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日本のMEGA DRIVE発売から遅れること1年後。北米で発売されたMEGA DRIVEの「GENESIS」である。 数あるMEGA DRIVEハードで、真の主役といえるのはこのGENESISなのかもしれない。 性能は日本版MEGA DRIVEと同一。ハードデザインが若干違うぐらいか。 北米においてハード名を変更して発売されたのは、この地域では「MEGA DRIVE」という商品名が ごく一般的に使われている(安直な)名前でインパクトに欠けるのが要因だ。 日本の他、アジア、南米、豪州、欧州などでは「MEGA DRIVE」でハード名を統一している。 SG時代、MASTER SYSTEM(海外版マーク3)の発売が、任天堂のNES(海外版ファミコン)に遅れをとり それが一因で海外の任天堂シェアを奪うことができなかった経験のあるセガは、 早急に海外販売に乗り出した。(歴代セガハードが先行逃げ切りを狙うのもこの経験からだ。) 日本のMEGA DRIVE市場同様、SG時代に比べ好調な売れ行きを見せたが"強力なキラーソフト"不足がたたり、 猛烈なスタートダッシュをすることができなかった。 結果、翌年90年、遅れて発売されたSNES(海外版スーパーファミコン)と激しい一騎打ち戦が始まることになる。 この激しい争いにひとつの区切りを付けたのは、現在でもセガの看板キャラクターである 「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の第一作目作品である。 この「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」は、日本よりも一ヶ月早く北米に投入された。 日本で開発されたソフトが、日本市場よりも北米市場に先に販売されるのは異例のケースである。 それもそのはずで、「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」は、 開発当初から明確に、海外において任天堂のマリオに対抗なる"キラーソフト"として開発していたからだ。 そして、このセガの狙いが大的中する。 間違いなく「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」はキラーソフトとなりうるクオリティ(※1)で完成し、 ハードの値下げ戦争の勝利、マリオとソニックの挑発的な比較CMと相成って、 GENESISは爆発的売り上げを記録し、長期の間、あの任天堂のSNESを突き放す大勝利を得たのだ。 ソニック人気は日本とはまったく比較にならないほど凄まじく、GENESISは瞬く間に普及していき、 数多くのソフト会社がライセンシーとして参入を果たした。 今や世界一のゲームソフトメーカーとなったエレクトロニックアーツ社も頭角を現し、 スポーツゲームを軸にGENESISを牽引していった。 日本のMEGA DRIVEで海外作品のゲームが多いのは、このように海外市場に勢いがあったのが要因だ。 日本では発売されない海外販売だけのソフトも数多く有る。 日本未発売のソフトの多くは、海外ソフトメーカーの作品が中心だが、なかには日本の 超大手ソフトメーカーの超有名作品なども含まれている。 それはつまり、MEGA DRIVEの主戦場が、日本になかったことの表われだ。 これを期に日本のプレイヤーで輸入海外ソフトに手をだした人も決して少なくない。 (※1)ソニックを非常に高いクオリティで完成することができたのには、 当時開発者だった中氏の力による所が大きい。 中氏はマリオの開発者である宮本氏に一際敬意を払っている方だった。 個人的な思いではあるが、もし、開発者がマリオに敵意をもって作成した作品だったとしたら、 これほどのクオリティは保てなかったと思う。 【マシン名】
GENESIS (1989年9月発売) 【価格】 $199 【メーカー】 セガ 【スペックは日本版MEGA DRIVEと同等】【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難) ≪やや難≫ 日本の中古市場ではあまり見かけなくなったが、海外市場で容易に手に入ると思われる。 日本市場、海外市場共に、値段もお手頃価格で入手できよう。 |
SEGA MEGA DRIVE
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セガの名を世界に知らしめた『MEGA DRIVE』シリーズ
CD-ROMドライブユニットである『MEGA CD』や
高性能32BitCPUを載せたアップグレードブースター『SUPER 32X』など強力な周辺機器も登場した
多彩な数の互換機も存在し、その数は歴代セガハード随一
CD-ROMドライブユニットである『MEGA CD』や
高性能32BitCPUを載せたアップグレードブースター『SUPER 32X』など強力な周辺機器も登場した
多彩な数の互換機も存在し、その数は歴代セガハード随一
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8Bitマシン全盛の中、超高性能な16BitCPUを搭載してメガドライブは登場した。 初めから『家庭用ゲーム機』を念頭にして設計開発された初めての純然たるセガの『ゲーム特化マシン』である。 発売された88年当時を考えると文句をつけようが無いほどの高スペック。 そして、その高いスペックながらもリーズナブルな価格設定。 好き嫌いは分かれるかもしれないが、セガハードの歴史の中で間違いなくメガドライブは、 最も優秀なアーキテクチャを誇るマシンであったといえる。 (その後、メガドライブのアーキテクチャは、ぷよぷよ、プリント倶楽部等のアーケード基盤、 PICOなど幼児用コンピュータなどにカスタム化し転用される) 発表されたメガドライブの性能に一番驚いたのは、 実は、次世代ファミコン「スーパーファミコン」の発表を控えていた任天堂だった。 メガドライブがまったく想定外の高スペックだったらしく、急遽、スーパーファミコンの発売を予定より延期。 設計段階から計画を見直すハメになった。 (スーパーファミコンの発売は結局メガドライブ発売からなんとも2年近くも待つことになる。 逆説的に考えると、結果的にはスーパーファミコンとメガドライブとの性能格差が開くことにもなったが) メガドライブが世間に正式発表されたのは、実際に商品として店頭に並ぶわずか1〜2ヶ月前のこと。 つまり、突然、このマシンは世に発表され、アーケードゲーム「獣王記」とそのメガドライブ移植版の 比較デモンストレーションを行い、その驚愕のハードパワーを知らしめたのだ。 かなりセンセーショナルな登場の仕方だった。 新ハード発表が、発売間近に迫ったタイミングで行われた理由は不明だが、 ・任天堂への奇襲作戦 ・ぎりぎりまでのアーキテクチャ調整 ・日本版Mastersystem発売わずか一年足らずでの新ハード投入による企業イメージ損失の懸念 以上の3点が単純に考えられよう。 まるでCDドライブを搭載しているようにも見えるハードデザインは、今後のCD-ROMでのソフト供給を暗示して いるかのようであるが、実際にも本体発表時点で後付CDドライブ(後のメガCD)の構想はあった。 燦然と輝く「16BIT」のロゴは、セガが紆余曲折しながらもメインの頭脳として搭載した 高性能CPU『68000』に対する自信の表れ。 SEGAはこの高性能CPUを載せる為に、なんと30万個の一括注文というリスキーな条件を呑んで、 格安で仕入れる契約を獲りつけることに成功したのだ。 ちなみに、SGシリーズのメインCPUとして搭載されていたZ-80AもサブCPUとしてメガドライブに載っている。 そう考えると、開発段階ではメガドライブが「マークV」と謳われていたのもうなずける。 一見、PC業へは見切りをつけたようにも感じるセガだが、どこか未練が残っているらしく、 メガドライブのPC化構想も存在した。 PC大手のNECがゲーム業界に進出したことにも触発されていたのかもしれない。 結局そのPC化構想は、モデムを販売したところで終焉。キーボード、FDドライブは実現しなかったが、 別の形(テラドライブ)で落ち着くことになる。 ※画像2枚目、向かって左の外箱パッケージが初期版。右が中期以降の外箱パッケージ。 ※画像3枚目、セガに修理を出すと、このダンボールに入れられて帰ってくる。 【マシン名】
MEGA DRIVE(HAA-2500) (1988年10月29日発売) 【価格】 \21,000 【メーカー】 セガ 【CPU】 MAIN:68000(7.67MHz)、SUB:Z80A(3.58MHz) 【MEMORY】 RAM 64KB(68000用)+8KB(Z80用) VRAM 64KB 【GRAPHIC】 GRAPHIC 512色中64色同時発色可能 スプライト80個・スクロール2枚搭載 【SOUND】 FM音源6音+PSG3音+ノイズ1音 (FM音源のうち1chをPCMとして使用可能) 【ETC】 ステレオヘッドホン端子 コントロール端子 2ヵ所 拡張コントロール端子 スロット カートリッジ、拡張各1ヵ所 【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難) ≪易≫ 中古市場ではよく見かける。値段もお手頃価格で入手できよう。 |






