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バス 電車 登山鉄道と乗り継いで、やってきましたゴルグナード展望台!
では、アルプス、マッターホルンの
雄大な景色を
大パノラマ写真でご覧下さい!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(-。−;)
こ・・・これはどういう事じゃ?マッターホルンがでかすぎて、この一面白いのは
山腹と言うことか?・・・・・・・・・それとも・・・・・・・・・
登山電車が展望台駅に着いた時が、この有様・・・・・・猛吹雪
そりゃ・・・・見れんわな(w_−; ウゥ・・
世界中から来た観光客はこの中に避難してるが・・・いやいや展望台に行かなければ
きっと私たち以外にも一縷の望みをかけて登ってる人がいるはずじゃ!!!
だか
甘かった〜
誰一人・・・・いない
ここで私は人生で一番高いところで(飛行機は除いて地に足をつけて)酒を呑んだ!
二人してヤケクソの万歳乾杯
吹雪いてなきゃ、こんな感じで見えるらしいが
絵に描いた餅ならぬマッターホルンにゃ興味がないわ!
そんな3000m級の展望台でいじけている日本人を神は哀れに思ったのか
ちょいとだけ吹雪がおさまり・・・マッターホルンが・・・・・・・いや見えませんよ
代わりに足元に流れる氷河が見えました
山が見えなかったのは残念だが、きっとまた来いってことなんでしょう!
ゴルグナード駅からチェルマットに戻る電車の中での車内放送
各国の淡白なアナウンスに比べなんと日本の丁寧なアナウンスwwww
スペイン語やイタリア語は次はチェルマットしか言ってないような気がする
デジカメ動画なもんで画像は悪いです・・・・・・すんません
さ〜今日はジュネーブ泊じゃ!!国連ディナーでも食べますかな!
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ドイツ・スイス・パリ
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ドイツから一瞬オーストリアを通ってスイスへ
アルプスの麓の町でカートレインにバスごと乗車して
アルプス山脈のどてっぱら抜けます!
乗用車なら楽勝だが、大型バスともなればぎりぎり・・・・・
アルプスのトンネルを抜ければ、そこは
まだまだ雪は無い・・・・・意表を突かれた感じ
ハイジが住んでそうな山の斜面にある村を眺めながら ←またハイジかい!!?
再びバスでアルプスの山を登っていく。
そして着いたのがマッターホルンターミナル
まだ雪はない・・・・・これも地球温暖化なのか?
ここから電車に乗ってマッターホルン麓の町、チェルマットへ
チェルマットは観光100%で出来ております。 かわいらしい町を後に、今度は登山鉄道でマッターホルンが一望できる
ゴルグナード展望台へ!!
さ〜いよいよ、マッターホルンだ
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遠くにアルプスの峰が見えてきた。
雄大な山並みだ・・・・・
なんか心の奥から熱いものがこみ上げてくる。
雄大な景色は感動はするが、このこみ上げてくる感情は、それとは違う・・・
私は山を愛する山男ではないし、友を山で失ったりもしていない
なんだろう・・・・この感情は・・・・・・
今回出発はドイツのフランクフルト
私は今、フランクフルトの街並みを後にし、スイスへと向っている
山を恋しがり心の病にかかって
ようやくアルムのオンジの元へ帰っていく道のりなんだ!
汽車とバスの違いはあれども、遠くにアルプスの山が見えてきたときの
ハイジの気持ちを思うと・・・・・o(;△;)o
よかったねhttp://emoji.ameba.jp/img/user/he/hello-okaki/12963.gifハイジhttp://emoji.ameba.jp/img/user/he/hello-okaki/12963.gifアルプスの山だよ・・・・・・
しかしハイジのその後は悲惨なんで・・・・とほほです。
え〜ペーターがぁあぁ!!!!そんなぁ〜
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ノイシュヴァンシュタイン城・・・・・私は未だこの城の名がスラスラ出ません・・・言い辛い城NO1です。
※ペラート峡谷にかかるマリエン橋から見た城
バイエルン王ルートヴィヒ2世によって19世紀に建築されたノイシュヴァンシュタイン城は まるでお伽噺に出てくる城のよう・・・
それもそのはず、ルートヴィヒ2世は中世騎士道に憧れ、ワーグナーを庇護し、楽劇の世界に酔いしれ
ロマンティックな城を造る為に建築家でなく、宮廷劇場の舞台装置・舞台美術を担当していた
画家に設計を依頼した城だからです。
当然王の趣味のためだけに建設された城は実用的ではなかったが
かなりの現実逃避と引きこもりの王には住み心地が良かったようです。
しかし今も昔もそんな生活をしていると精神が病むようで、バイエルン政府は王を精神病で統治不能として
ベルク城に軟禁しました。
わずかに102日間住んだだけで夢の城を去った王は、軟禁された翌日
主治医とシュタルンベルク湖畔を散歩中に謎の死を遂げ、その死については
自殺か他殺かは未だ解らないそうです。
誰もが見て、美しいと言う城にそんな暗い背景があったとは・・・・Σ( ̄ロ ̄lll) ・・・・・・
城内はほとんどの場所が撮影禁止で写真がありません。
許されていたのは渓谷に面した廊下とテラス、そして厨房くらいでした。
数少ない城内の写真・・・・厨房です!
おお〜広い〜o(゚ー゚*o)(o*゚ー゚)oこんだけ鍋あればどんだけカレー作れるんだろ!!
そしてテラスから撮った写真は、ルートヴィヒ2世が幼少時代を過ごし
彼の父親が所有していたホーエンシュヴァンガウ城。
そしてテラスから見た田園風景
※この城の見学は自由には出来ません。前もって時間の決められた見学ツアーのチケットを買います。
この時間に遅れると入ることが出来ないので注意してくださいね。
そのチケットも城では売っていませんのでチケットは麓で買っておきましょう!
城までバスや馬車(有料)、または徒歩でやっとこさ着いて
「チケットが無い〜!!」って叫んでも「ちょいと戻って買って・・・」って距離でもないですよ!
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ここを旅する全ての者が恋に落ちてしまう
・・・・・・・・素敵な街道?
ロマンチック街道はずっと農村の景色
時期が時期なのか、収穫が終わり来年の実りにむけ
牧草地には堆肥が撒かれている。
窓を閉め切っていても家畜と堆肥(ウ○チ)の臭いが漂ってくる
・・・・・・・・これが、あの有名なロマンチック街道!??
休憩で止った時ツアーガイドさんに聞くと
な・・・・・なんとロマンチック街道の衝撃の真実が!!! 休息をとったスタンドで売っていたドイツビール
これまたびっくりの、日本円で100円
しかも激うま!!!!
ロマンチック街道の衝撃の真実 (後編)
ガイドさんの説明によると
つまりローマ人が中世に作った街道という意味です
ここは主要な街道として栄えたのですが、第二次世界大戦時に
戦争のためヒットラーがアウトバーンという道を造りました
連合国はそのアウトバーンを主に攻撃したのでローマンテック街道は
ほぼ無傷のまま古い町並みを残すことができたのです。
そ・・・そうだったのね
たしかに広大な牧草地をずっと走ってると、古い町並みが現れてきた 町の中に足を踏み入れればロマンチックな風景があったかもしれないが
強行ツアーは素通り・・・・・・私にとってロマンチック街道はお城がいっぱいあったライン川で
ここはジャーマンカチッキースメル街道だぁ!!
※説明しよう!ジャーマンカチッキースメルとは2010年10月ロマンチック街道に失望した
日本人によって作られた新しいロマンチック街道の名である
しかしロマンチック街道って日本人、すごく来てるんだね〜
途中寄った小さな村のガソリンスタンドの売店のお姉ちゃんが
「コンニチワ」「アリガトウ」って言っていたし
何より驚いたのは、そこに日本語の新聞(たしか朝日新聞だったと・・・)が売られていた
しかも日付けは当日の・・・・・・・なんでも新聞社に頼まれてネット新聞を印刷して売っているそうだ
ロマンチック街道の真実に驚愕しているうちに車窓の景色はスイスに近づいてきたのか
高い山と雪景色に変わっていた。
もうじきノイシュバン・・・ノイシュタインバン・・・・ノイシュタイン・・・・バン
・・・・・・・・・ノイ城に着く!
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