韓国の実力派シンガーでエンタテイナーとして知られるイ・ムンセ氏が11月9日にオーチャードホール
でライブを行った。その前日、私がナビゲーターを務めている「Koreanエンタメ」の取材でお話を聞くこと
が出来た。
 ムンセ氏は韓国では現代的なバラードを最初にヒットさせたことで知られ、アルバムで初めて
ミリオンセラーを記録したことで知られている。
 ところが、実際に現れたムンセ氏の衣装はまるでロックンローラーのようで驚いた。聞けばクイーン
の大ファンだったということで、私は何となくフレディー・マーキュリーを意識しているのかなとも思った。
 
 ムンセ氏のデビューは83年。もともとは声楽を勉強していたが、アルバイトでギターの弾き語りを
していたところ、そのパフォーマンスが好評でプロのシンガーへの道につながったという。
 ムンセ氏が好きだったのはクイーンであったり、アメリカのエンタテイナーのバリー・マニロウだった。
70年代から80年代の韓国では完全なポップソングか演歌系が主流で、欧米テイストのバラードは
制作されていなかった。そこにムンセ氏がメロウなバラードをヒットさせ、「イ・ムンセ風バラード」を
確立することになる。シン・スンフンやシン・ヘソンといった著名なバラードシンガーの中にもムンセDNA
が生きている。
 ちなみに、日本のミュージシャンではカシオペアをよく聴き、KUWATA BANDも好きだったそうだ。
そう言えば桑田さんに通じるノリの良さもある。
 
 人口5千万人の韓国でミリオンセラーとはスゴイですね、と私が聞くとこのような答が返ってきた。
「その後、14枚のアルバムをリリースしたのですが、販売数のトータルが一千万枚を超えました。
5人に一人が私のアルバムを持っている計算になり、そのおかげで日本にも来られたと思います」
 
 韓国のミュージシャンでイ・ムンセファンは多く、BIGBANGやシンファが彼の「赤い夕焼け」をカバー
している。シンファといえばシン・ヘソンの昨年のソウルコンサートにはゲスト出演もしていた。
 ヘソンとのつながりについて質問してみた。
「ヘソンが私のことをリスペクトしてくれていることは知っていましたが、彼はシンファのメンバーの中
で最もシャイで、私に直接コンタクトすることはありませんでした。ところがある日、彼からメールが
きて、ゲストとして出演してほしいとのことでOKしたのです。彼はステージで感激してくれて、涙を
流していましたよ。その後、実はサウナでヘソンの母親に会うと、とても感謝され、私のところに
お母さんからさつま芋などが送られてきたのです」
 
 インタビューは約30分ほどだったが、とてもフランクに答えてくれて、大人の貫録を見せつけられた。
この魅力的な人柄が多くの後輩に尊敬され、テレビやラジオで司会を務める原動力にもなっていると
感じた。今後もイ・ムンセ氏の活躍に大いに期待したい。
 
 ツイッターでもいろいろつぶやいています。「立花裕人」もしくは「touchy61」で探してくださいね。
 70年代の私の初恋の海外スターがオリビア・ニュートン・ジョンだった。「水の中の妖精」と邦題がつけられたアルバムのジャケットで、オリビアは水の中から顔だけを出していて、清純と妖艶が両立する女性として憧れていた。私はこのジャケットを部屋に飾っていた。
 70年代終わりの武道館コンサートにも足を運んだし、今でも車のBGMがオリビアということも多い。
 そのオリビアがこのほど来日し、私は直接インタビューする機会に恵まれた。
 インタビュー場所のホテルの部屋にオリビアは笑顔で現れた。隣には一人娘のクロエがいる。母親としていかにオリビアがクロエを愛しているかは、二人と話しているとすぐ分かる。クロエを見つめるオリビアの眼差しは限りなく優しいのだ。
 大ヒット映画「グリース」出演の際、年齢が29才で18才の役を演じなければならないことに戸惑いを覚えたが、ジョン・トラボルタとのスクリーンテストを経て、やっとOKしたこと。「フィジカル」がリリースされた時には歌詞の性的な表現に違和感を覚えたものの、プロモーションビデオをエアロビクスにすることで本来の歌詞の意味合いを薄めたことなどを話してくれた。
 大成功を収めたビッグスターのオリビアだが、インタビューの時には雰囲気が柔らかく、とにかくフレンドリーだ。長年オリビアを応援しているファンに話を聞いても、このオリビアのスタンスは昔から変わらず、ファンに対してもいつも変わらない態度だという。
 そして、クロエの話になると母親モードになり、「クロエはとても音楽的な才能があるの。とても楽しみだわ。」と目を細めていた。クロエは日本でデジタルシングルをリリースすることが決定していて、さらに母親のヒット曲の「愛の告白」をパンク風にカバーすることも考えているという。
 2年前に再婚し、プライベートでも充実しているオリビアは今月下旬から来月初旬にかけて、各地でコンサートを行う。三十数年前の「初恋の人」に再びめぐり合える機会を私はとても楽しみにしている。

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