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「沈まぬ太陽」の映画の公開が奇しくもJALの経営破綻と重なることになった。これもJALをめぐる怨念のなせる業なのだろうか。
この小説の主人公は恩地元。労働組合の委員長として、会社の首脳陣にさまざまな要求を突きつけた。ところが、この先鋭的な行動が災いし、その後はカラチ、テヘラン、ナイロビと世界の僻地を転々とさせられることになる。
恩地元のモデルとなったのが元JALの小倉寛太郎氏で、小倉氏はまさに信念の人である。各地を転々とさせられ、会社を辞めることを考えなかったのかと質問されて、こう答えている。「私が辞めて喜ぶのは経営陣です。現場の同志は悲しむことでしょう。であれば、勝手に辞めることは出来ません」自分の人生よりも、運命共同体とも言える組合員のことを慮っているのである。
小説は恩地の外地での苦労を一巻、二巻で、御巣鷹でのJALの墜落事故をめぐっての遺族の苦悩と会社の対応を三巻で、外部から招聘された会長の戦いが四巻と五巻で描かれている。それぞれに読み応えがあるが、私がもっとも惹きつけられたのが会長の戦いだ。
大阪の繊維会社から経営の立て直しのために、時の総理から指名された会長が航空会社内部からの嫌がらせと情報のリークにより、じわじわと土俵際に追い詰められるさまが描かれる。私はJALの経営陣がこのような体質なのかどうかを判断する材料を持っていないが、もしこのような体質で経営を続けてきたのであれば、破綻もやむなしだろうと思うほどひどい。保身、政治家との闇の関係、着服など、とにかく会社のための経営という視点は全く見当たらない。
私は個人的にJALの社員は何人か知っているが、その人たちはきわめて優秀で常識的だ。つまり、現場は頑張っているが、経営陣がダメという体質がJALをここまで追い込んでしまったのだろう。
日本の会社を考える意味でも、企業戦士としての生き方を考える意味でも、この作品は私たちにさまざまな問いかけをしてくれる。
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