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(前記事よりの続き)
話を戻します。
占領軍のトップだったマッカーサーは、昭和二十五年六月に起きた朝鮮戦争で、自ら共産軍と戦うことになった。この朝鮮戦争というのは、北朝鮮が中国とソ連の支援を得て、朝鮮半島統一をめざし韓国になだれ込んで来たもので、マッカーサーは辛うじてこれを押し返し、韓国防衛のため、満州にまで戦略を展開しようとしたのです。
で、マッカーサーはこの戦いを通して、始めてわかったのです。明治維新以来ロシアの南下という脅威を受け続けていた日本と、自分が同じ立場になってみて、始めて「日本が国を守ろうとすればどうするであろうか」ということが、マッカーサー自身、身に沁みてわかったのです。
そして昭和二十六年五月の米上院議会で「日本が戦争に突入した動機は、主として、自衛のためであった」という趣旨の証言をしたのであります。
しかし自衛のためであっても、アメリカと日本では国力に差がありすぎた。開戦より三年九ヶ月、満身創痍(まんしんそうい)となって力尽きた日本は、ついにポツダム宣言を受諾した。敗戦したのです。その決め手となったのが、広島・長崎への原爆投下であった。
終戦の詔勅で昭和天皇は「……敵は新たに残虐なる武器を使用して頻りに無事(罪なき民)を殺傷し、惨害の及ぶところ真に測るべからざるに至る。而も尚交戦を継続せんか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。……帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ非命に斃(たお)れたる者、および其の遺族に想を致せば、五内(ごたい)《五臓》為に裂く……」と血を吐くような思いを述べておられる。
【ソ連の参戦】
このような瀕死の日本に、ソ連が参戦して来たのです。
日本とソ連との間では、昭和十六年(一九四一年)四月に日ソ不可侵条約が結ばれていた。にもかかわらず、スターリンは長崎に原爆が投下された昭和二十年八月九日、突如、満州・樺太・千島に一五〇万の大軍と戦車五千両を投大してなだれ込んで来たのです。
この侵攻は、すでに息もたえだえの日本を見て、戦後の分け前を確保しようとの、スターリンの佼措な企みからなされたものです。
さらにソ連軍は、終戦の十三日後に、択捉・国後・色丹・歯舞の北方四島を占領し、その不法占拠は現在にいたるまで続けられている。まさに火事場泥棒です。
それだけではない。ソ連軍が満州になだれ込んだとき、一五五万人ともいわれた日本の居住民に対し、どれはどの残虐行為をしたか。
そのさまは、あたかも飢えた狼が子羊の群れを襲うにも似ていた。日本人の民家に押し入ったソ連兵は、銃でおどして金品を強奪し、殺戮し、婦女子を凌辱し、暴虐の限りを尽くしたのです。
このような残虐行為により、二十四万人以上の日本人一般市民が命を落したのであります。
それだけではない。ソ連は武装解除した日本車兵士約七〇万人を不法に抑留し、これをシベリアの奥地に送り込んで強制労働に従事させた。
この苛酷な労働と、飢えと、寒さにより、七〇万人のうち実に十万人が死に追いやられたのです。
これが、スターリンのソ連が、敗戦時の日本に対して行なった残忍な仕打ちであったのであります。
【侵略戦争ではないが罰】
以上、明治以来の四つの戦争を見てきました。
これを大観すれば、前に述べたごとく、白人の東洋への植民地支配の中でただ一つ独立を保って来た日本が、自衛のため、祖国防衛のために戦った戦争であります。
しかし日清・日露は辛じて勝てたが、日中戦争では泥沼に引きずり込まれ、日米戦争では刀折れ矢尽きたうえに原爆で止どめを剌され、さらにソ連によって領土を奪われた。まさに福運が尽きたのです。
ただし東南アジア諸国は、日本のこの戦争によって、長きにわたる白人支配の植民地から、それぞれ独立できた。これは世界史的意義ともいうべきものであります。
このように、明治維新以来の日本の戦争は、侵略戦争などというものではなく、まさしく祖国防衛戦争であった。
しかし、これを仏法の眼で見れば、このような戦争に引きずり込まれたこと自体が、罰なのであります。
すなわち日本国は七百年前、あろうことか日蓮大聖人の御頸(おんくび)を刎(は)ね奉るという大逆罪を犯しながら、未だに改悔(かいげ)なく背き続けている。ゆえに他国侵逼は歳を逐うて激しくなっているのであります。
【「大闘諍」はこれから】
私は、日清戦争・日露戦争・日中戦争・日米戦争などは、まだ序分であると思っている。いよいよこれから、大聖人ご予言の「前代未聞の大闘諍 一閻浮提に起こるべし」が、事実になると確信しております。
そのときこそ、日本が亡ぶ時、そして同時に、広宣流布・国立戒壇建立の時なのであります。
見てごらんなさい。
地球上では、いまアメリカと中国が、共に人類を絶滅し得るほどの核兵器を持って睨(にら)みあっている。もし戦ったら人類を亡ぼす、いや地球すら壊わすことができる。これこそまさに最終戦争であり、「前代未聞の大闘諍」であります。
そして共産党独裁の中国の核戦力は、いまや米国のそれを凌駕(りょうが)しつつある。すでに米国本土の各都市を核攻撃できるだけの力を中国は持つに至っている。
それだけではない。平松茂雄氏によれば、有人宇宙船「神舟(しんしゅう)」に成功した中国は、米国のミサイル防衛システムをも破壊する「宇宙軍」を二〇一〇年までに作り、米防衛システムを無力化せんとしているという。
もうアメリカの「核の傘」が日本を守ってくれるという時代は終わったのです。大きな地殻変動が起きているのです。
この圧倒的な軍事力を持つ中国が、日本に侵略の鉾先を向けるとき、日本はどうなるか。仏法の道理の指すところ、この恐るべき他国侵逼は必ず起こる。
日本の誰人も、これが日蓮大聖人に背くゆえの大罰とは知らない。だから他国侵逼か起こるとき、政治家も自衛隊も怖じ恐れ、右往左往するだけで、ただ亡国を待つのみとなる。
【忠誠貫く大集団必ず出現】
だがこのとき、大聖人様のお力により、一国を諌める捨身の仏弟子の大集団が出現する――それが顕正会であります。
御在世には戒壇の大御本尊御建立のとき、熱原の法華講衆が出現して大事な御奉公をされたが、これも仏様のお力による。国立戒壇建立のとき、どうして命かけて御本仏に忠誠を貫く仏弟子の大集団が出ぬ道理がありましょうか。
ゆえにいま顕正会員として馳せ参じている者は、ことごとく地涌の菩薩の流類、一人として使命のない者はないのであります。
【日本に残された時間は少ない。】
中国の日本への侵攻は、早ければ二〇一〇年代、遅くとも二〇二〇年代、まさしく「あと十有余年」であります。
大聖人様は、大蒙古の侵略に怯える幕府に対し、こう仰せられた。
一豈(あに)聖人を用いずして、徒(いたずら)に他国の逼(せ)めを憂えんや」と。
久遠元初の御本仏この国にまします。しかるに鎌倉幕府はこの大聖人を怨み、流罪・死罪に処した。このゆえに日本は諸天の責めを受けたのである。ここに大聖人様は「なぜ聖人の言葉を用いずして、いたずらに他国の逼めを憂えるのか」と諌め給うたのであります。
今も同じです。真の天の責めであるならば、いかなる軍事力で守らんとしても及ぶところではない。ただ日蓮大聖人の仏法を立てて諸天の守護を得る以外には断じてない。
ここに、大聖人様に捨身の忠誠を責く三百万の仏弟子と、その先陣たる男子精鋭十万があるならば、日本は必ず救える。そしてこの十万は、三万の結集が成ればもう眼前ではないか。
さあ、三年後の男子部大会を一点に見つめ、男子部は本日より、大地ゆるがす猛進を開始してほしい。しっかり頼む。(ハイッ) (大拍手)
(終わり)
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以上であるが、これを読んで、どんなことを感じただろうか?
率直なところを聞かせていただけると、ありがたい。
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このような話を笑うことは、自分にはできない。
学会でも、30年ぐらい前は、こういう話をしていたし、戸田先生の指導なんかは、ほとんどこれと同じようなものだと思う。
ただ、歴史の捉え方と言うか、解釈の仕方は、こういう仕方ではなかったと思う。
これでは、仏教はまるで必要ないし、こんな話は外部ではできなかろうと思う。
日本は戦争に巻き込まれただけだなんて、まるで、コンビニで500円で売っているような歴史解説のネタ本そのままのような気がする。
2010/2/6(土) 午後 9:18 [ revo2009 ]