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【購入時期】
2004年頃新品で入手。 【購入経緯】
海外のソフトもプレイしたくなるかもしれないから。 まさに、備えあれば憂いなし精神。 【現物】
このディスクを読み込ませることにより、 海外版GCのソフトが日本のGC本体でプレイ可能となる。 【ソフトについて】
『Animal Crossing』・・・つまり、海外版どうぶつの森…。 って、どこまでどう森好きなんだよって話であるヽ(;´Д`)ノ この『Animal Crossing』。 そして、この『Animal Crossing』を、日本語ローカライズ、一部機能のプラスαをして、 逆輸入したのがGC版『どうぶつの森e+』である。 『どうぶつの森e+』を所有している自分には・・・あまり恩恵ない(;´▽`)y-~~ でも、海外の雰囲気を味わえるんだよね。まさに外国に来たような雰囲気。 カードデザインの愛らしさからコレクターズアイテムとしても人気だった。 |
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ドリームキャスト用『電車でGO!2 高速編 3000番台』専用のマスコン『DC 電車でGO!コントローラ』。 サターン版やプレステ版のマスコンとほとんど変わらない仕様。 サターン版同様、対応ソフトは1本だけしか発売されなかった。 セガサターン版『電車でGO!』で苦渋をのんだセガユーザにとっては、 アーケード最新作の新世代機への移植とあって『電車でGO!2 高速編 3000番台』には 期待していた人も多かったはず。 しかし、その期待は裏切られることになる。 登場したDC版『電車でGO!2 高速編 3000番台』は愚直にもアーケード版をそのまま移植したもの。 プラスαなサービス要素は皆無。更に致命的なのがグラフィックのしょぼさ。 もちろんサターン版よりは綺麗なのだが、 ドリームキャストの表現能力から考えると非常に見劣りするグラフィックでユーザを落胆させた。 まったくもってタイトーの愛情を感じられない作品だった。 セガサターン版は、その出来はどうであれ 紆余曲折しながらも 発売にこじつけた血と汗の結晶であり、努力の跡が見て取れる作品で、まだ愛を感じる作品だった。 それが反映された結果なのかどうかはわからないが、 末期に発売されたサターン版マスコンよりもDC版マスコンの方が流通量が少ない。 【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難)
≪難≫ 【プレミア度】(極安/安/普通/高/極高) ≪安-普通≫ |
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1984年以降〜2003年まで、セガと共にその親会社として歩んできたCSK。 昔々・・・1984年頃。 セガハード的にはSG-1000II発売の年 当時、セガは外資系企業だった。 非常に厳しい経営だったセガは、その親会社である(映画配給で有名な)パラマウントの意向により 当時セガ社長だったローゼン氏を更迭させられるという事件に見舞われていた。 ローゼン社長というのは、どうにもおおらかな且つ大雑把な人だったらしい。 実際に、セガの経営を指揮していたのは中山隼雄副社長だった。 この中山隼雄氏こそセガの父とも謳われた人物。 主導権がアメリカに奪われると危機感を覚えた中山氏が、 CSKの故・大川功氏に、セガへの資本参加を相談する。 そして、中山氏、大川功氏の両雄が揃ってアメリカに飛び、パラマウントの会長マイケル・アイズナーと交渉、 セガを日本に買い戻すことに成功した逸話は、 あまりにも熱すぎて今、聞いても興奮する。 この時、CSKグループ傘下に入ったことにより、セガは名実ともに日本企業となった。 尚、当時のパラマウントはガルフの傘下にあった。 (つまり、セガはガルフの子会社の子会社だった時期があった) またパラマウント会長のマイケル・アイズナーとは、 後のウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOになる人物である。 「ハヤオー」の名でセガファンの間で知られる中山隼雄氏は、 セガの父ともいえる存在で、セガがCSKグループ傘下に入ると同時にセガ社長に就任する。 社長に就任する以前、1979年以降から日本での陣頭指揮はほとんど中山氏が担っていたのもあり、 事実上のセガの創業者といってよい。 セガという会社の独特のカラーはまさに中山カラーなのである。 CSK大川功氏、任天堂 山内溥氏と並んで、はんぱないバイタリティとカリスマ性をもった人物だった。 大川功氏はCSKの創業者。 企業相手のシステム開発がメイン事業のCSKと異なり、一般家庭をターゲットとしたゲーム開発を行うセガに、 大川氏は大きな可能性と魅力を感じていたようだ。 CSKグループへセガを招き入れた後、セガの会長に就任、その後2001年に氏が亡くなるその寸前まで セガに愛情を注ぎこむ。それはもはやセガファンの間で伝説となっているほどである。 中山氏と大川氏の両氏の力により、90年代のセガは爆発的な急成長を遂げる。 共に強烈な個性の持ち主であるが故に、衝突を繰り返し、軋轢を生みながら。 中山セガと大川CSKは、単純な子会社・親会社という関係ではなく、 それこそ本物の親子関係のような非常に深い絆で結ばれていたといってよい。(親子喧嘩含む) 尚、ロボピッチャのCMやDCの湯川専務CMで一躍有名になった湯川英一氏や、 日本版MDソフトをコンプし「タケちゃん」とセガファンの間で慕われている竹崎忠氏も、 もともとはCSKからセガに出向してきた人物だ。 大川会長の意向で作成されたCDで、大川氏が亡くなるまでの間、CSKの新入社員などに配られていた模様。 以下、このCDの収録曲 1.CSK社歌 (歌:デューク・エイセス) 2.CSK社歌 ニューウェーブVer 3.We are No.1 (歌:トランザム) 4.CSKズッコケ音頭 (歌:デューク・エイセス) 5.東京ラプソディー (歌:大川功) 1のCSK社歌は有名な中村八大が作曲。 2はCSK社歌のリミックスなのだが、New Waveというよりはテクノ歌謡アレンジ。 4は一部でかなり有名なシステムエンジニア哀歌『CSKズッコケ音頭』。個人的には苦笑いしてしまう曲だ。 5は大川会長による『東京ラプソディー』のカヴァーである。つかカラオケである。 そのうえ、ライブ録音で、CSK社員の合いの手も入っている。つかカラオケである。 何故かこの曲は、CSKの第2社歌になっている。何故この曲が第2社歌なのか大川会長しか知るまい。 実は、個人的にこの収録曲の中で一番気に入っているのは、大川会長の歌う東京ラプソディーである。 それはそれはもう…気持ち良さそうに歌い上げている。唯一、リピートして聴いた。 尚、このCDには収録されていないが都はるみが歌うCSK企業ソング「今がその瞬間」なども存在する なんとも豪勢な社歌である。恐らく完全に大川会長の趣味なのであろう。 最後に今回の記事に登場したメイン人物の去就について触れておく。 中山隼雄氏は、メガドライブ/GENESIS〜セガサターン初期にセガ黄金期を築き上げる。 これは経済界的にも奇跡といえる大躍進だった。 しかし、SEGA SATURNを含めた海外事業の失敗、国内セガサターン事業の停滞の憂き目に会い、 1998年に引責辞任の形で社長職を辞し、副会長に退く。 その後、まもなく1999年には自分の分身ともいえるセガをひっそりと退社することになる。 大川功氏は、経営が傾きかけていた2000年にセガ社長に就任し直接に陣頭指揮。 実はこの時、食道ガンに犯されながらも短期間に克服している。体力的にも辛いものがあったはずだ。 翌2001年、「ドリームキャストの生産中止」と「セガのハード事業撤退」を発表。 #この決断は大川氏も辛かっただろうが、記者会見で発表をした佐藤秀樹副社長も断腸の思いだったであろう。 #佐藤秀樹氏は歴代セガハードの開発に携わってきたまさに「セガハードの父」だったからだ。 大川氏は続けざまに、セガへ個人資産約850億円の寄付を行い、必死にセガの経営建て直しを図る。 が、その2ヵ月後。志半ばにして、心不全のため逝去してしまわれた。 大川氏に関連して、近年になってこんなこぼれ話が流出した。 X-BOXを開発していたマイクロソフトに対し、 セガのソフトタイトルの提供を行う代わりに、ドリームキャストととの互換性をX-BOXに持たせてくれるように 大川氏が直々に何度も出向いて、ビル・ゲイツと交渉していたらしい。 X-BOXがドリームキャストの上位互換機となればドリームキャストのソフトを買ったユーザも 報われるといった狙いがあったのだろう。 しかし、X-BOXはネット接続を前提としていないという理由で破綻したようだ。 大川氏はネット接続機能を最後まで最重要視していた。 実際、ドリームキャストにモデム標準装備させたのは大川功氏の強い意向によるもので、 逆に中山隼雄氏はこれを強く反対していたという。 ※別にどちらが正しいとか誤っているという話ではない。 どうしよ。俺、なんかいろいろと泣いちゃいそうですよ? 【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難)
≪かなり難-極めて難≫ 【プレミア度】(極安/安/普通/高/極高) ≪普通-高≫ |
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【購入時期】
2004年5月新品で入手。 【購入経緯】
昔々、会社から結婚のお祝い金を貰っただす。 うちの会社にも、そんな気の効く制度があるとは知らなんだのでべっくり。 せっかく頂いたお祝い金なので、今後の生活費か挙式・旅行の費用にあてようか連れと話し合わないいけないなぁと 受け取った瞬間には考えたのですが、 残業をそこそこに切り上げ、秋葉原に直行。 連れに相談することなく・・・そして躊躇なくゲームキューブ本体とゼルダを華麗に購入する俺。 こういう時の俺の決断力と行動力はハンパないッス。 ご機嫌よく家に帰るなり、 俺:『ほ〜ら♪ゲームキューブだよ〜ん♪』 と嫁に見せびらかす俺。 ノリノリの俺、サイキョーDeath!! 嫁:「すご〜い・・・でも、それ買うお金はどうしたの?」 運命を左右する質問がキキキキ━━━━━(((((゚∀゚)))))━━━━━タタタタタ!! 話の流れに的には、「怒られる」or「喧嘩になる」の2択。 が。俺にはもうひとつの選択肢を周到に用意しておいたのだ。 その選択肢は…「一緒に喜ぶ」。 俺:「あ〜。会社からお祝い金でてねぇ。。それで。あ〜。もちろん「どう森」も買ってきたよ。」 嫁:「ををををを〜!!どうぶつの森〜〜〜!!やった〜〜!!!」 嫁の大好きな どうぶつの森のGC版もしっかり購入しておりました。 俺って天才!! もっというと…あまりゲームをしない嫁なんですが、 事前に・・・かなり前々から色々なゲームをプレイさせていて、彼女の趣味嗜好を研究していたです。 特に64版「どうぶつの森」はかなり気に入っていたので、 ゲームキューブ本体を、無断で買っていっても問題ないなと判断していた次第。 【格言】 『相手を知るということは自分にとっても利益になる』 【周辺機器】
どう森・ゼルダマシーンに周辺機器は不要なんだぜ! 本体に付属のGBAのソフトも遊べるという『GAME BOY PLAYER』も、装備はしているが使ったことないぜ! 【ソフトについて】
ごらんよ。驚くほど割り切った感のあるこのラインナップを。 どう森・ゼルダの連盟与党ですよ。 ソフト数は少ないけど、PS2と比べてゲームキューブの稼働率はハンパないっす。 ちなみにどう森最高傑作は、ゲームキューブ版だと思うよ。次点がDS版。 「どう森e+」版を先に買ってしまったので、「どう森+」版は未プレイなんだけど。 それぞれの対応カードをゲームに読み込む事により、家具やデザイン、とたけけソング、それに好きな住人などを 追加することができた。 そういった実用性だけではなくカードデザインのラブリーさから、 どう森のファンのコレクターズアイテムにもなった。 これでもコンプじゃないそうな…。 こういうセンス、ステキですね。 |


