アタイノクラシムキサ2

I'm older now, but still running against the wind.

ピノキオの手

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

ピノキオの手

イメージ 1

1980年の成人式

僕らは

堺市市民会館前に

先生の本を

「ピノキオの手」を

並べた



よく見ると

僕の父が書いたと思しき

垂れ看板が・・・

嬉しくなった

sadness-high?

イメージ 1

僕が日本に戻って七週後 先生はヘヴン・バウンド747の片道チケットを搭乗カウンターに通して旅に
でた・・・ジェット機の楕円形の窓から 再会した左の腕と疲れのとれた軽やかな右の腕を曲げて顔の
横に両掌を持ってきて「バイバイ」と振ってる・・・「健康に気をつけるのよ」という決め台詞とともに
・・・♪ロンリー アイム ミスタ ロンリー♪・・・ジェット・ストリームが鳴りつづけている・・・
「モンマルトルの丘に集う恋人たちは・・・」でも「サンタンジェロ城の船上パーティの賑やかさに誘われて・・・」でもない「安息の光と時に満たされたテンゴク・・・」・・・城達也さん語ってくれよ





お通夜となる 
ここからは記憶が断片化する 僕は何処かの家の二階ですし詰めの人たちと居る
「○△君、電話よー」僕の名を誰かが呼んだ
階段の下に電話があり受話器がはずしておいてある 応答する
「朝日新聞社の◇○といいます、先生のことを聞かせてくれるかな」
「どうぞ・・・」
「先生が亡くなってどう思いましたか?」

ほら来たぞ 抜き打ちのテストだよ・・・「・・・・・・」

「○△君?どうかな・・・」
「先生の教えに反するかもしれないし 家族の人には申し訳ないけど・・・」

ぼくの解答を述べた

「早く楽にしてあげてください・・・早く楽になりなよ・・・と思った」

新聞の活字になってしまう事は覚悟のうえで そのように云いきった
答えはどうなのか 僕は知らないし他の人たちが君は間違ってるぞ!と怒るならばどうぞ
僕はあの人が 十分に沢山の人たちを励まし勇気づけてきた事を知っている
自分自身が生きているだけで人々に希望を持って生きてもらえるならばと 頑張ってたことを知ってる

「死んじゃダメだ! 残されたみんなはどうなるの」などと励ましめいた言葉 死んでも吐かないのさ

果たして 翌日の新聞にはしっかりと僕のコメントが載りました


出棺の時・・・東京の大学に進んだ女子生徒が「先生いやー」とお棺にしがみ付き泣き叫ぶ光景を見る・・・そしてそういえば・・・いまのいままで僕は泣いていない事に気づく僕ばかりか仲間たちも
・・・誰も泣けてなかった・・・

そればかりかお経の間足が痺れては 狂気の爆笑に見舞われる
お坊さんが木魚を叩く姿を見ては また発狂の笑いが襲ってくる・・・

先生とのお別れは悲しみの爆笑で幕を閉じたのだ





その後も人生の先輩方は質問をしてきた

毎日放送はドキュメンタリー番組を作った 僕らは誰かの家でインタヴューを受けた
ナントカ新聞という地方誌にも「二十歳の○△◇・・・」みたいな見出しで成人の日記念みたく・・・

「何を学びましたか?」と明け透けな質問を受けた


そんなん文字や言葉にできないよ 目を瞑れば見えて来るんだよ・・・あの姿が・・・それでは
ダメかい? みなさん・・・そんな答えじゃダメなのかい?





最終的に二時間ドラマが取り上げる

丘みつ子さんという女優が先生を演じたようだった・・・ここまでいけばもうリアリティのかけらも
無く・・・どうかウソはつかないでと思ってました



そして成人式には市民会館の館長にお願いして「ピノキオの手」を玄関前で売らせてもらったりして
おかげで式典には入らずじまいだった・・・けっこう皆買ってくれた・・・ありがとう!










これで僕と僕たちと先生の話はお仕舞いです
先生の手術・入院の年月日、回数その他 手元に資料がなく事実とかけ離れているところも多々有ると
思います。ですのでこの物語はあくまでも僕の当時の回想の記録としてお考えください


読んでくださったかたたちは「誰にも言いませんよ」カードにミトメ印を押してください
大切に保管します・・・

方舟が逝く

イメージ 1

「病院行ってくるわ」


すっかり暮れた夜の道を 何ルクスかの自家発電で心細く照らしながら ぼくは自転車のペダルを踏んだ
踏んで病室という名の「教室」へと向う・・・風の凪いだ生暖かい夜だった・・・


うっかりしていてテレビのスイッチを捻ると 渡辺二郎がもう早3ラウンド目を戦っている・・・
そんなタイミングで僕は病室へ入る・・・危篤・・・あの虫はてっぺんからヒマワリすべてを飲み込も
うとしている・・・旦那さんと剛史とあと誰かと医師・・・そして苦しげに戦い続ける人がポツリ

僕は未熟な生徒に過ぎず「先生がんばって」と声に出すことさへできない・・・いったん廊下に出る
心音がついて来る・・・もう一度先生を見に入る

ここでようやく気づく・・・皆を呼ばないと・・・僕はポケットの小銭を確かめつつ階段を下りる
ドコモやAUがあれば話は早いが・・・当時は公衆電話の力が不可欠だった

はて誰から掛けようか そして連絡を廻してもらおうと考えていた時「誰に知らせるかも難しいね」と
知らないおばさんが話かけてくれる

「そうなんです」僕は情けなく応える

どんな顔で公衆電話の前に立っていたんだよ もう




やがて一人ふたりと駆けつけてくる 女子諸君は先生の傍らに陣取り必死に一緒に戦いだしている
あの娘たちは僕なんかよりはるかに勇敢で死神さへ怖れはしなかった



廊下に階段に人が溢れだす・・・何時間経ったの?・・・あいつ何してるんだよ・・・まだ来ていない
4人組のひとりが・・・

さらに時が経ち
「すまん、俺・・・こんなことになってるなんて知らんかって・・・遊びに行ってた」
いまにも泣き出しそうな顔で最後の一人がタクシーでやってきた




心音だけが唯一の音だった


心音・心音・心音・・・・虫・・・心音・心音・・・虫・虫・・心音・・・虫・・・・・・・



心音!・心音・心音・・・虫・虫・虫!!!・・・心音・・・



僕はゴメンと云っていた ココロの中で・・・



もうええやん ゴメンな先生・・・



もう楽に楽に楽に・・・



楽になりぃな・・・



ゴメン・・・







キンコンカンコン・・・授業が終わる・・・チョークを置いた先生はスカートの一部で右手に付いたチョークを払い 教科書を閉じる・・・教科書を脇にはさみながら器用に教室の引き戸をガラガラと開くと
振り返り「みんな身体を大事にね、わたしが云うと重みがあるでしょ」といつかアメリカでよんだ手紙
の最後の言葉を云って出て行く・・・真っ白に輝く廊下は天空にはるか高く伸びている・・・・・・・







不思議なことが起こる





あんなに沢山 ひとがいたにもかかわらず・・・病室には僕ら4人だけだった・・・看護士が入って来て

「霊安室にお運びください」と云った

「はい、ちょっと待ってください」

僕らは家族を探した・・・確かに探したし呼んだのだが・・・だれも居ない・・・そ、そんな・・・
いまも当時も説明がつかないのだ・・・誰もいなかったんだから・・・

「運び出してあげてください」

「わかりました」

僕ら4人だけが 先生を乗せた舟を運んだ・・・生きぬくために創られた方舟に先生を乗せて・・・
僕ら4人が・・・お運びしたのだ








ながい補習のあとには必ずテストが待ってるでしょう 僕らはこのあとテストを受けます
それは人生の先輩たちから矢継ぎ早に出題されるのです

イメージ 1

寒い季節に入ると 弱くなる陽射しと強く吹く風に「健全な魂」を持っていかれそうな気分が僕らを
覆ってしまう・・・無理なのか・・・願いは叶うことなんて無いのか・・・


夏の日の天高く伸び行くヒマワリは 冬を迎えてもなお高くそびえているように見える・・・しかし
黄色の花は花ビラを落とし種を落とし 蓮の実のように黒茶色くなったモノとなって茎の最先端を
かろうじて著わしている・・・そしてヒマワリの葉っぱを食べ尽くし巨大化した「シャクトリ虫」は
もうすぐかつての黄色い花の所まで到着しようとしているのだった 地面に長く伸びた黒の直線を
U字とI字のイニシャルを交互に繰り返す黒い影は 悪質なウイルスに侵されたPCの画面上を
いびつに進む「カーソル」のようにも思える

いまや虫は 病・死・病・死・病・・・・・・を運動の推進力としてるかのようだ・・・・・・

誰もが疲れていた ご主人も剛史もみんなも・・・先生も・・・僕らのは疲労だったが
先生のは「疲弊」という感じがしっくりきたかもしれない


そんな中 すごく『いい一夜』が来る・・・気まぐれで不公平好きの神様らしいシナリオの・・・

その夜 先生はめずらしく身体の具合が良かったようで いつもよりも言葉もよく出ていて
しかも夕方からいつもの皆が 学校やバイトを終えて病室に集まってきた・・・きっと次の日が
休みとか何かの要因が重なったんだね

「先生 調子よさそうやな」

「ほんとだ 顔色もいいよね」

みんなくちぐちにそう云って ニコニコしている・・・先生が肩が凝るというので交代でマッサージ
したりしながら 点けっ放しのテレビから流れるあの番組をなにげなく皆が観ていた・・・「金八
先生」だ・・・いい時間が流れる 何も考えず心配せずごく軽く笑える話とスキズキに飛び交う会話
・・・シャクトリ虫はメジロが急降下して鋭いクチバシでシャウエッセンのようなプチッという音と
ともにミドリの血を噴出しながら すっかりと食べられてしまったか?と確信しそうな

安堵に満ちた一夜だったのさ

安堵が「エンド」となる一日前のことなのだがね・・・








日だった

僕は朝から病院にでかけた 相変わらず先生は調子よさをキープしていて

「あのミックス・ジュースが飲みたい」と云った

それは僕の母が作る甘すぎるミックス・ジュースだった・・・喫茶店のやつ・・・バナナ・みかん・桃
パイン・牛乳・サトウ・・・ミキサー・・・で出来るあれだ

「持って来たるわ」

すぐに帰ってジュースを作ってもらう(家業が喫茶店だからノー・プロブレム) 

「持って来たよ」

おいしそうに 先生は飲み干した

「今日は調子いいし帰って休み」

先生が云った・・・

「また、夕方来るわ」

僕が云う・・・




家に帰った僕は丸太のように・・・寝た

メジロの存在を信じて








薄暗い窓が見えた・・・あきらかに良く寝たようだ
時計は夕方 五時半をさしている







なにも知らずに





僕は




最後の補習に出てゆく・・・

パニックに陥る・・・

イメージ 1

1980年の暮れは1979年の取り分を吐き出したような 喪失と絶望と発狂の爆笑で幕を閉じる
イグアスの滝ほどの落差を味わい知り「永久歯がすべて抜け落ちたような」年となったのだった・・・



アメリカで一年半ばかり過して 進むべき路を見つけた僕だったが いろんな要因・条件が帰国を余儀
無くしていて不本意に感じながらも 僕はとりあえず1980年10月に帰国した

帰国してマズ 紀伊国屋で日本中心の世界白地図を買ってきて それを壁にピンで止める・・・それは
太平洋の左が日本 右がアメリカ大陸を著わしていた・・・僕はまず日本に飛行機の切抜きをまたピン
で止めた・・・ふたたびアメリカに渡る為の経験値と予算の進捗状況を把握するためだった(単純)
つまり勉強をし直すことと貯金をすることを同時進行し「切り抜き飛行機」を進捗状況に合わせて進め
てゆき太平洋をひとッ飛びという ちょっと痛い計画表を作ったというわけ・・・

そして先生に会いにゆくのだが 1980年一学期を酸素ボンベを持ち込んで教鞭を執られていた先生
は自宅ではなく病室を訪ねないと会えない状態に居られたのだった

大学生になっていた仲間が僕を連れて行ってくれた うっかりモノの断食を忘れてた彼も大学に行き
ながら学童保育の手伝いをしたりして 先生の息子ともすっかり打ち解けてたり・・・
女子生徒たちも頻繁に病室や先生の自宅で手伝いをしていたと思う・・・いまこうして振り返ると
みんな偉かったなーと感心してしまうのさ・・・

幸か不幸か・・・その病院はいつもの遠くの大病院ではなく 専門医のいる小さな病院で僕の実家から
すごく近かった・・・近かったので良かったのである

「帰ってきましたよ 先生。元気やん!」息するのも苦しい人に云う言葉かと嘆きつつ・・・

「元気ちがうわ」ハァハァと胸を波打たせながらも 先生はニッコリと表情をつくった

日本での学校とバイト先が決まるまで・・・というか・・・もうお見舞いに来なくて良くなるまで
僕は毎日先生の部屋を訪ねるのだった・・・長いはずの人生のほんの数週間など・・・なにも
遅れはしないし なにも失くしたりしないと自分に言い聞かせて・・・


ある日 僕はうっかり病室のドアを開けてしまった・・・いつものように軽くノックをしたと思うが
返事を聞くまでも無くドアを開けてしまったのだ・・・先生は上体を起こし看護士に身体を拭いて
貰っているところだった・・・とっさにドアを閉め廊下に飛び出したのだが 僕はパニックなのさ

何ということ・・・見てしまった

僕はしっかりと 先生の裸の胸を見てしまった・・・今のいままで誰にも云ったことが無かったけど
もういいよね・・・僕もいつまで全てを覚えて入れるかどうか怪しいものだから・・・
驚いたのは というか当たり前なのだけれど・・・とても綺麗な「乳房」だったんです(ゴメン先生)
・・・30歳そこそこの女性の胸だから綺麗でなんの不思議も無いのだけれど・・・これは偏見だった
んだよね僕の・・・先生の胸を女性のそれとして考えもしなかったしね・・・たしかに義手をはずした
肩の部分はある意味インパクトありました・・・でもそんなことは承知の上じゃないか 
そんなことよりも・・・僕にとって


僕にとって・・・


先生の胸が美しかったコトの方が


いえ そのコトだけが


とても


嬉しかったのさ





よし、これで呆けてもいいよな・・・書きにくいこと描いたから・・・









 

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
riekuriko17
riekuriko17
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事