IN MY LIFE

あぁ、どんどん季節が過ぎてゆく〜

家族のこと

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細かい息子

息子はA型です。

だからかどうかはわかりませんが、時々非常に細かいことを言います。


クリスマスプレゼントとしてうちの弟H夫婦にもらった動物かるたが
かなりお気に入りで、一時期しょっちゅうかるたをやっていました。

いつも父ちゃんと勝負しているのですが、土曜日の夜、
久々にやりました。


まず、札は、動物の写真を自分の方にむけてきれいに並べないと気がすまない。

少しゆがむと

「ぐちゃぐちゃになってる!」

と言って直す。


だから、取った時に、横の札が少し歪むと直す。

読み札を読んでいる最中、探しながら歪んでいる札を見つけると直す。

→ 直している間に取られる。


とっても辛気臭い。。。


自分がとった札も揃えて持たないと気がすまないので、
読み札を読んでいるのに、手持ちの札を揃えたりしている。

→ 揃えている間に取られる。


父ちゃんが取った札をバラバラに置いているのも気になり、

「とうちゃん、ぐちゃぐちゃにおいてるやん」

とか注意したりもする…



すべてがこんなに神経質なわけじゃないけど、

わが子ながら、ちょっと笑えて心配な一面です・・・

弟の性格

またまた弟の話ですが…


弟の性格が違うというのは前にも書いたのですが、小さい頃もそれは特徴ありました。

双子とは言え、二卵性(血液型も違う)。

但し、母の話によると出産した病院では、一卵性と言われたとのこと。
大人になって血液型が判明するまで、一卵性と信じてたのですが…


Hは優しく気が小さい。自分の好きなことに没頭するタイプ。
棒を振り回したりするのが大好き。おもちゃの刀とかも大好き。木で弓矢をつくったりしてた。

魚釣りが大好きで、天才的な能力を発揮。
釣れていない大人を横目に、ぽいぽい釣り上げる・・・まるで釣りキチ三平バリでしたね…

しかも、誰に教わるでもなく、すべて自分の経験と研究により上達していくのですから、職人肌なのかも知れません。

高校の時、軟式庭球部でそこそこ強かったので、大学への推薦もあったのですが、
勉強キライだから大学行く気ないとキッパリ断っていました。

料理が大好きで、専門学校へ行き、料理人になりました。

今はちょっと事情があってやってないけど、近々嫁さんと店を持ちたいと思ってるらしいです。



SはそんなHの魚釣りに餌をつけたり、釣れた魚をびくに入れる役。
でもそういうことも全然気にしない。

Hよりもちょこちょこ動き回り、どちらかと言うとソツなく何にでも器用に入り込めるタイプ。
しかし、神経質なところがあり、小学2年生の時 担任の先生が怖くて自律神経失調症になったことあり…

浪人した後に、同じく高校からやっていた軟式庭球を続け、バイトもせずのん気に学生生活を送り、
就職は兄弟3人とも大阪に出ていたのですが、Sだけが、

「どうしても大阪が合わない、イヤだ」

と言って、1年足らずで実家に帰ってしまいました。(ちなみに私は大阪好き。なんでもはっきりしたところが)




実家は結構田舎だったので、家も古く、トイレもお風呂も家の外にあるような造りでした。

小さい頃、言うことを聞かないと物置に入れられたのですが、これも外にあり、戸は木でできており
小さい子供が一人で開けられないような建付けになっていました。


Sが入れられた時、Hは泣きながら

「出してあげて〜!!!」

と言ってたらしいですが、

Hが入れられた時、Sは・ ・ ・ 涼しい顔して遊んでたそうです。。。



双子と言っても、こうも違うもんなんですね〜^^;



・ ・ ・ ちなみに、私は ・ ・ ・


弟二人が生まれた時、父が名前を考えるのが面倒で姓名判断でみてもらったところ


「お姉ちゃんが強すぎて、二人にはどんな名前をつけても勝てません」



と、言われたそう。

何が強いのか・・・・・  でも あたっているような

弟の結婚式

さっき、プリントアウトした最近の写真を整理してて
ふと思い出したことがあります。


弟Hの結婚式でのこと。


中盤から後半にさしかかる頃だったと思いますが、
二人の歩みみたいなのを、写真のスライドみたいなので追って行く
よくあるコーナー?がありました。


AちゃんはAちゃん、HはHで、生まれた時の写真から小さい時、
小学生、中、高校、などと思いであふれる写真が次々と・・・


ああいうのって、くさそうで結構感動的だったりするんですよね。

やっぱり、身内とか昔からの友達もそうだけど、

「ああ、そういえばあんなことあったな」

とか、懐かしかったりして・・・




が、ふと気がつきました。




      私が写っている写真が、1枚も無い!!!




小さい頃、いつも3人でうろちょろ遊んでたのにー!
(お陰で私は男みたいに育ったんだけど)

大雪が降って、お父さんがかまくら作ってくれて、中に入って撮った写真。
母、弟H、S、、、、、私がおらんじゃろ〜〜〜〜〜?!



あんまりじゃないの〜???

気づいてない人もいたけど。



弟夫婦も式の最中に初めて気づいたらしく、後でみんなで大爆笑!!!!!

(Aちゃんはさすがに謝ってたけど)



・・・笑えないって〜の!

不思議な…

このネタは、見る人が見たら絶対私が誰かわかるネタです。
(まあ多分、そういう人が私の記事を見る可能性はないと思いますが)


うちの家族の誕生日はちょっとかわってます。


   弟 3月4日

   私 5月6日

   父 7月8日



お気づきですか?


   345678


そして、皆 ”○○の日”の翌日… 

なんて微妙にはずした家族なんでしょう。



おまけ、母も含め全員が、毎年同じ曜日が誕生日です(生まれた曜日ではありません)

ちなみに、亡き祖母もそうでした。

母のこと

前に母との喧嘩のことを書きましたが、その母のことです。

ソリ合わないのは合わないのです。はっきりしてます。

しかし、私は母には感謝しなければならないのです。



生まれた時、私は先天性心臓疾患の病気でした。

といっても、心臓病としては軽い、動脈管開存症という、生まれて肺呼吸をしだしたら閉じるべき
心臓部分の動脈管が開いたままの状態であるという状態でした。


始めはそういうことは気付かれてなかったため、普通に退院したのですが、私はなかなか熟睡せず、
おっぱいもあまり飲まなかったそうです。


母も、初めての子供なのでよくわからず、なかなか寝付かない私のせいで、自分も夜中中寝られず、
朝方に寝込んでしまう生活だったらしく、祖父/祖母/曾祖父/曾祖母もいる嫁ぎ先で、かなり肩身の狭い思いをしたそうです。


そのうち、近所のほぼ私と同じくらいに生まれた赤ちゃんと比較しても、私がおっぱいを飲まないため
いつまでたってもまるまるとしてこないので、なんかおかしいと思っていたそうです。


3ヶ月検診で、やはり、異常があるということがわかり、その頃肺炎にかかってしまい、入院ということになってしまいました。


生まれて間もないため、肺炎でもかなり危険な状態で、しかも心臓疾患のために血液が肺にもれるということもあり、


「今夜が峠です」


と宣告されたそうです。



なんとか回復して家に戻っても、またすぐに肺炎にかかり入院、ということを何度か繰り返し、
そのたびに


「今夜が峠です」


といわれていたらしいです。



が、やけに生命力が強かったようで…その度に復活。(確かに私はかなりシブトイです)



結局、回復を待って、当時、他県の小児の心臓病の有名な先生がいるという病院を紹介してもらい、
入院、1歳2ヶ月での手術を経て、治療、その後全く何事もなく今にいたっている訳です。



入院生活は、母にとってそれはつらかっただろうと思います。



私の病気は心臓病の中でも軽い方だったのですが、それでも健康体ではありません。

専門家はたいしたことない、というものでも、自分の赤ちゃんが心臓病だと聞かされたら、

きっと、どれほど心配で心が痛かっただったろうと、子供ができたからこそわかります。



毎日注射を打たれていたため、腕も足もかちかちに硬くなっており、仕舞いには刺すところがないほどだったそうです。

状態をみるために、太ももの付け根からカテーテルを心臓まで通したり、かなりきついこともやっていたそうで、赤ちゃんだからこそ耐えられたのだろうということでした。


気がきつい私は、赤ちゃんの頃からきつかったようで、乱暴で嫌いだった看護婦さんを覚えており、睨み付けて泣いていたそうです。


当時の話を聞くと、その度に涙したものですが、極めつけが手術の時のことです。



母の腕の中に抱かれていた私を、ひったくるように(母にはそう感じたのでしょう)看護婦さんが連れていってしまったそうで、私はずっと


「あーちゃん、あーちゃん」


と泣いていたそうです。


父は遠かったため、たまにしか病院に来れず、早くから母と二人きりで入院していた私は、絵本をいろいろ読んでもらい、言葉を覚えるのがかなり早かったそうです。そのため、口が達者になってしまったのでしょうけれど…

その代わり、手術が無事終わって退院するまで歩くことはできませんでした。


母は、つらかったけど、親子二人 それなりに楽しかったと言います。

きっと母にとっては、その時、子供のためにと全てを注いでいたのだと思います。

子離れできなくなった原因でもあるかも知れません…




退院後、うちに帰って初めて滑り台を嬉しそうに滑っている私と母の笑顔の写真が、印象的です。


赤ちゃんの生命力ってすごいなーということと、やっぱり母の愛情だったんだな…と思いますね・・・

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