集めるより使うクラシックカメラ

資料のない国産電気クラシックカメラなどの実用的資料ブログです。20世紀のカメラを次世代に伝えたい。そして受け継いで欲しい。

キャノネットが教えてくれること

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キャノンのキャノネットというカメラを考えよう。

キャノネットの話をしましょう。

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今から60年ほど前、つまり1950年代の頃、
日本のカメラメーカーは「ライカに追いつけ追い越せ」でした。

この時代、カメラとは
フォーカルプレーンシャッター式のレンジファインダー機のことでした。
つまりライカのことです。
カメラとはライカのことであり、
「世の中には2種類のカメラがある。ライカとそれ以外のカメラだ」といわれていたのです。
平成生まれの方は、この極端な言葉に驚かれるかもしれませんが
当時は、本当に、この言葉が生きていたのです。

しかし、この1950年代の中頃あたりから、状況が変わってきます。

一眼レフカメラの登場です。

レンジファインダー機には写真を撮る上でいくつかの弱点がありました。
まずレンズから被写体の光が入って来てフィルムに感光する光軸と、
撮影者が被写体を覗くところが違います。
ですから撮影する距離が近くなればなるほど
ファインダーで見ているフレームと
実際にフィルムに写る範囲にズレが生じます。
あと、レンズ交換をした時の問題。
ファインダー内のフレームはカメラ本体側で固定ですから
レンズを交換したら
そのレンズの画角に合せたファインダーを別着する必要があったのです。

この問題は、レンジファインダーカメラの構造上の宿命のようなものだったのですが
1954年、本家ライツはとんでもない改良機を発表します。

ライカM3です。

なんと、レンズを交換すると
それに対応するブライトフレームがファインダーに浮かび上がるというもの。

驚嘆です。

また、それまでフィルムの巻上げがダイヤル式だったものを
レバー式にしたのも、このライカM3です。

日本のカメラメーカーは

「これは…レンジファインダー機でライツに勝てない…」と知るに至ります。

そして、すでに実用的なものとして求められていた一眼レフの開発にシフトしていきます。

高級機メーカーだったニコンは
ライカM3が発表されてからすぐにレンジファインダーを捨て、一眼レフの開発にシフト。
1959年にファインダー視野率ほぼ100%という一眼レフ、F1を開発します。
この時の経営判断が、その後、一眼レフカメラメーカーとして
ニコンが永くトップに君臨し続けることになる英断となるのですが
キャノンはどうしたかというと
ライカ型レンジファインダー機を残してしまうんですね。
1950年代中頃は、ライカM3の登場もあり、世界的にも、
まだまだ実用性が低かった一眼レフより売れていた時代です。
さらにニコンがレンジファインダー機をやめたわけですから、
そのユーザーまで取り込めるという考えもあったようです。

経営判断失敗です。

出すカメラが売れない。慌てて一眼レフをつくるも技術的に後進となり、
先に出たニコンはもちろんペンタックスにも勝てない。
その結果「キャノンは一眼レフをつくる技術がない」と市場に認知されてしまい
マジで経営危機に陥っていたといわれています。

この状況を打破するためにキャノンがしたこと、
それがレンズシャッター式レンジファインダー機という
大衆機市場への参入でした。
その第1号がキャノネット(CANONET)です。1961年のことです。

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このレンズシャッター式レンジファインダー機については
すでに老舗の小西六(後のコニカ)、千代田光学(後のミノルタ)、
そしてオリンパス、リコーなど
フジフィルムやマミヤのものも含め、
十分に出尽くしていました。

しかし、キャノンはこの市場で勝つために、
これらどのメーカーよりも高性能(もしくは同等の性能)でありながら
どのメーカーのものよりも低価格という戦略で参入してきます。
当時はカメラそのものが大変な高級品でしたので
大衆機といえども老舗のメーカーのものなら
2万円を切るのは無理だといわれた時代です。
それを高級機メーカーでありながら
18800円という価格で参入してきたのです。

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当時、“四畳半メーカー”という言葉がありました。
書いて字のごとくで、四畳半のアパートの部屋で
外注した部品を組み立てて安いカメラを作っていたメーカーがあったのです。
戦後から1950年代まではこういうメーカーがとてもたくさんありました。
現在でも、これら四畳半メーカーのカメラを専門に
収集・研究されている方々がおられるぐらいです。
それぐらい多くの中小零細のカメラメーカーが日本にはあったのです。

しかし、このキャノネットの登場で、
その他の老舗メーカーも高性能かつ低価格を意識ぜざるを得なくなります。
結果、中小零細の四畳半メーカーのカメラは売れなくなり、ことごとく消滅します。

キャノネットの登場は、カメラ業界の大きな再編にまで発展した出来事でした。

キャノネットの発売は1961年1月ですが、
実はキャノンとしてはもっと早く出したかったらしい。
しかし中級機と位置づけられるようなカメラが
高級機メーカーから2万円を切るような価格で発売されれば
安価なカメラをつくっている沢山の中小零細メーカーが大きな打撃を受けてしまいます。
キャノネットの発売はなんと
当時の業界内で猛反発を受けて遅れたという記録が残っているのです。
それぐらいの事件だったのです。

そしてこれは何とも皮肉な結果でもあるのですが

「高級機としての一眼レフなら?」
「ニコン。でもとんでもなく高額。プロ仕様」
「じゃあ、それ以外のメーカーで一眼なら?」
「ペンタックス」

というのが、当時のカメラ市場の常識だったのに、
レンズシャッター式の大衆機レンジファインダーになると
キャノンという“高級機メーカーとしてのブランド力”は
圧倒的な強さで市場に受け入れられたのです。

平成生まれの方で、この話がピンとこない人は、こう考えて下さい。
高級車メーカーのベントレーが
どの大衆車メーカーの車より高性能かつ低価格で
ベントレーのブランドのまま
トヨタのカローラみたいな車を発売してしまったらどうしますか。

買うでしょ。

もちろんあり得ないし、それ以前に、そんなこと、してはいけませんよね笑。

「でも、もしそんな車が出たら…」

考えるだけでゾッとしますが、そういうことなんです。
キャノンのキャノネットは、それをしてしまったカメラなのです。

キャノンはこのキャノネットの成功で一気に経営を立て直したといわれています。
(2年で100万台売ったといわれています恐)

1950年代中頃から現在までの半世紀に渡るキャノンの歴史をみてみると
この時期に経験したことを財産とし、
技術・マーケティングともに磨き上げてきたように感じます。
一眼レフ開発のタイミングについては判断を誤りましたが
マーケティングというものについてのノウハウについては
同業他社より抜きん出てこのキャノネットから経験知を得たと思います。

1990年代に入ってニコンより早くフィルムカメラを捨て、デジタルカメラへシフトし、
その技術では世界で他社をよせつけないほどの技術を確立するに至ったのも
キャノンがこの時の失敗を忘れなかったからです。
「あの時、ニコンより早くライカ型レンジファインダーを捨てていれば…」という無念は
半世紀の時を越えてキャノンの中に蓄積されていたのです。

キャノネットの時代は
自社の市場で他社より良いモノを作って評価を獲得し
そしてそれをたくさん買ってもらって利益を得るのではなく
自社より弱い企業の市場をかっさらって利益を得るという
アメリカの大企業的なマーケティング手法が
日本で本格的に動きはじめた時代といえるかもしれません。

しかし、この時、それをしなければ
キャノンというカメラメーカーは
なくなっていたかもしれないのです。

モノを買う側、使う側にとっては
たくさんのモノから自分の趣向やスタンスで
自由に選びたい、使いたいと思うばかりです。
いろんなメーカーがあって、いろんなモノがあった方がうれしい。
その方が自由で楽しいです。
しかし皮肉にも“自由な”資本主義社会ではなぜかそうはいきません。
勝たないと、モノをつくるメーカーそのものがなくなってしまうのです。
そしてどこかが勝つと、負けたどこかのメーカーは消えてなくなってしまいます。

つらい話です。

かといって社会主義のような世界だと、どのカメラ屋さんに行っても

「わが国ではカメラはこの5種類です。この中から選んで下さい」

といったような、極端に寂しい状況になってしまいます笑。

デジタルというものが出てきてから
規格争いがずっと続いていますね。
これは完全に使う側を無視した状況です。
使う側だけではありません。
ありとあらゆることを無視しています。
モノを作る側が世界的にこういった環境でモノづくりをしているのは
完全に狂気的な状況といえます。
こんなことをどんどん勝手にさせて
新しいモノが出る度に
使う側の私たちが右往左往させられているのはおかしい。
しかしその責任は、やはり買う側、使う側の私たちにもあると思うのです。

−自分たちの生活がどう在りたいのか。どう豊かで在りたいのか−

大げさかもしれませんが、
買う行為によって、作り手にそういったことを示さなければ
モノづくりは、私たちの日々の生活からかけ離れた、本来的な豊かさとは無縁の、
わけのわからぬ方向へ突き進んでしまうと思うのです。

私は、写真を撮るという機能に特化した
現在のデジタルカメラのようなものは
プロ仕様の超高級なものを除いて
将来的には無くなると考えています。
スマートフォンのような携帯型通信機器はより進化し
さらに高性能なカメラ機能が搭載されていくでしょうし
その機能は一般ユーザーには充分過ぎるものになるでしょう。
しかし、けっして感情論ではなく、
そうなっても、フィルムはなお残るのではないかと感じています。

35丱僖肇蹇璽容りフィルムは80年の歴史があります。
80年も規格が変わらない製品はこのフィルムだけです。

なぜ、この規格が変わらなかったのか。

たとえ将来的にこの35丱僖肇蹇璽容りフィルムがなくなっても
これからモノを作る側にとって
そして使う側にとっても
私たち人間の営みが本当の意味で豊かになるための
なにかとても大切なヒントのようなものが
私はここに隠されているような気がしてなりません。

それはいったい何なのか。

私たちが知らないから、または知ろうとしないから、
35丱僖肇蹇璽容りフィルムは
まだ生きているのかもしれません。

キャノンのキャノネットというカメラは
いつも私にこういうことを考えさせてくれる
とても不思議な存在なのです。




★初代キャノネットの主な仕様★
レンズ:CANON LENS SE 45mmF1.9
シャッター速度:B・1〜1/500秒
フィルム感度:ASA10〜200
露出制御:セレン式露出計によるシャッター速度優先EE方式
サイズ:140×78×64mm
電池:セレン光電池→電池はいりません。(機械式完全フルマニュアルによる露出設定が可能)
重量:約700g


ユーチューブで使い方の動画解説をアップしています。
ご参考になれば幸いです。

国産セミクラシックカメラの使い方動画(YouTube):
http://www.youtube.com/channel/UC4nFDV2linqHG8ujBBIXbhQ



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