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日本より遅れること約一年。北米にもDREAMCASTが投入された。 低価格でハイスペックなDREAMCASTは北米において、日本以上に好意的に迎えられた。 北米版のイメージカラーは白地/黒地にオレンジのぐるぐるマークである。 ソニックなどの優良コンテンツを含め、NBA2K、NFL2Kなどのスポーツシリーズもヒットとなる。 DREAMCASTの全世界累計出荷台数は約1045万台、うち日本での出荷台数は約225万台。 つまり、北米を含む海外市場には820万台も普及したことになる。 GENESISには遠く及ばないが、296万台しか出荷できなかったSEGA SATURNと比べれば、 雲泥の差である。 尚、海外版DREAMCASTに付属する着脱式モデムの通信速度は56Kbpsで、日本版のモデムよりも速い。 これは、当時の通信インフラが日本よりも海外の方が整っていたことが影響している。 ※画像内、左の外箱は初期パッケージ。右の外箱は後期パッケージ。 以下、前回の記事より引き続きDREAMCASTについてキーワード単位に考察をする。 【下位互換は必要だったのか】 DREAMCASTはSEGA SATURNと互換性を保っていない。つまり下位互換機能を持っていない。 理由は大きく分けて2つある。 一つは技術的な問題。 SEGA SATURNの記事でも紹介したが、SEGA SATURNは、かなり多くのチップを積み複雑な構造を持っている。 そんなSEGA SATURNの専用ソフトを、格段にパワーアップしたDREAMCASTといえど稼動できるようにするには 相当の技術力とマシンパワーが必要となる。そしてそれは、そのままコストへと大きく跳ね返る結果となる。 ハイスペック&ローコストのマシンを早期に投入する必要性があったセガに選択の余地はなかったのだ。 下位互換機能を実装していないもう一つの理由は、DREAMCASTにおいては下位互換機能に利点が少ないからだ。 旧来のソフト資産を生かせるのが下位互換機能の魅力なのだが、下位互換機能を果たすからには DREAMCAST普及に繋がるものでなくてはならない。 SEGA SATURN市場は、1997年以降「死に体」であったといってよい。 つまり、1996年までは相当数いたSEGA SATURNのユーザ人口も、末期には激減していた。 それは、全盛期と末期のSEGA SATURNソフトの売上げをみればわかる。 後期になると本来売れるべきレベルの優秀なソフトもまったく売れなくなってしまっていたのだ。 更に、SEGA SATURNの優秀なソフトの多くが、PLAY STATIONにも移植されてしまっている。 (それでも、SEGA SATURNでしかプレイできない秀逸な名作ソフトは多々あるのだが) そんな状況下で、『歴代セガハードに触れてきたコアなセガユーザを除いて』、 DREAMCASTで初めてSATURNのソフトに触れたいと思うユーザや、所有しているSATURNのソフトをDREAMCASTで 遊びたいと思っているユーザがどれだけいようかと考えた時に決して多くはないことは想像がつく。 そして世界的な視野でみれば、海外市場にはわずか296万台しか出荷できなかったSEGA SATURNである。 海外市場からすればSEGA SATURNの下位互換機能があったとしても、その『旨み』は皆無といってよいだろう。 つまり「下位互換が無かったからDREAMCASTは敗れた」なんていう説は、非常に稚拙で下らない戯言だ。 むしろ、「bleem!」を軸にしたDREAMCAST-PLAY STATION互換が頓挫してしまったことの方がよっぽど大きい。 「下位互換」がその力を発揮するのは、その下位マシンがトップシェアハード級のハードであった場合のみだ。 【マシン名】
DREAMCAST HKT-3020 (1999年9月9日発売) 【価格】 $199 【メーカー】 セガ 【スペックは通常版DREAMCASTと同等】【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難) ≪かなり難≫ 北米市場においてもDREAMCASTは好調に出荷された。 日本市場にもそれなりに輸入されてきている。 ※PSE法適用商品 |
SEGA DREAMCAST
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セガの最後の家庭用ゲーム機『DREAMCAST』。
本体のカラーバリエイションの多さはセガハード随一。他社のゲーム機でも類見ない。
セガが本気でトップシェアハードを狙って設計されたマシンで
歴代セガハードの中でも「MEGA DRIVE」に並んでバランスの良いアーキテクチャを誇る。
少なくとも技術的な部分においては、このマシンの本気を見る前にハード事業撤退が決定してしまった悲劇のハード
本体のカラーバリエイションの多さはセガハード随一。他社のゲーム機でも類見ない。
セガが本気でトップシェアハードを狙って設計されたマシンで
歴代セガハードの中でも「MEGA DRIVE」に並んでバランスの良いアーキテクチャを誇る。
少なくとも技術的な部分においては、このマシンの本気を見る前にハード事業撤退が決定してしまった悲劇のハード
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セガが、TSUTAYA等を運営しているカルチャーコンビニエンスクラブの協力のもと、 ドリームキャスト本体を無料でレンタルすることができるキャンペーンを実施した。 その際の使われたレンタル用のモデルが今回紹介する「ドリームキャストトライアルセット」だ。 全国のGame TSUTAYA、Game STANDで実施された。 この「ドリームキャスト無料体験キャンペーン」は、9月22日〜11月30日までの期間限定のものであったが、 キャンペーン実施店舗の会員であれば、誰でも7泊8日でレンタルすることができた。 この無料体験版のキットには、ドリームキャスト本体、コントローラパッド、そして電源/AVケーブル一式で 構成されており、それらが豪華なトランクケースに収納されている。 ちなみに、このレンタル用ドリームキャスト本体にはモデムが装備されていない。(モデムのダミーが装備されている) その為、インターネット・Eメール・ネットワークゲーム等の利用はできないようになっている。 以下、前回の記事より引き続きドリームキャストについてキーワード単位に考察をする。 【ドリームキャストのマーケット戦略の成功と失敗】 「ライトユーザの獲得」。それがセガのドリームキャストのマーケット戦略であった。 その徹底ぶりは過去に例を見ないものである。 その代表例は、当時セガの専務だった湯川英一氏を前に押し出しての「自虐CM」シリーズである。 「セガなんてだっせーよな。プレステのほうが面白いよな」 この逆比較CMともいえるフレーズは、日本中に強烈なインパクトを与えた。 ※セガサターンの時も「セガールとアンソニー」の比較CMで衝撃的なものだったがその比ではないだろう。 セガサターンの時代では「次世代機戦争」などとマスコミで積極的に煽り立てていたのもあって、 宣伝しなくとも世間での認知度は高く、胡坐をかいていられたのだが、 ドリームキャスト発売時期にはそういった「追い風」はほとんどなかったといってよい。 そんななか、ドリームキャストが好調に発進できたのはこのCMの影響が大きい。 このシリーズ後も、滝沢秀明をCMに起用するなど煌びやかな宣伝戦略を果敢に攻めていった。 この時の宣伝プロデューサーである秋元康氏は、後にセガの社外取締役に就任しているが、 「後藤善男キャンペーン」など愚策も目立ち、結局は「自虐CM」以上の仕事を成し得ることはなかった。 効果に大小はあるが、CM以外にも他にも様々な試みをセガは挑戦している。 今回紹介した「ドリームキャスト無料体験キャンペーン」もその一例である。 また、あまり反響は無かったがドリームキャストソフトのレンタルサービスや、「@barai」サービス(※)なども試みた。 (※)@barai:ある一定区間までプレイできるソフトを安価で販売。 引き続きプレイする場合は、ネットで「解除キー」を購入する後払いシステム。 また前回の記事でも紹介した「シーマン」のプロモーションに関しても、かなり成功を収めているといえよう。 比較的、プロモーション事業は成功している部分があったのだが、問題は本体の生産性だ。 需要が高かったにも関わらず供給で追いつかない事態が、 一番大事な時期であるはずの発売後から約半年近くの間続いたのだ。 これは、消費者に飢餓感を与える戦略でもないし、 『どんなに大量に生産しても供給に追いつかない』といった状況とも少し違う。 ドリームキャストの心臓部といってもよい「Power VR2」チップの開発が遅れたのが原因で、 チップの歩留まりがなかなか向上せず、その結果、十分な量の本体を確保できなかったのだ。 売るべき時に売り損ねるという、「先行逃げ切り」を狙うセガにとって、致命的なミスを犯してしまったのだ。 その初回出荷台数の少なさから、予約キャンペーンも急遽取りやめる事態にも発展。 セガパートナーズ向けの限定モデル「DREAMCAST SPECIAL MODEL」は通常通りに販売されたが、 このキャンペーンも結果的には失敗だろう。放って置いても勝手に購入してくれるようなコアユーザなどは 無視して、一般の店頭販売用に少しでもその本体を回したかったはずだ。 十分な量の本体を出荷できないことに間して、半年後には湯川専務による「謝罪CM」も放送されたが まったく笑えない状況であった。 【マシン名】
DREAMCAST トライアルセット (サービス期間1999年9月22日〜11月30日) 【価格】 非売品 【メーカー】 セガ 【スペックは通常版DREAMCASTと同等】【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難) ≪極めて難≫ 業務用のDREAMCASTなので入手は困難。 キャンペーン終了後、ショップのバイトさんがただで貰っていたと言う話を良く聞くので 中古市場にまったく流通していないわけでもない。 新品同様レベルのものであれば、それなりの値段が付いている。 ※PSE法適用商品 |
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DC版「シーマン〜禁断のペット〜」の発売と同時に全国のHMV24店舗で、限定500台だけリリースされた 超レアモデルが今回紹介する「DREAMCAST MODEL:SEAMAN」だ。 シーマン開発元のビバリウムが自らプロデュースした『シーマン』ロゴの入ったスケルトンモデル。 本体はもちろん、同梱されているコントローラパッドやビジュアルメモリも、 ジェリー・ホワイトなスケルトンで統一されている。 シーマンのソフト、マイクデバイス、サウンドトラックCDなどを同梱。 ※この年の12月には、850台限定の赤い(ミレニアム・レッド)クリスマス仕様「MODEL:SEAMAN Xmas Package」も 発売されている。 この「DREAMCAST MODEL:SEAMAN」の発売時は、ドリームキャストの評判も上々な時期的で、『シーマン』自体も、 普段ゲームをあまりしないライトユーザを巻き込んでの盛り上がりをみせていた。 それもあって発売日のHMV各店舗は、コアユーザ、ライトユーザ入り乱れての混乱状態となった。 ドリームキャストとして初のカラーバリエーションモデルであることも注目である。 (3日後の1999年8月1日には、マジョーラカラーのMAZYORA DREAMCASTが発売されている。) 尚、2001年10月9日にビバリウムが運営するサイトで「DREAMCAST MODEL:SEAMAN」が \40,000で2台だけ再販されている。 よって、この世には502台の「DREAMCAST MODEL:SEAMAN」が存在していたことになる。 以下、前回の記事より引き続きドリームキャストについてキーワード単位に考察をする。 【ソフトライセンシーとの関係】 ソフトライセンシー会社の強化は、セガサターン時代同様にセガは躍起になっていた。 入交社長の手腕もあって、それなりに効果もあった。 メガドライブ以来となるナムコのソフト供給の復活や、今回紹介したビバリウムの獲得などが大きな収穫だろう。 カプコンなどの会社ともセガサターン時代同様、強い繋がりを保てた。 それとは逆に、スクエアに対するアプローチもセガは続けていたが、 SCEとの強力な関係を切り崩すことはできなかった。 同様に、エニックスについてもいえる。両社からドリームキャストへのソフト供給はなかった。 ※尚、エニックスはセガサターン時代に3本のソフト供給を受けている。 元々、ドラクエはセガサターンでの供給を考えていたエニックスだが、 スクエアがPS陣営に就いたことを受けて、セガを蹴ってPSでの供給に切り替えたのだ。 エニックスがセガサターンに残した3本は、セガへのつじつま合わせであり、贖罪の意味があったのだろう。 ドリームキャストに関しては、エニックスはまったく関心を持っていなかったようだ。 また、セガサターン時代から徐々に表面化されてきていたことだが、 ゲームアーツ、トレジャーやソニック(キャメロット)などのメガドライブ時代から支えてきた開発会社との 関係は弱体化している。 これは、ゲーム市場の縮小による各会社の「プラットフォームを絞ってられない」といった止むを得ない事情が 多々絡んでいるのだろうが、 セガ自身がこの実力派開発メーカ達を軽視するようになってきていたという点も少なからずあるはずだ。 【マシン名】
DREAMCAST MODEL:SEAMAN (1999年7月29日発売) 【価格】 \34,800 【メーカー】 セガ 【スペックは通常版DREAMCASTと同等】【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難) ≪極めて難≫ 500台(+2台)しか流通していないので入手は難しい。 当然、価格もプレミアが付いている。 ライトユーザにも多く手渡ったモデルなので、中古市場に流れずに、 処分されてしまった本体も多々あるはずだ。。 ※PSE法適用商品 |
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セガはCSKと共にトヨタ自動車株式会社と提携し、全国のトヨタの系列販売店でドリームキャストの販売を行った。 それが、今回紹介する「TOYOTA系列店販売版 ドリームキャスト」だ。 価格、及びハードの仕様は、通常のドリームキャストとまったく変わらない。 違いは、外箱のパッケージに「売り文句」がプリントされていることと、 付属されてくるドリームキャスト用ブラウザー「ドリームパスポート」が、通常版の内容と多少仕様が異なる点だ。 また、トヨタ系の長距離通信会社である日本高速通信と合併したKDDIが運営するインターネット接続サービス 「NEWEB」へ優先的に接続するような設定となっている。 【補足情報】 ちなみに・・なレベルの話だが、以下はローソン販売版のドリームキャスト。 以下、前回の記事より引き続きドリームキャストについてキーワード単位に考察をする。 【セガハードらしくないドリームキャスト】 ドリームキャストは、今までのセガハード以上に『ライトユーザ』を意識しているハードだ。 ドリームキャスト戦略は、経営が最悪の状態だったセガの社運が掛かっていた。 それ故に、成功する為に、トップシェアハードになる為には、なりふり構っていられないのが実状だったのだ。 この点が、コアユーザの多いセガファンの、『ドリームキャストに対する違和感』に繋がっている。 まず、ドリームキャストは、他ハードの「トップシェアハードになる為の機能」を素直に採用している。 ▽任天堂ハードから採用したもの ・十字ボタンの採用(内部構造的には任天堂の十字ボタンとは違う構造) ・コントロール入力端子を本体に4つ搭載(マルチタップ機能) ▽SCEハードから採用したもの ・メモリーカードに値するビジュアルメモリー方式の採用 ・Windowsベースで開発し易い環境 ▽それまでのトップシェアハードから採用したもの ・ホワイトのボディカラー ・コントローラパッドのボタン配置 以上、ざっと6点が挙がってくる。 (開発環境の改善やホワイトのボディカラーはセガサターンの中期以降から徐々に取り組まれてきている ポイントではある。) これだけでも歴代のセガハードの印象とは、一線を画するものがある。 それでは、セガらしさのまったくないハードなのかというとそうでもない。 コントローラパッド自体は、セガサターンで好評だったマルチコントローラを発展進化させたものであるし、 このパッドにビジュルアルメモリーなどを装着すると「重くて疲れやすい」というような「欠点がある」のも 実にセガらしい。 またメモリーカードに液晶画面と8BitCPUを載せて小型携帯ゲーム機化してしまう発想や、 セガが兼ねてより挑戦し続けた「ネットワークゲーム」を推し進める為、モデムを標準装備させる挑戦なども、 実にセガらしいといえよう。 セガハード伝統のハード販売戦略「逃げ切り先行」もドリームキャストは引き継いでいる。 セガサターンで散々叩かれた「ポリゴン描写性能の弱さ」についても、 当時、最高級のポリゴン描写能力を持つアーケード基盤「MODEL3」の性能と同等、もしくはそれ以上の能力を 低価格で実現させたドリームキャストにセガの意地を感じさせる。 尚、セガはハードの仕様以外にも、 セガ提供のテレビ番組のクレジットを、「SEGA」ではなく「Dreamcast」にした宣伝方法や、 「再販価格維持、中古品売買禁止、同業者間の在庫転売禁止」の3点を小売店に強制した販売方法などを SCEから模倣している。 【マシン名】
TOYOTA系列店販売版 DREAMCAST (1999年2月15日発売) 【価格】 \29,800 【メーカー】 セガ 【スペックは通常版DREAMCASTと同等】【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難) ≪極めて難≫ わざわざTOYOTA系列店まで行ってDREAMCASTを購入する人は多くなかっただろう。 流通量はそれなりに少ないと思われる。 仮に中古市場に流れても、通常版とTOYOTA系列店販売版の区別が非常に難しい。 中古市場での取引価格は通常版のDREAMCASTとほぼ変わらないと考えてよいだろう。 ※PSE法適用商品 |
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オフィシャルなセガのファンクラブ「セガパートナーズ」。 そのセガパートナーズ会員限定で発売された「ドリームキャスト スペシャルモデル」である。 通常版ドリームキャストと同性能、同価格、発売日も同じである。 違いは、入交昭一郎社長のサインとユーザ一人一人の名前のイニシャルが刻み込まれたプレートパネルが GD-ROMの蓋に取り付けられていることだ。(湯川専務の携帯ストラップも同梱されていた記憶もある) まさに注文したユーザだけのスペシャルモデルといえよう。 ※画像について、私のイニシャルが刻まれている部分の画像は加工しています。 以下、前回の記事より引き続きドリームキャストについてキーワード単位に考察をする。 【産業界のプリンス入交昭一郎社長】 ドリームキャスト販売を統括していた当時のセガの社長 入交昭一郎氏は、元ホンダの副社長だった人物だ。 技術者あがりながらも、30代でホンダの取締役に就任するなどの非常に能力の高い人物で 産業界のプリンスとして国内外でその名は知れ渡っている。 1993年にホンダを退社し、GMからの誘いをも断ってセガの副社長として入社した。 1998年に豪腕だった中山隼雄氏より引き継いで社長となった入交昭一郎氏には、 セガの社内外から熱い注目と期待を受けていた。 今回、紹介した『ドリームキャスト スペシャルモデル』などはその期待の現われといっても良いだろう。 実際に、入交社長のフットワークの良さや、人脈、人柄の良さなどが効果的に働き、 ドリームキャスト発売当初は、今までのセガに無い非常に輝いた「新しいセガ」の時代であるといってよいだろう。 しかし、それも長く続くことはなく2000年6月にはドリームキャストの国内販売不振などで決算が3年連続赤字になり その責任を取る形で副会長となる。そして結局同年12月にはセガを退社。 非常に大きな期待を受けながらも、結果がだせず更迭そして退社となった形だが、 それは入交氏が社長として力不足だったからなのだろうか。 兼ねてよりCSK大川功会長とセガ中山隼雄前社長の確執がセガの経営において問題に挙がっていたが、 入交氏が社長に就任し中山氏が副会長に就任しても尚、その構造は変わらなかったようだ。 セガ大川功会長(当時)とセガ中山隼雄副会長(当時)との間で、 入交社長はその力を十分に発揮できなかったと考えるべきだろう。 (事実、後年に入交氏は当時のセガ社長時代についてその確執が経営の障害となっていたことを認めている) 私自身が中山隼雄氏擁護派なので、この確執についての詳細を、客観的には文章に表現できない。 とりあえず言える事は、入交昭一郎氏という非常に優秀な人材を抱えながらも、その力を導き出すことが できなかったのがセガの失敗であり、ドリームキャスト敗退の要因の一つであったことは確実だ。 【マシン名】
DREAMCAST SPECIAL MODEL (1998年11月27日発売) 【価格】 \29,800 【メーカー】 セガ 【スペックは通常版DREAMCASTと同等】【入手容易度】(易/やや難/難/かなり難/極めて難) ≪極めて難≫ セガパートナーズ会員限定での発売というところで、 購入者は相当のセガマニアであったことが推測できる。 また、ユーザのイニシャルが本体のパネルに刻み込まれているのもあって 手放す人はまずいないのだろう。このモデルが市場に出るのはかなり稀である。 以前、オークションで見かけた新品モデルは10万円前後で取引されていた。 ※PSE法適用商品 |




