ここから本文です
Que sais-je?
曹洞宗の3つの寺院で参禅し、今のところ自宅でも短時間なら毎日坐っています。12/9-13と4泊で栃尾又温泉にプチ湯治。

書庫全体表示

6月9日(土) 朝のみ曇り、のち晴れ 歩行距離:21.3 km 愛媛県今治市(中心部→旧朝倉村)

同宿者はたくさんいた(うち2人は恐らくフランスからの女性ペア)が、みな早出で、特に私のカプセルと同じブロックにいた3人は、みな私よりも早く、7時前には引き払っていた。

0710 宿発。宿の経営者のリクエストで、彼と記念撮影。遍路姿の宿泊客は少ないようだ。

イメージ 1
0745 高野山別院(写真の左が本堂、右が地蔵堂)
本堂、地蔵堂で一通り行う。

イメージ 2
イメージ 3
0805-0825 第55番 南光坊(山門、本堂)
お婆さん、母、小学生風の娘という感じ(本当に母子なのか確認したわけではない)の珍しい組み合わせのお参りを見た。3人とも別々の納経帳に朱印をもらっていた。何かワケアリかもしれない。遍路をしていると曜日の感覚がなくなっていくが、そうだ、今日は土曜日だ。本日は、その後も小学生らしい男の子を含む家族風のお参りを見た。家族で読経していた。なるほど、こういうのもアリだな、と、少し触発される。家族での巡礼、家族での遍路について考えることを喚起させる光景。

イメージ 4
0830 別宮大山祇神社(べっくおおやまずみじんじゃ)
拍手のみ。

今治西高校の前を通りがかる。本日はこれから野球の試合が行われるようで、グランドには人々が集まり、校門には野球のユニフォームを着た生徒が2人、案内役か何かで立っていた。その一人が私を見かけると元気よく「おはようございます!」と爽やかな挨拶。そこで私も「おはようございます」と返し、「ここが野球の強い今治西高校ですか。有名ですよ」と賛辞を追加。お世辞だと言えばそれまでだが、実際、この校名は甲子園でよく耳にしたし、校門での野球部員の態度は褒めるに値する。

(後日注:遍路中には高校野球の名門校を他に3校ほど外から拝見させていただきました。高知の明徳義塾、徳島県三好市の池田高校、そして香川県善通寺市の尽誠学園です。残念ながら、今年はこの中のどこも夏の甲子園に出場していません)

イメージ 5
イメージ 6
0915-0945 第56番 泰山寺(たいさんじ)(本堂、大師堂)
晴れてきて蒸し暑くなってきた。

イメージ 7
イメージ 8
0950-1010 龍泉寺(泰山寺奥の院)(堂宇、十一面観音の鏝絵)
本尊は十一面観音。鏝絵(こてえ)とは、漆喰(しっくい)で描かれるレリーフのこと。一通り行う。脇に小さな接待所があって、年配の女性からコーヒーを淹(い)れていただき、更に饅頭、ポケットティッシュのお接待。近所の方と思しき、やはり年配の男性2人が交わり、しばし歓談。予定外だが想定内。こういうのが寄り道歩き遍路の醍醐味とも言える。勿論、寄り道しなくともお接待を受けたり話をしたりするが、奥の院や番外霊場だったりすると、手厚いお接待受け、長話をする確率も高くなる。

イメージ 9
道端のお地蔵さんと遍路道の道標
(後日注:道標に「八幡へ十三丁」とあるのは、旧57番札所の石清水八幡神社へ13丁(約1.4キロ)の意味でしょう。この神社は現57番札所栄福寺のすぐ近くにあります)

イメージ 10
イメージ 11
1125-1150 第57番 栄福寺(本堂、大師堂)
一部悪路の丘の上、伊加奈志神社と石清水八幡神社を経由して行ったので、距離の割に時間がかかった。

イメージ 12
イメージ 13
1240-1320 第58番 仙遊寺(山門、本堂)
ここの宿坊は天然温泉や食事で非常に評判がいいので是非とも泊まりたかったところだが、あいにく行程上、ちょうどいい距離になかった。昼過ぎ早々に本日の遍路を終了してしまうのももったいない。

山の下りで健脚そうな老人に追い抜かれる。週末の習慣で、麓から往復しているのだそうな。相当な運動だ。見たところの年齢を考えると、なおさらそう思う。

イメージ 14
仙遊寺からの下りで見える国分寺方面の眺望

イメージ 15
イメージ 16
1420-1445 竹林寺(本堂、鐘楼とそこからの眺め)
近所の檀家と思われる比較的若い男女が数人出入りしていたが、お遍路さんは少ないようだ。納札箱にはそれなりの量の納札が入っていたが、寺の前後の道には全く遍路道の道標がない。番外でも一応弘法大師に縁(ゆかり)のある霊場なのだが。本尊(文殊菩薩)と寺院名が同じであることから、高知の第31番と由縁のある寺なのだろう。本堂は本坊よりやや上の小高い丘の上にある。本坊から出て来た住職にその位置を確認した。私は先を急いでいたので、彼とはそれ以上の話はしなかった。

イメージ 17
イメージ 18
1550-1620 第59番 国分寺(本堂、握手修行大師像)
『四国遍路』(辰濃和男)に言及されていた握手修行大師があった。像そのものよりも、本にも書いてあった脇の看板の方が目を引く。やはり札所なので、参拝者が行列を作るようなことがあると、彼も多忙になるわけだ。私のお参りした時は他に誰もいなかったが、それでも納札に書いている「無病息災」、願はこの一つだけにした。

宿の手前の道の駅(湯の浦)で、三坂峠手前から何度も会っている三重からの男性に再び会った。名前を初めて尋ねると、Hさん、と。彼はゆっくりゆっくり、頻繁に休みながら進むし、私は番外の霊場に寄り道しながら進んでいて、結果的に進むペースがちょうど同じになっているわけだ。遍路の仕方で彼ともう一つ違うところは、彼は野宿が中心、私は毎日宿に泊まって金を落としまくりということ。本日など象徴的で、彼は道の駅の休憩所に寝るが、私は温泉地のホテル。「素泊まり7千円超え」と私が言ったら、「高けぇ〜!」と驚かれた。

イメージ 19
イメージ 20
イメージ 21
1745 宿着(ホテルアジュール)(玄関、客室、夕食)
夕食は別途注文した。ルームサービス。

二、三の団体が同宿。エレベーターで、コンパニオン付きの宴会の終わったところに出くわした。私もそういう場の客側になったことは何度もあるが、この、今、遍路をしている人間の眼から見ると、別世界の光景だ。極めて異質に感じてくる。

松山ではなかったことだが、今治では、すれ違いに私に挨拶をしてくる高校生が何人かいた。今治の方が松山より田舎であると言うこともできるのだろうが、若い人々が遍路である私に挨拶してくると、それだけ宗教的な意識の高さを感ずる。私は今治の方を好きになった。

宿の部屋で、鏡に映った自分の顔を観察する。やや厳しい顔つきになったかもしれない。遍路を始めて8キロ強の減量になったためでもあるし、浅黒くなってきたためでもある。なくなればいいと思っていた眉間のわずかな皺も、相変わらずそこにある。しかし1,000キロくらい歩いて経験を積んだ、それが現れているいい顔にも見えてくる。少しずつ「遍路顔」になってきたようだ。やつれてはいない。健康的な顔だ。嬉しい。

この記事に

  • こんばんは、毎日お勤めお疲れ様です。

    昔と比べ情緒が無くなりお接待の欠片も無くなってますが、お遍路の風貌が身に付いて来てるのでしょうね、羨ましいです、昨日位から幾分涼しくなって来ましたが、お気を付け下さいね。

    [ IRIKO7 ]

    2018/8/17(金) 午後 10:22

    返信する
  • 顔アイコン

    > IRIKO7さん
    コメントありがとうございます。私は初めての遍路だったので昔と比較することはできませんが、たくさんお接待を受けたという印象を持っています。例えば上の記事の龍泉寺の接待所など、歩きで番外霊場も回っていると、お接待を受ける確率は上がるようです。

    なお、この記事は6月9日の行程について書いたものです。四国遍路は6月26日に結願、翌27日に終了しています。

    rigmarole

    2018/8/18(土) 午前 7:21

    返信する
  • 顔アイコン

    うんうん、素泊まり7000円は高いなあ

    と言っても宿が取れずに1泊2食10150円
    (ビール2本含む)に泊まりました
    すごく良い宿でしたがすごく高い宿でしたあ

    [ ja9mjb2 ]

    2018/8/19(日) 午後 6:02

    返信する
  • 顔アイコン

    > ja9mjb2さん
    その日の行程や位置関係で、たまに高いところに泊まらざるを得ないことがありますよね。逆に言うと、例えば59番の辺りに民宿か安宿があると、お遍路さんには有難いんですがね。

    rigmarole

    2018/8/19(日) 午後 10:15

    返信する

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事