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			<title>創価学会員ですが、何か？</title>
			<description>創価学会員ですが、バリバリの活動家という訳ではなく、お茶を濁す程度の信仰しかしていません。だから、自分を通して創価学会を理解されても困るのですが、一応、学会員として、こんなことを考えているというのを、書いていこうと思ってます。
いろんな方からの御意見を、聞くことができたらと思ってます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>創価学会員ですが、何か？</title>
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			<description>創価学会員ですが、バリバリの活動家という訳ではなく、お茶を濁す程度の信仰しかしていません。だから、自分を通して創価学会を理解されても困るのですが、一応、学会員として、こんなことを考えているというのを、書いていこうと思ってます。
いろんな方からの御意見を、聞くことができたらと思ってます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004</link>
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		<item>
			<title>神崎元公明党代表</title>
			<description>★MSN産経ニュース より&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
神崎武法氏&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
衆院は６日の本会議で、公明党の元代表、神崎武法常任顧問が提出していた議員辞職願を許可した。これに伴い昨年の衆院選比例九州ブロックで次点の遠山清彦元参院議員が繰り上げとなる。正式当選は後日開かれる中央選挙管理会の告示による。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なぜ今、神崎さんが辞めるのかを不思議に思っていたが、遠山元議員を繰り上げ当選させるためだったのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Wikipediaによると、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆遠山清彦&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経歴&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価高等学校出身（同級生に竹谷とし子）。&lt;br /&gt;
1993年3月 創価大学法学部卒業。英国ブラッドフォード大学大学院に留学。&lt;br /&gt;
1998年12月 平和学博士号取得。博士論文のタイトルは「戦争と責任：天皇と占領期日本における戦争責任論争」。&lt;br /&gt;
1999年2月 宮崎国際大学専任講師に就任。政治学・国際関係論を教え、2001年まで務めた。&lt;br /&gt;
2001年7月 第19回参議院議員通常選挙全国比例区において公明党公認で初当選（東京・山梨・沖縄重点）。&lt;br /&gt;
2007年7月 第21回参議院議員通常選挙全国比例区において公明党公認で2選（東京・神奈川・静岡・山梨・沖縄重点）。[1]&lt;br /&gt;
2007年9月 参議院法務委員会委員長に就任。&lt;br /&gt;
2008年9月 次期衆議院議員選挙に比例九州ブロックから立候補するため、参議院議員を辞職。&lt;br /&gt;
2009年8月 第45回衆議院議員総選挙に落選。&lt;br /&gt;
2010年公明党代表経験者神崎武法の辞職で繰り上げ当選&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに、参議院から衆議院へと無理な鞍替えをさせられ、その衆院選の比例名簿の順位も、敢えて先輩議員にその順位を譲ったという話もあり、&lt;br /&gt;
また、将来の党首候補として有望視されているのであれば、この話も分からなくはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、なんだかな～という気はする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう不明瞭な動きがあるから、世論調査でみんなの党に負けてしまうのだと思うのだが…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自公連立の象徴であった神崎さんを無理に辞めさせて、いったい何をどうしようというのか公明党は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さすがは公明党！と人に胸を張って言いたいのに、最近は文句しか言えない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに神崎さんについてWikipediaは&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
千葉県立千葉高等学校を経て、1966年東京大学法学部卒業。司法修習20期を経て[1]、1968年検事任官。横浜地検・福岡地検・東京地検・那覇地検検事、内閣審議官などを歴任。1982年に退官、政界入りする。以降、当選9回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
細川連立政権で郵政大臣。1998年に公明党代表に就任すると、翌年の自民党との連立を主導、以後10年に渡る自公協力の中心的な存在だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年4月1日に、健康問題を理由に議員辞職を表明。2002年より腎不全を患い、2003年末から1日3回の腹膜透析を自分で操作して行っていたというが、そのような苦しみをおくびにも出さずに政治活動に励み、神崎に近い公明党幹部ですら透析治療を知らなかった。今後は党常任顧問の地位にはとどまるとともに、東京・福岡で弁護士活動を行うという[2]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「そうはいかんざき（神崎）」のCMで有名になったように、駄洒落好きでもある。また松竹映画『男はつらいよ』シリーズの大ファンであることも公言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
…素直に健康問題だとは思えない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/13082767.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Apr 2010 21:23:20 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>学会批判をする国会議員</title>
			<description>創価学会への批判はあって然るべきものだとは思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、あまりに度を越した批判を執拗に繰り返す人、特に国会議員は、&lt;br /&gt;
不思議にその末路は悲しいものになっているように思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつて、四月会なるものを作って創価学会批判を執拗に繰り返したした自民党の議員達を見ると、&lt;br /&gt;
その急先鋒だった、島村宣伸、白川勝彦などは、惨めな姿を晒したように思えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そしてあの当時、あまりに理不尽な難癖を付けて学会を批判した人で忘れてはならないのが、&lt;br /&gt;
今、話題の人となっている亀井静郵政改革及び金融担当大臣だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この人は四月会の実質的な創設者であり、創価学会批判をはげしく展開したが、&lt;br /&gt;
その後の自公連立の選挙協力では、サラッと公明党からの選挙協力を受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あの時は会員内でも反発が大きかったが、公明党の連立入りのためにはやむを得ないということで、グッとこらえた人も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういうこともあり、最近では亀井さんも、かつてのような創価学会批判はしていないが、&lt;br /&gt;
状況が変わればどうなるのか分かりはしない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今、郵政民営化の流れを逆行させようとしているが、この人は本当に国を憂いているのだろうか？&lt;br /&gt;
かつては利害にとらわれない政治家に思ったりもしたが、やはり自分にはどうにもそうは思えない。&lt;br /&gt;
この人も所詮は、自分の利害だけの人のようであり、だからこそ、創価学会をあれほど批判できたのだと、この頃思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価学会批判が悪いというのではない。&lt;br /&gt;
そのやり方、その内容を見なければならないということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あまりに酷いものをする人、またはした人は、国会議員で見ると、ロクなことになっていない。&lt;br /&gt;
亀井さんのこの頃を見ると、そういうことになりそうな気がして仕方がない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういうことで言えば、民主党の石井一や興石東さんも、たぶん政治家としてロクな終わり方はしない。&lt;br /&gt;
そういう気がする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・以上、個人的な感想でした。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/12052075.html</link>
			<pubDate>Thu, 25 Mar 2010 20:19:53 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>オーランド・ブルーム</title>
			<description>オーランド・ブルーム&lt;br /&gt;
Orlando Bloom&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本名 Orlando Jonathan Blanchard Bloom&lt;br /&gt;
生年月日 1977年1月13日（33歳）&lt;br /&gt;
出生地 イングランド ケント州カンタベリー&lt;br /&gt;
国籍 イギリス&lt;br /&gt;
活動期間 1994年 -&lt;br /&gt;
主な作品&lt;br /&gt;
『ロード・オブ・ザ・リング』三部作&lt;br /&gt;
『パイレーツ・オブ・カリビアン』三部作&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価学会インターナショナル（SGI）の熱心な会員であると英国内でも知られており、2009年11月の来日時には、創価学会の本部幹部会に出席して挨拶のスピーチをした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
グローバルクリーンの活動をしており[8]、シーシェパードの支援者でもある [9]。2009年10月12日にUNICEFの親善大使に任命された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(Wikipediaより)&lt;br /&gt;
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
映画とかを見ないので、オーランド・ブルームという人をまったく知らなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本幹に出てきた時も、熱心な海外のメンバーなんだなぐらいにしか思わなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先生から頂いたリンゴをブロンズにしてしまうというのには驚いたが、有名なハリウッドスターだというのにも驚いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、この人、シーシェパードの支援者なんだ。&lt;br /&gt;
それにもちょっと驚いた。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/11724198.html</link>
			<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 16:34:20 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>最近の公明党と民主党</title>
			<description>民主党政権の発足から半年が経った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公明党に投票はしたが、他の多くの人と同様に、&lt;br /&gt;
民主党が日本を変えてくれるという期待を、自分も持ってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、現時点で言えば、この期待は見事に外れたし、今後もどうやら外れ続けていくように思える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
事業仕訳、八ッ場ダム、核の密約の問題では、&lt;br /&gt;
確かに自民党政権下からの変化を印象づけたし、それなりの成果であったと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、首相と幹事長の金銭スキャンダル、脱官僚、外国人参政権、高速道路無料化、普天間基地、子供手当て、高校無償化等々、&lt;br /&gt;
野党時代に言ってきたこととは逆のことばかりをし、&lt;br /&gt;
これで本当に日本が良くなるのだろうかと、疑いたくなることばかりをしているように思える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正直、ここまででは、差し引きしたらかなりのマイナスの評価だし、&lt;br /&gt;
今後、それが改善される要素があまり見当たらない。&lt;br /&gt;
と言うより、ますます酷くなっていく可能性が極めて大きいと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今までは、「それでも自民党政権よりはまだ少しだけマシだ」と思えたが、&lt;br /&gt;
小沢幹事長を批判したら、副幹事長が即解任されるようでは、&lt;br /&gt;
かつての自民党の方がまだまともだったような気がする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この危ない民主党に、公明党が接近していると言われている。&lt;br /&gt;
民主党が公明党に擦り寄った、いや、公明党の方が民主党に擦り寄ったなどと言われているが、&lt;br /&gt;
しかし、そんなことは問題ではないように思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
問題は、自公時代をまるで総括せずに済ませていることと、&lt;br /&gt;
民主党に対してほとんど無批判状態でいること。&lt;br /&gt;
そして、日本を変えて欲しいという多くの国民の期待に、&lt;br /&gt;
公明党はどう応えるのかという具体的なものがまるで示されていないことだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小沢幹事長とのパイプを持つ元公明党書記長の市川雄一さんが、再び党の役職付いたり、&lt;br /&gt;
何の意図があってか、秋谷前会長が久しぶりに本部幹部でスピーチを代読したりと、&lt;br /&gt;
かつての功労者を再び表に出すのは、民主党との関係重視からだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、何のためにそうすのか？&lt;br /&gt;
民主党と協力関係を築くことによって、公明党はいったい何をしようというのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それを明確にしなければ、&lt;br /&gt;
いくら「政策の実現には与党であることが第一だ」と言っても、&lt;br /&gt;
多くの国民はおろか、創価学会員からも理解は得られないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつては、自民党が政治腐敗の悪の根元だと批判しながらも、あっさりと自公連立を組み、&lt;br /&gt;
前回の選挙では、自公の実績を強調し、民主党を批判しながらも、&lt;br /&gt;
今度はまた、あっさりと民主党と組むと言うのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それならそれで、せめて大義名分を掲げて欲しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でないと、厳しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにしても、民主党は日本をどうしたいのか？&lt;br /&gt;
最近本当に不安に感じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな時にこそ、公明党にしっかりしてもらいたいのに・・・。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/11566783.html</link>
			<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 15:02:21 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>秋谷栄之助会長の日本外国特派員協会でのスピーチ　 ～創価学 会の政治姿勢について～</title>
			<description>創価学会会長 秋谷 栄之助（１９９５.１.１８)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本日は伝統ある日本外国特派員協会よりお招きを受けまして、このような機会を与えていただき大変に光栄に存じております。大変にありがとうございます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1、創価学会とは何か&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本日は「日本の政治に対する創価学会の基本的態度」というテーマでお話をさせていただくわけですが、その前段として創価学会とはどういう団体であり、何を目的にしているのか、という点につきまして簡単にお話をさせていただきたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価学会は大乗仏教を根本とした仏教団体であります。今から約２５００年前、釈迦によってインドに誕生いたしました仏教は、北伝の大乗仏教、南伝の小乗仏教に分かれてアジア各地域に流布されました。このうち北伝の大乗仏教は、中国・朝 鮮半島を経て日本に伝来し、その後、約700年前、日蓮大聖人によってその根本精 神が継承・展開されました。創価学会はその日蓮大聖人が展開した大乗仏教を信仰する在家の仏教団体であり、仏教の正統を私どもは自負しております。因みに、私どもが日々唱えている経典は釈迦仏法最高峰の経典である法華経を用いております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価学会は初代会長牧口常三郎、二代会長戸田城聖の二人によって１９３０年に創立され、１９５２年に新しく施行された宗教法人法にもとづいて認証された宗教団体であります。現在は、全国に８１２万世帯、１０００万人を超える会員を擁しており、 また、会には儀式行事を行い、会員の信仰を教化育成する教師を独自に有しております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした在家による仏教団体・創価学会の誕生の意義につきましては様々な観点から語ることができますが、最大の意義は、形骸化してしまった日本の仏教を現代に、そして民衆の中に蘇生させたことであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この数年、私どもが仏教本来の在り方を、僧侶集団である宗門に問い続けてきましたのも、まさに「現代の仏教における宗教改革」という観点からでありました。すなわち、私どもが宗門に問うたのは、民衆から遊離した形式主義、宗教的権威のもとに信徒を従属させようとする、その体質でありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
巷間、「葬式仏教」と指摘されるように、日本の仏教がその本来のみずみずし い精神性を失ってしまい、儀式・形式の宗教に陥ってしまったその原因は、江戸 時代、徳川幕府によって行われた「檀家制度」と呼ばれる宗教政策にまで溯らざる を得ない、と思っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
徳川幕府の宗教政策というのは、全ての人々を自身の信仰とは関係なく、地域ごとに強制的に寺院に所属させ、各寺院に徳川幕府の戸籍制度を代行させるというシステムでありました。その結果、寺院と信徒との制度的従属関係が出来上がってしまい、僧侶は布教の努力をせずとも、信者が布施をもって寺へ来ることにより経済的保証がなされ、仏教の形骸化が進んだという歴史的経過があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後も現代に至るまで、日本の仏教は専ら儀式・形式を行うという歴史をた どってきました。したがって、僧侶は葬儀や法事を行う、あるいは亡くなった人に戒名をつける、そのことで生活を成り立たせるという職業的な存在となってしまいました。仏教の形は残ったけれどもそこには信仰心は伝わらなくなってしまい、また、活力ある信仰活動も失われていったのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏教は本来、人間ひとりひとりの人生、現実の生活において、人々に希望と勇気を与え、崩れることのない幸福境涯の確立を目指すという、生きるための宗教であったはずであります。私ども創価学会は、その仏教本来の姿に立ち戻って、そしてこれを実践していこうということで今日まできました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2、創価学会の活動とSGI&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価学会の活動としては、まず、全国各地の約1000の会館を中心に法要や勤行 会等の宗教行事を行いますが、そこに会員の皆さんが参加をされます。さらに、地域ごとに開催される信仰の語らいの場・座談会や教義の研鑚の場にも会員の皆 さんが参加をされます。また、自身の信仰の実践活動をする。こうしたことが会員の皆さんの基本の活動であります。ひとりひとりの日々の祈りとともにこれら の活動が全国で活発に展開されております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あえて創価学会の活動を御紹介しましたのは、仏教団体としてこうした信仰活動が日常の基本の活動であり、政治活動を専らにしているわけではないことをおわかりいただきたいからであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本年は１９３０年の学会創立以来、６５周年を迎えますが、今日、その活動は個人の幸福の確立を目指すとともに、平和・文化・教育への貢献等、社会的にも大きな広がりをもつに至っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１９７５年には創価学会インタナショナル（ＳＧＩ）が結成されました。これは、世界各地にいる創価学会のメンバーがその国ごとに結成した法人・団体が加盟している創価学会の国際団体であります。日本の創価学会も加盟団体の一つということになります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ＳＧＩの目的は「日蓮大聖人の仏法の理解を広め、個人の幸福とその国及び社会の繁栄を目指し、仏法を基調とする平和・文化・教育に寄与する」ことであり、ＳＧＩはそのための各種の活動を行うにあたり、必要な信仰指導、活動のための連携、調整を図る機能をもっております。現在、ＳＧＩには７６ヵ国・地域の７６団体が加盟しております。ただし、会員の居住国は１１５ヵ国・地域に及んでおり、日本を除く会員数は約１２６万人になっております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3、創価学会と政治&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、次に、なぜ、創価学会がわが国の政治に関わりをもつようになったのかについてお話をしたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私どもが政治に関わりをもった動機の一つは、庶民大衆の手に、政治をより身近なものとして取り戻していきたい、という願いであり、そして哲学なき政治に慈悲の精神を反映させたいという思いからでありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価学会が会員の中から議員を政治の世界に初めて送り出したのは１９５５年の統一地方選挙でありました。当時の創価学会は全く無名の庶民の集まりでした。いわゆる未組織労働者であり、中小零細企業で働く人々が多く会員におりました。日本の社会にあって、政治的にも経済的にも、なかなか政治の光が当たらず、ともすれば社会から疎外されがちな庶民大衆が創価学会の集まりであったわけです。私どもは、こうした人々に、政治の光が当たらなければならない、それが本来の政治の役割でなければならないと考えたわけであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうした考えに基づき、私どもは当初は「公明政治連盟」、その後に「公明党 」を結成し、その支援をしてまいりました。この間、腐敗政治の追放や福祉・平和への努力をする中で、日本に中道政治の流れを作ることができた、と考えてお ります。その意味で、公明党がこの３０年間にわたる日本の政治に果たした役割を私どもは評価しております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、もう一つの動機というべきものに、第二代戸田城聖会長が当時の青年に語った言葉があります。それは「青年よ、心して政治を監視せよ」との呼び掛けでありました。これは一般民衆の政治への無関心が政治を堕落させる。ゆえに、政治に対して青年は鋭い考察と眼をもって厳しく監視していくべきである。そうでなければ、将来における本当の政治はない、との警鐘の言葉でありました。当時、私どもは青年としてこのことに深く共鳴をいたしました。そして、真の政治改革は民衆が賢明になり、すぐれた選択をし、よき政治家を選ぶことが基本であると考えたのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、より重要な動機は、宗教者の自由な活動と権利、すなわち「信教の自由」を守るためでありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二次世界大戦中、当時の軍部政府は国家神道のもと宗教統一を推し進めましたが、創価学会はこれに抵抗し、弾圧を受け壊滅状態となりました。そして、初代牧口会長を獄中で失うという殉教の経験をもっております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先程お話をした徳川時代の檀家制度といい、この戦時中の国家神道といい、近代の日本では宗教は常に権力に従属するという関係を強いられ、本当の意味の宗教の主体性というものはなかったと私は思っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私どもが、わが国において政治との関わりをもつようになったのは、このように基本的人権がおろそかにされてきた日本の民主主義の後進性という特殊な状況を打破していかなければならないとの判断があったからであります。民主主義の発展のためには、欠くことのできない「信教の自由」を確立するためにも、政治との関わりの必要性を痛切に感じていたわけであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、ＳＧＩ加盟の各国の団体におきましては、政治活動はしないという方針をＳＧＩとして申し合わせ、確認しておりますことを付け加えておきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4、今後の日本の政治に対する態度&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次に、今後の日本の政治に対する創価学会の態度について申し上げておきたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いわゆる「５５年体制」が崩壊し、新しい選挙制度とともに政界再編の流れが本格化していくなか、私たちが支援してきた公明党も昨年１２月に解党し、地方議員を中心とした草の根の党「公明」の結成と大半の国会議員による新進党への合流というそれぞれに新しい出発を果たしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昨年１１月に発表した「今後の政治に関する基本的見解」はこうした戦後政治の歴史的な節目にあたり、今後の創価学会の政治に関わる基本的な考え方について改めて確認したものであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すなわち、これまでの公明党一党支持を見直し、今後の選挙においては候補者 個々の政治姿勢、政策、人格、見識、これまでの実績及び創価学会の理念に対する理解などを考慮し、人物本位で対応することを基本とする。 また、政党支持においてはこれまでのように常に特定の政党を支持する立場は とらず、フリーハンドで臨み、選挙ごとにその都度、態度を決めていくこととする。その際には 「人権と信教の自由」 「平和と国際貢献」 「文化と福祉」 「庶民感覚と清潔な政治」等の視点で総合的に判断する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上を原則として確認致しました。 この原則に基づいて、当面の国政選挙においては、長年にわたって支持してき た旧公明党の議員が参加する経緯もあり、改革に取り組む姿勢等を考慮し、新しく結成された新進党を支持することを決定しております。また、地方議員中心の 新党「公明」については庶民の生活に密着した「草の根」の地方政治を推進していくとの結党の趣旨を尊重し支援していくことを決めております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後に、政界を取り巻く様々な環境が変化する中、創価学会と政治との関係について今日再び「政教一致」などとの批判の声が一部にありますが、この点についても一言触れさせていただきたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国憲法の政教分離の原則は、「信教の自由」を保障することが目的であります。そのために、憲法は国家権力が宗教に介入、関与することを厳しく禁じております。これは先の第二次大戦における日本の軍国主義の精神的支柱となった国家神道の存在、すなわち「祭政一致」のような状況によって戦争へと進んだことへの深い反省の上から明記されたものであることは論をまたないところであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、それは国家と宗教の関係をいうのであり、宗教団体が政治活動や選挙支援をすることを決して禁じたものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国家権力が宗教を支配してはならないし、宗教が国家権力を支配してもならない―この政教分離の原則に基づく考え方は私どもにとって不変であり、今後も私どもはこの原則を貫いていく所存であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上を申し添えて、十分に語り尽くせませんが本日の話とさせていただきます。御静聴ありがとうございました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/11006063.html</link>
			<pubDate>Thu, 11 Mar 2010 18:37:24 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>どうなることやら…。創価についての気になること２つ。</title>
			<description>◆小沢氏、創価学会幹部と会談＝参院選後の連携にらみか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2月28日23時18分配信 時事通信&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　民主党の小沢一郎幹事長が26日、公明党の支持母体である創価学会の幹部と都内で会談していたことが28日、関係者の話で分かった。民主、公明両党が接近し始めた中での小沢氏と学会幹部の会談だけに、夏の参院選後の連携を探る動きとして憶測を呼びそうだ。&lt;br /&gt;
　昨年8月の衆院選後、小沢氏と学会幹部の会談が明らかになったのは初めて。会談には、民主党の輿石東参院議員会長が同席した。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://c.2ch.net/test/-/wildplus/1267382286/i&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://c.2ch.net/test/-/wildplus/1267382286/i&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いつも選挙の時に快く公明党に投票をしてくれる近所の知り合いさん、&lt;br /&gt;
「公明党と民主党がくっ付くようになったら、そん時は、悪いけど公明党には入れないから」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そりゃあ、そうだよな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この先どうなることやら…と、不安に思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
◆中国　程永華・新駐日大使が着任　知日派ぶりアピール&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2月28日21時28分配信 毎日新聞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国の新しい駐日大使、程永華氏（５５）が２８日、着任した。成田空港で記者団に対し「日本は４年ぶりだが、今回は駐日大使として来た。使命の重大さを実感しており、両国関係の発展に一生懸命取り組みたい」と抱負を語った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　程大使は「飛行機の窓から富士山が見え、とても懐かしかった」と述べ、「多くの友人と再会できることも楽しみだ」と知日派ぶりをアピール。日中関係の課題について「これまでに積み上げた両国関係の成果を基礎に、さらに政治、経済両面で協力を深め、両国民の理解と友情を増進したい」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　また、鳩山政権への見方を問われ「現在の中日関係は両国の指導者がともに重要視している。友好協力関係の増進に努力されていることを目にしてうれしく思う」と答えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　鳩山由紀夫首相が５月開幕の上海万博に合わせて訪中する可能性については「そういうきっかけにおいて、首脳レベルの友好を深めていければと思う」と期待感を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　程氏には創価大留学を含めて計２０年近い日本駐在経験があり、日本語も堪能。０６年からマレーシア大使、０８年から韓国大使を歴任。日本の政財界に幅広い人脈を持っている。【米村耕一】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://c.2ch.net/test/-/wildplus/1267381945/i&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://c.2ch.net/test/-/wildplus/1267381945/i&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創価大学って伊達に世界平和を謳ってる訳じゃないんだなと、単純に驚いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たまたま創価大学に留学しただけという見方もあるけど、しっかりと世界的なネットワークを広げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多分、中国だけでなく、他の国々にも広げているんだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この先どうなることやら…と、頼もしく思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/10308479.html</link>
			<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 06:05:22 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>國母選手騒動について</title>
			<description>バンクーバー五輪、二つのメダルに湧いているが、競技ではなく、服装と態度での変な盛り上がりも、いまだに収まっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ネット上でも、國母選手に対しては相変わらず厳しい意見が多いようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに、あの服装と態度には不愉快な思いを禁じ得ないし、非難されて然るべきだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
けれども、世間はいささか過剰に反応し過ぎではないだろうか？&lt;br /&gt;
自分には、なせ多くの人がこれほどの反応をするのかが正直分からない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世間知らずな子供が、ちょっと生意気だったというだけのことではないのか？&lt;br /&gt;
それを、こうまでバッシングし、やれ、「日本の恥だ、強制送還だ」、やれ、「あんなを税金使って行かせることはない、代表としてのプライドはないのか？」と言うのには、全体主義に通じる何か危険なものを感じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オリンピックは、ある意味の国威発揚、ナショナリズムを喚起させ、メダルへのその期待は大きくなる。&lt;br /&gt;
しかし、その行き過ぎで自殺までしてしまった選手が過去にいたことを思うと、過度の期待はどうなのかと考えてしまう。&lt;br /&gt;
何十年前の日本と今の日本は変わっていない。これは良いことなのか、悪いことなのかと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いったいオリンピックとは何なのか？&lt;br /&gt;
日の丸を背負って戦うことに、どんな価値があると言うのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その価値を知るのは、実際に日の丸を背負って戦った人だけで、外野である自分たちが云々するものではない気がする。&lt;br /&gt;
自分たちの多くは、ただ無責任な期待を寄せるだけでしかないではないか。それを、｢日の丸を背負って｣などと責任を押し付けて、なんだか勝手な話だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
単にスポーツの祭典、直接的な利害が無い自分たちは、競技を楽しめるだけで充分で、ちょっと常識を弁えない生意気な子供が出たことで、｢同じ日本人として恥ずかしい｣などと思う必要はなく、恥ずかしさを感じるならば、もっと他のことで感じるべきだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やれ制服が大事だ、服装の乱れは心の乱れだとか言うが、自分たちが中高生の頃を思い返せ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
國母選手、技はオリンピック級でも、心はまだ高校生。高校生がものを知らないことに腹を立ててバッシングするよりも、まずは競技をきちんとさせて、その後に注意するという方が、自分は健全な日本だと思うのだが、どうなのだろう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オリンピックについてと、日本人としての愛国心。それによって見えてくるものと、見えなくなってしまうもの。それを、もう一度見直してみても良いのではないだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分にとっては、見えなくなってしまうものの方が怖いような気がする。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/9439009.html</link>
			<pubDate>Tue, 16 Feb 2010 20:15:58 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>「人間主義の最高峰を仰ぎて」　～　池田大作名誉会長　トリブバ ン大学での講演　２～</title>
			<description>第三に申し上げたい「智慧」のメッセージは、「&amp;quot;智慧&amp;quot;よく&amp;quot;知識&amp;quot;を活かす」という価値創造の道であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
貴大学で、最先端の学問を修得なされた皆さまの姿に、私は、カピラバストゥの城で、学びに学んだ釈尊の青春を想起するのであります。&lt;br /&gt;
若き王子たる釈尊は、天文学・医学・法律学・財政学・文学・芸術等々、あらゆる学問に取り組みました。&lt;br /&gt;
「他人を苦しめるような呪法を学ばず、すべての民のためになる知識を学べ」――これが、釈迦族の帝王学だったのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が感嘆するのは、人々の苦悩を救いゆく釈尊の一生にあって、青年時代までの学問が、ことごとく活かされているという事実であります。&lt;br /&gt;
だからこそ釈尊は、王にも、農民にも、当時、勃興しつつあった商人層にも、「随宜説法（機根にしたがって法を説く）」「応病与薬（病気に応じて薬を与える）」というように、それぞれにふさわしい譬喩や道理を駆使しながら、法を説くことができたと思うのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「核」と「遺伝子」に象徴される現代の科学知識の発展は、それを人類全体の幸福のために使うか、それとも個人や民族や国家のエゴのために使うかを、今、厳しく問われております。&lt;br /&gt;
いまだに、核抑止論という自らつくった&amp;quot;恐怖の均衡&amp;quot;政策から脱却もできない世界の現状は、残念ながら、エゴを克服できないまま、暴力、武力等に屈服している哀れな、悲しい姿といわざるをえません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
釈尊の遺誡に、「心の師とはなるとも心を師とせざれ」（「曾谷入道殿御返事」御書1025頁）とあります。&lt;br /&gt;
心に渦巻く煩悩（暴力性や貪欲性）に左右されず、支配されず、またそれを無理やり消滅させるのでもない。自らが「心の師」となって、煩悩をも価値創造の方向へリードしていきなさい、との教えであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その「心の師」となるのが、人間生命の内奥より薫発されゆく「智慧」なのであります。そして、この「智慧」は、人間のために、民衆のためにという「慈悲」の泉があって初めて、限りない作用があることを知らなければなりません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２． 慈悲の大海&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次に、 釈尊の人格を構成するもう一本の柱は「慈悲の大海」の姿であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
慈悲の第一のメッセージは、「人類の宇宙的使命は慈悲にある」という使命論であります。&lt;br /&gt;
釈尊にとって、まさに「宇宙は慈悲の当体」であり、自らの振る舞いは、その慈悲の体現でありました。&lt;br /&gt;
宇宙の森羅万象は、一切が「縁起」、すなわち、縁りて起こっている。お互いに支え合っているがゆえに、何ひとつ無駄なものがない。また意味がないものはあり得ないというのであります。&lt;br /&gt;
その相互依存の「糸」を活用して、宇宙は生命を育み、この地球上には、人類をも誕生させたわけであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏法では、現代天文学の知見とも一致して、この大宇宙の他の天体にも、知的生命が活躍していると論じております。&lt;br /&gt;
まさしく、宇宙それ自体が創造的生命体であり、尊い慈悲の顕在化であると見ることができるのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
釈尊は、生まれ故郷である貴国を目指していたとも推察される&amp;quot;最後の旅&amp;quot;の途上、訪れた町で豊かに生い茂る木々を見つめながら、繰り返し、「楽しい」「楽しい」 、「美しい」「美しい」との感慨を漏らしておりました。&lt;br /&gt;
生涯、広大な大地を歩きに歩き、民衆救済の平和旅を貫いた釈尊の慈悲が、宇宙生命の永遠なる慈悲の律動と共鳴していた姿であると私は信ずるのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翻って、近代が直面している一番大きな課題は、「生きる意味の喪失」であります。&lt;br /&gt;
何のために生きるか。人間とは、一体、何か、人間は何のために生きるのか――。&lt;br /&gt;
生きる「意味」を見失った現代人は、「意味への渇望」に身を焼きながら、社会からも、自然や宇宙からも孤立し、疎外感のなかを、さまよい続けております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏法の慈悲論は、この地球上に誕生した人類の使命は、宇宙の慈悲の営みに参画し、その創造のダイナミズムを高めつつ生き抜くことにあると明示しております。&lt;br /&gt;
つまり、万物を育み、繁栄と幸福に導く慈悲の行動こそ、宇宙より人類に託された使命であり、この使命の自覚と達成にこそ、「生きる意味」があると釈尊は呼びかけているのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような慈悲論は、今日において、一人一人の人間を尊重しゆく「共生の文化」を養い、地球環境と共栄しゆく「自然観」を培っていくことでありましょう。&lt;br /&gt;
そして、更には、「分断」から、「結合」へ、「対立」から「融和」へ、そして「戦争」から「平和」へと人類史を軌道修正させゆく、菩薩道の行動を促してやまないのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
釈尊の慈悲が送る第二のメッセージは「ヒマラヤのごとく悠然と」であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すなわち、確立された「不動の自己」こそが、大慈悲の基盤となるからであります。 &lt;br /&gt;
一切衆生を潤す釈尊の慈悲の大境涯は、まさしく、嵐があろうと何があろうと厳然として微動だにもしない、ふるさと「ヒマラヤ」の秀峰をほうふつさせております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「善き人たちは、雪の山（＝ヒマラヤ）のように、遠くから輝かせる。だが、悪しき者たちはここにあっても見られない。夜放たれたもろもろの矢のように」（宮坂宥勝 『真理の花たば法句経』 筑摩書房）と述べているように、釈尊が目指した理想の人間像とは、白雪をいただきながら、いつも悠然とそびえ立つヒマラヤの不動の姿がイメージされていたにちがいありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多くの識者が指摘するように、自由や平等が主張されると、良い意味でも悪い意味でも社会は変動常なき状態に置かれます。&lt;br /&gt;
そうであればあるほど「不動の自己」が確立されないと、他人と比較することばかりに気をとられ、知らずしらず嫉妬や怨嫉という情念に支配されてしまうのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆえに、こうした縁に紛動されぬ「不動の自己」は、いつの時代にあっても、社会に安穏をもたらす原点であります。&lt;br /&gt;
そして、現代ほど、その原点の要請が重要なときはないと感じるのは私一人ではないと思うのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だからこそ、「自らを依所とし、 法を依所とすべし」という釈尊の弟子への遺訓は、そのまま、宇宙究極の法と一体化した「不動の自己」(大我）へと導く、人類への遺訓であるといえないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後に、第三の慈悲のメッセージは、「自他ともの幸福を目指せ」という行動論であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近代人権思想の勝ち取ってきた最大の遺産が「個」の尊厳であることは論をまちません。しかし、この問題は、制度的な保障だけですむものではない。&lt;br /&gt;
それどころか、現代人は、自らの主張にのみ専念するあまり、他者の存在を見失い、その結果、肝心の自分自身の依って立つ基盤さえぐらついてしまっているのであります。&lt;br /&gt;
他者と自身の関係性を、釈尊は次のような言葉で表現しております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人はおのれより愛しいものを見出すことはできない&lt;br /&gt;
それとおなじく他の人々にも、自己はこのうえもなく愛しい&lt;br /&gt;
されば&lt;br /&gt;
おのれのこよなく愛しいことを知るものは&lt;br /&gt;
自愛のために、 他のものを害してはならない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（増谷文雄 『仏陀のことば』 角川書店）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人間、「自分」ほど大切なものはない。 ゆえに、「我が身に引き当て」、「他者」を大切にすべきである――まことに無理のない自然な語り口のなかで、相互に「他者」の存在、相手の立場に立ち、共感することこそ慈悲の第一歩であると釈尊は説いているのであります。&lt;br /&gt;
孤独な現代人の心の病を癒す「良薬」は、ここに求める以外にないと思うのは私だけではないでありましょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
釈尊は、成道してから、その法を人々に説こうか、説くまいか、大いに躊躇し、葛藤しております。&lt;br /&gt;
説けば必ず、無理解な批判や迫害が沸き起こるであろう。あえて人に語らず、自分一人で、静かに法悦を味わってもよいのではないか……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
皆さま方のほうがよくご存じと思いますが、仏伝によれば、この逡巡する釈尊の前に、梵天（ブラフマン）が現れ、「前進か後退か」「幸福か不幸か」「栄光か悲惨か」、そうした分岐点に立たされている人々のために、ぜひとも、教えを説くよう懇請したといわれております。&lt;br /&gt;
この「梵天の勧請」が、釈尊の「自己」の中に「他者」を復活させ、自他ともの崩れざる幸福へと進みゆく、真の「仏」の誕生の契機となったとされているのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「一切衆生の病むがゆえに我病む」&lt;br /&gt;
釈尊の心の中には、常に、生老病死の苦悩に喘ぐ民衆の呻き声が響いておりました。時を超え、国を超え、釈尊は、こう呼びかけているのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「汝の心のうちに『他者』を復活し、自他ともの幸福を満喫せよ」 と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ゆえに、13世紀の日本の日蓮も、「法華経」を解釈しつつ、「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」（ 「御義口伝」御書761頁） ――自他ともに、智慧と慈悲をもっているのが、本当の「喜び」である――と応えているのであります。&lt;br /&gt;
それは「第三世代の人権」、すなわち「平和な国際秩序」と「健全な地球環境」を創出しゆく「連帯権」にも通じていると、私は思うのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした人間主義の連帯こそが、それぞれの国に個性豊かな繁栄を築きながら、人類全体の栄光を開きゆく光源となるでありましょう。&lt;br /&gt;
使命深き皆さま方が、大鵬のごとく、智慧と慈悲の翼を広げ、「平和と生命尊厳の21世紀」へ飛翔されゆくことを、私は念願し、また確信する次第であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結びに、皆さま方のこれからの人生が、「希望」と「健康」と「幸福」に包まれゆくことを心から祈りつつ、私の大好きな貴国の詩人ギミレの雄渾なる「青年よ」の一節を申し上げ、私の祝福のスピーチを終わらせていただきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
夜明けの光が雪の山頂を照らし&lt;br /&gt;
清新な活力が&lt;br /&gt;
英雄の腕に湧き出ずる&lt;br /&gt;
おお青年よ&lt;br /&gt;
その朝日の光の矢をたぐり寄せ&lt;br /&gt;
君が触れることによって&lt;br /&gt;
新しい波を起こしたまえ&lt;br /&gt;
そして君の指で&lt;br /&gt;
世界を覚醒させたまえ&lt;br /&gt;
新たな躍動の世界へと&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ご清聴、 ありがとうございました。&lt;br /&gt;
ダンニャバード （ありがとうございます）。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/8942246.html</link>
			<pubDate>Tue, 09 Feb 2010 23:13:01 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>「人間主義の最高峰を仰ぎて」　～　池田大作名誉会長　トリブバ ン大学での講演　１～</title>
			<description>創価学会公式サイト&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.sokanet.jp/sg/FWIM/sn/soka-info/achievements/achievements_02.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.sokanet.jp/sg/FWIM/sn/soka-info/achievements/achievements_02.html&lt;/a&gt;より&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1995年（平成７年）11月２日　&lt;br /&gt;
インタナショナル・ コンベンション ・ センター （ネパール）&lt;br /&gt;
トリブバン大学での講演&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「人間主義の最高峰を仰ぎて　  ―　現代に生きる釈尊」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ナマスカール（尊敬する皆さま、こんにちは）。&lt;br /&gt;
尊敬するジョシ総長代行並びに副総長はじめ諸先生方。また、ご来賓の先生方。そして卒業生の皆さま。更に、すべてのご臨席の皆さま。本日は、釈尊生誕の地であり、憧れのネパール・トリブバン大学の卒業式で講演の機会を与えてくださり、私は大いに喜び、名誉に思っております。&lt;br /&gt;
心より御礼申し上げます。ありがとうございました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アジアを代表する最高峰の貴学府より、かくも晴ればれと学位記を授与されました皆さまに、私は最大に祝福を申し上げます。&lt;br /&gt;
授記に際して、まことに厳粛な宣誓がなされる光景に、私は心から感動いたしました。&lt;br /&gt;
この気高き誓願を抱く、21世紀の若きリーダーの前途に思いをはせるとき、私の胸は希望に高鳴るのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本日は「人間主義の最高峰を仰ぎて――　現代に生きる釈尊」 と題して、皆さまとともに、この偉大なる&amp;quot;人類の教師&amp;quot;が残した精神的遺産を、「智慧の大光」「慈悲の大海」という２つの角度から、考察してみたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
荒れ狂う怒涛のなか、 &amp;quot;海図なき航海&amp;quot;を余儀なくされている現代人の姿を目にするとき、私は、貴国の偉大な詩人バーラクリシュナ・サマの詩の一節を思い起こすのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無知の少年がするような言い争いは避けよう&lt;br /&gt;
不和を解消し繁栄を享受し盲信を棄て去ろう&lt;br /&gt;
人間主義を信奉し自他ともに生き抜くのだ&lt;br /&gt;
真理の探究と善行の決心を&lt;br /&gt;
競い合おうではないか&lt;br /&gt;
おお世界よ&lt;br /&gt;
私が息を引き取る前に&lt;br /&gt;
核兵器の脅威を取り除いておくれ&lt;br /&gt;
永遠の平和の歌声で&lt;br /&gt;
戦争の二字を消しておくれ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（「さらば、 おお世界よ、 さらば！」）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦乱の世紀にあって、砂漠で水を欲するように、痛切なまでの平和への希求であります。それは、ネパールの人々の美しき心情そのものでもありましょう。&lt;br /&gt;
そして、その水源のありかを探し求めようとするとき、巨大な姿を現してくるのが、人々に平和と安穏をもたらそうと肝胆を砕き続けた、かの釈尊の「人間主義の最高峰」ともいうべき「智慧」と「慈悲」ではないかと思うのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１．智慧の大光&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
釈尊が放つ「智慧の大光」の第一は、「生命の宝塔を輝かせよ」とのメッセージであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近代の幕開けから20世紀末の今日に至るまで、人間社会の営みは、科学技術の発展、産業・経済の成長など、量的な拡大を主眼とする「進歩主義」への強力な信仰に支えられてきたといってもよいでありましょう。&lt;br /&gt;
しかし、そこには、思わぬ落とし穴が待ち構えておりました。人々が、酒に酔っているように「進歩主義」の夢を追い続けているうちに、「青写真」のために「現実」が、「未来」のために「現在」が、「成長」のために「環境」が、「理論」 のために「人間」が、ないがしろにされてしまったという事実であります。ここに、今世紀の悲劇がもたらされたのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした人類の現状に対して、釈尊の智慧は、人間の「生命それ自体」に立ち返っていくことこそが最も重要であると、提起しております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
釈尊の教えの精髄とされる「法華経」には、壮大にして荘厳なる宝塔が登場いたします。&lt;br /&gt;
それは、まさしく、人間の内奥に広がる宇宙大の生命を象徴しております。&lt;br /&gt;
小宇宙というべき豊潤な「生命」の開拓こそが、釈尊の生涯をかけた主題であったと思うのであります。&lt;br /&gt;
近年、「人間開発」という指標が強調されている趨勢を見るにつけて、この釈尊の先見は、いやまして光っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私が10年以上前に対談集を編んだ、ローマ・クラブの創立者ペッチェイ博士は、遺言のごとく、こう述べておりました。&lt;br /&gt;
「これまで探索されたことすらない未開発で未使用の能力という、莫大な富がわれわれ自身の内部にある」「これこそはまさに驚くべき資源であり、再生も拡大も可能な資源」（『二十一世紀への警鐘』 読売新聞社） である、と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
博士と私は、この「生命」の開発を、「人間革命」と意義づけたのであります。その開発の鍵こそ「教育」であり、模範の取り組みを続けておられます。&lt;br /&gt;
それはまた、未来世紀への責任を自覚した「持続可能な開発」への大いなる連動になっていくことは間違いありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏典には「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」（ 「開目抄」 御書231頁） とあります。&lt;br /&gt;
いたずらに過去にこだわらず、また未来への不安や過度の期待に引きずられることなく、 &amp;quot;今、現在&amp;quot;の自己の充実と確立こそ第一義であることを啓発しているのであります。&lt;br /&gt;
いわば、「刹那に永劫を生きよ」「足下を掘れ、そこに泉あり」という凝結した生き方の提示であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まさに釈尊は、 &amp;quot;今この瞬間&amp;quot;に 「生命の宝塔」を光輝あらしめ、そこから、人類の未来を照らしゆく「真実の進歩」を切り拓いていきなさい、としました。これが魂の巨人である大勝利者の言葉であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二のメッセージは、「民の心に聴く」ということであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
仏法では、少々、難しい言葉ですが、「不変真如の理」にも増して、「随縁真如の智」を重んじております。&lt;br /&gt;
つまり、時代や状況によっても変わらない真理に基づいたうえで、刻々と変転する現実に応じて、自在に智慧を発揮していくことが大切であると教えているのであります。&lt;br /&gt;
そうした行き詰まりのない智慧の源泉は、釈尊の「民の心に聴く」という姿勢にあったと、私は考える一人であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「心に問おうと欲することは、何でも問いなさい」 ――釈尊は、しばしば人々にこう語りかけております。まことに、釈尊こそ、ソクラテスと並ぶ「対話の名人」であり、民衆との対話の海の中で、人々を導いていきました。&lt;br /&gt;
釈尊こそ、比類なき「人間教育の大家」であったと思うのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例えば、最愛の我が子を失い、悲嘆にくれる母に、釈尊は、その子を救う&amp;quot;薬&amp;quot;として、芥子の種を探すように語りかけます。&lt;br /&gt;
ただし、その種は、まだ「死人を出したことのない家」から、もらってくるようにと指導するのであります。&lt;br /&gt;
その母は、必死になって、一軒一軒、訪ねて回った。だが「死人を出したことのない家」など、どこにもなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次第に母は、自分だけではなく、どの家も、家族を亡くした苦しみを抱えていることに気づき始める。そして、自身の悲哀を乗り越え、「生老病死」という根本課題の探究に目覚めていったというのであります。&lt;br /&gt;
釈尊が、どれほど民衆の心を見つめ、人々の境涯の向上のために慈悲と智慧を注いでいたか、多くの説話を読みながら胸に迫ってくるのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「法華経」には、持経者の理想的な姿として、あらゆる民衆の声を聞くという徳性をあげております。&lt;br /&gt;
すなわち、「彼の人は、無数の人々の声を聞いてよく理解し、天の声、妙なる歌声を聞き、男女の声、幼い子どもたちの声を聞く。山や川、険しい谷の中の鳥の声までも聞く。地獄の諸の苦しみの声や、飢えたる人々の飲食を求める声を聞く。そして菩薩や仏の声を聞く。下は阿鼻地獄から上は有頂天に至るまで、あらゆる音声を聞いて、しかも耳根は壊れることがない」（法師功徳品、 趣意）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは、単に宗教的実践の指標であるだけではなく、政治・経済・文化・教育の万般にわたる大指導者論であると、私は思っております。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私どもの「創価（価値創造）教育学」の創始者は、第２次大戦中、日本の軍国主義と戦い、73歳で獄死しました。その名は牧口常三郎と申し、創価学会の初代会長でありました。&lt;br /&gt;
牧口会長は小学校の校長でしたが、相手がいとけない小学生であろうと、苛酷な取り調べの検事や看守であろうと、その人の人格を尊重し、常に「対話」を貫き通しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「生涯教育」や「環境教育」の提唱、また「母たちの声」を反映させた学校教育など、牧口初代会長の先駆的な智慧も、「民の心に聴く」という徹した「対話」から生まれたといってよいのであります。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/8942210.html</link>
			<pubDate>Tue, 09 Feb 2010 23:12:35 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>大川隆法氏インタビュー文藝春秋、2009 年08月01 日号２</title>
			<description>(前記事よりの続き)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――Ｍ＆Ａと仰いましたが、仮に自民党も民主党も買い取るとなると、相当なお金が必要です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　Ｍ＆Ａというのはあくまでも譬（たと）えた話であって、実際にはわれわれの政策に共鳴してくれる政治家や政党があれば、吸収合併していくということです。ただ、お金の話は訊きたいでしょう。マスコミ的には書きたいはずですよ（笑）。興味本位で書かれるのも困るのですが、初動期である今はともかく、将来的には政治資金面でも自民党や民主党に見劣りはしないでしょうし、吸収できる余地は充分ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――幸福実現党の政治資金は、幸福の科学で全額負担するのですか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　いえ、いまは教団が立て替えて政党に貸し出していますが、それは最初だけ。政党組織も徐々にできてきて、政党会員からの資金集めも始まっています。候補者の後援会組織もできてくれば、こんご政治資金がどのくらい集まるかも、これまでの宗教の実力から推測できます。決して少ない額ではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――夫人の大川きょう子党首が政教分離について、「宗教施設を政治的に使ったり、宗教法人の役職に就いたまま立候補することも、法的には問題はない」と発言されたが、これについてはどう考えますか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　今の段階は、ある程度仕方がないでしょう。今後は政党として自前の組織や施設、資金を調えていきますので。何らかの母体がなければ政党はできませんから、１、２年は緩めに見ていただきたいですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――３００小選挙区全てに候補者を立てるには莫大な供託金が必要です。１人３００万円で３００選挙区だと合計９億円にも及びますが？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　小さい、小さい。そんなゴミみたいな（笑）。その質問は、トヨタ自動車に「株価が何円下がったら潰れますか」と質問するのと一緒ですよ。トヨタだって、単年度では赤字決算が出たとしても、会社本体はビクともしないでしょ。ウチも仮に９億円没収されたとしても、それで潰れるような教団ではありません。財務体質からみても、「宗教界のトヨタ」ですから、ウチは（笑）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――政党党首にきょう子夫人を選んだ理由は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　やはり能力と知名度です。立党後に党首交代したので家内は２代目党首といわれていますが、ほんとうは３人目の党首なんです。当初は教団内で実力のある別の人間を立てていましたが、選挙を考えるとポスターが大事でね。で、周囲の意見を聞いたら、一般の人にも人気がでるような選挙ポスターの顔に誰がふさわしいかという議論の末に、饗庭（あえば）（直道）君を２番目の党首にしたんです。ただ、並んだ政党幹部の顔ぶれを見渡すと、彼が教団内の役職で最も格下だった。他は元理事長とか元専務理事と、かつての上司ばかりで、「浮動票狙いの外向けの顔にはいいけれども、内部的にはきついだろう」と。彼の教団内の知名度も１割にも満たないくらい低かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その点、家内は教団内の知名度も１００％だし、記者会見の対応や質疑応答の能力も高かった。ならば大川きょう子を党首にして戦うのが良かろう、と３番目の党首になった。このとき４番目の候補は実は私でした。さすがに弟子たちに「勘弁してください」と引き止められましたがね（笑）。目標議席を獲得するのだって、党首の勇気次第です。饗庭君から家内に交代しただけで、当選者はたぶん３倍以上になりますよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――本気ですか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　もちろんです。他教団の中には「選挙に出るのは、どうせ宣伝でしょ」と言う人もいますが、家内まで引っ張り出して、それも党首にしたのは、教団が赤っ恥をかく覚悟があることの証です。本気度の現れですよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――その夫人の能力は、政治家として活かされますか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　少なくとも麻生太郎や鳩山由紀夫より、ウチの家内は優秀です。手腕を実際に見てください。いざ戦えば、麻生太郎や鳩山由紀夫の首は落ちますよ。考え方はアングロサクソン的ですね（笑）。日本の女性には珍しいくらいに、物事の白黒をはっきりつけるし、指揮命令も明確。大軍を動かす将に向いています。サッチャーやヒラリーなど、女性の政治家もいるけれど、家内はヒラリーみたいに軟弱じゃない。とても怖い存在ですよ。&lt;br /&gt;
　家内は、私とも考え方が違います。家内がアングロサクソン的だとすれば、私は和洋折衷型。同じことを聞かれても、私と家内から同じ答えが返ることはまずありません。その意味では、考え方や判断のレベルでも、政教分離は最初から成立しています。そうなると、まぁ私は松下幸之助みたいなものです。幸之助の思想を基にＰＨＰ運動（Peace and Happinessthrough Prosperity＝繁栄による平和と幸福）が起きましたが、死後までその運動は残りましたね。ウチの政党も、私が関わらなくても、あとは組織自身の意志で動いていきますよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「沈黙の10年」のナゾは？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――政策面では、与謝野大臣を「貧乏神」と批判して経済成長を謳ったり、北朝鮮をめぐる安全保障、それに公教育の改革がメインですか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　そうですね。政策の基本は穏やかな保守本流ですが、ラディカルなことも辞しません。安心できる公教育の実現という政策も、きっかけは私の３男のいじめ問題です。「週刊文春」なども書いたからご存じでしょう？問題を解決する能力のない何十万もの教職員と闘うには、大ナタを振るわねばならないし、「利害関係のない宗教でなければできない」とも言われた。それで、３男には「名前を出したら学校へ行けなくなるかもしれないが、いいか？嘘だと思われるといけないので実名でやるぞ」と私が言って、いじめ問題にも教団を挙げて取り組んだんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――「新・日本国憲法試案」では、「天皇制その他の文化的伝統は尊重する」とする一方、直接選挙で選ばれる大統領を国家元首と定めました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　日本の指導者のふがいなさの原点は議院内閣制にあると考えています。つまり首相は間接選挙でしか選べない。その点、直接選挙で選ばれた大統領ならば、指導力を縦横に発揮できます。今も憲法下では、日本の元首は天皇か首相かどちらとも解釈できますが、日本が民主主義を貫くのなら元首は大統領だと明確にした方がいい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　天皇制自体については、２，６００年の歴史の中でも、政治的存在の時代と文化的存在の時代の両方がありましたね。明治維新以後の近代の明治憲法下では天皇は政治的存在になったと思いますし、その意味では昭和天皇は開戦責任や敗戦責任のリスクに晒されました。これからの将来においても、日本は北朝鮮と中国、この二つと戦争する可能性が高いと見ているので、やはり天皇は温存して、国民から直接選ばれた大統領が矢面に立つべきだと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
――幸福の科学がもっとも注目されたのは、９０年代初頭から前半です。９１年には講談社への激しい抗議活動を行ったいわゆる「フライデー事件」があり、９５年には「三塚博総理大臣待望論」や「創価学会亡国論」を出版するなど、マスコミの寵児の一面もありました。しかし、この９５年から２，００５年頃までは静かだった印象を受けるのですが、その理由は？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大川　それは鋭い指摘ですね（笑）。宗教の発展とマスコミの評価は正反対。マスコミに登場する時期に宗教は発展せず、逆に出ない時期にこそ、停滞か消滅したかと思われがちですが、実は発展するんです。会社だって、経営者があんまりマスコミに出すぎたら潰れるとよく言われるでしょ。ドラッカーもたしか経営者が宣伝をやりすぎるところはダメだ、と書いてます。マスコミに出ても、活動エネルギーが削がれる上に収入にもならないし、目立てば敵も増える。疲労困憊するだけでしたね。&lt;br /&gt;
　その点、ウチの教団でいえば、信仰の伝道や資金集めの「植福（しょくふく）」、それに活動拠点作りなども、静かにしていた９５年からの１０年間は、全てが上手く進んだ発展期。活動拠点も、それまでは高い家賃を払ってレンタルしていましたが、大型研修施設や支部など全国で二百数十カ所の拠点を、１円の借金もなく全部自前の資金で建てることができました。今回の政党設立でまたマスコミに出ると、いっぱい叩かれるだろうから、発展も止まるかな（笑）。来年以降はちょっと苦しくなるかもしれないけれど、国難の時期だからしょうがない、意見はやっぱり言わねばならないと、諦めてますよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(終わり)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;
これを読んで、他の人はどんなことを感じるのだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
率直なところを知りたいと思う。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/rightrevolution2004/8694548.html</link>
			<pubDate>Sat, 06 Feb 2010 18:09:53 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
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