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昨日からは、新聞やテレビなどマスメディアでは、北京オリンピックの話題一色であります。 しかし、日本国内には、現在でも解決出来ない問題の日があります。 本日、8月9日は「反ロデー」(反ロシアデー)であります。 大東亜戦争の終結間近、1945年(昭和20年)8月9日に、「日ソ中立不可侵条約」(日ソ中立条約には相互不可侵の条文がある為)を一方的に破棄したロシア(ソ連)が、日本の領土(満州・朝鮮半島・南樺太・千島列島)へ侵略を開始した日であります。 ロシアは、同年8月15日の大東亜戦争終結日以降も、武装解除をした無抵抗の日本へ侵略を続け、現在でも、我が国固有の領土である北方領土は、ロシアにより不法占拠・実効支配をされております。 私は勿論、私が議長を務めさせて頂いている21世紀日本政経会議の活動目的に「固有領土奪還と死守」(本ブログ人物紹介)があります。 私は本ブログ(固有領土問題)にて、再三再四、日本の固有領土である「北方領土」問題を書き記して来ました。 私の指す北方領土とは、政府見解の「国後」・「択捉」・「歯舞」・「色丹」の北方四島だけではなく、これら北方四島を含む「全千島列島」と「南樺太」であります。 1855年、「日ロ通好条約」を締結し、日ロ両国の国境は択捉島(えとろふとう)以南(南千島列島)が日本領、得撫島(うるっぷとう)以北(北千島列島)がロシア領として確定され、樺太には国境を定めず、日ロ両国民雑居の地としました。
1875年、「千島・樺太交換条約」を締結し、日本は国境が未確定だった樺太全島に対する領有権を放棄する代わりに、ロシア領とされていた占守島(しゅむしゅとう)までの北千島列島の領有権を得ました。これにより、「全千島列島は日本の領土」となりました。
1905年、「ポーツマス講和条約」を終結し、日本は日ロ戦争の戦時賠償として、これまでの全千島全島に加え、北緯50度以南の樺太、いわゆる「南樺太は日本の領土」となりました。
大東亜戦争終結後、1951年の「サンフランシスコ講和条約」にて、日本は北方四島を除く「千島列島と南樺太の領有権を放棄」させられましたが、同条約には、ロシアへの「領有権の移管」については只の一言も明記はされておりません。 また、ロシアはサンフランシスコ講和条約の調印国ではない為に、日本が放棄させられた「千島列島と南樺太」には「帰属する国」はなく、当然ロシアの領土とは認められてはおりません。 ロシアは、1941年4月13日に調印された「日ソ中立不可侵条約」を、1941年7月7日の「関東軍特殊演習」の日本側の挑発行為により、同条約は事実上の効力が消滅したと主張をしていますが、同条約には「有効期間は5年であり、その満了1年前までに両国のいずれかが廃棄を通告しない場合は、さらに次の5年間、自動的に延長されるもの」とあり、1945年4月5日にロシアは、「翌年期限切れとなる同条約をソ連は延長しないことを日本に通達した」との経緯を見ても判るとおり、1945年8月9日の時点で同条約は破棄をされてはおりませんでした。 更に、「全千島列島と南樺太はロシアの領土だ」と言う、ロシアが主張する1945年2月の「ヤルタ会談」とは、米・英・ロの三国による「秘密会談」であり、当事国の日本は参加していない事からも、国際法上拘束力を持つ条約ではなく、当然国際社会で認められる会談ではありません。 従って、北方四島は勿論の事、千島列島と南樺太を、ロシアは不法占拠・実効支配をしております。 歴史的事実、国際法上、北方四島を含む全千島列島と南樺太は日本の固有領土であります。 さて、良識ある日本国民の皆様には、2月7日の「北方領土の日」についてはご存知の事だと考えます。 日本政府は、1981年(昭和56年)1月6日の閣議了解により、毎年2月7日を「北方領土の日」とすることを決めました。 「北方領土の日」について
昭和56年1月6日 閣議了解 1 趣 旨 北方領土問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な北方領土返還運動の一層の推進を図るため「北方領土の日」を設ける。 2 期 日 毎年2月7日とする。 3 行 事 北方領土問題関係機関、民間団体等の協力を得て集会、講演会、研修会その他この日の趣旨に沿った行事を全国的に実施するものとする。 「北方領土の日」設定の理由書 我が国の固有の領土である歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島の北方四島は、戦後35年を経過した今日、なおソ連の不当な占拠下にある。 これら北方領土の一括返還を実現して日ソ平和条約を締結し、両国の友好関係を真に安定した基礎の上に発展させるという政府の基本方針を支える最大の力は、一致した粘り強い国民世論の盛り上がりである。 最近、北方領土問題に対する国民の関心と理解は、着実に深まりつつあるが、全国的観点にたてば、なお一層の啓発を図る必要がある。 このような現状にかんがみ、毎年2月7日を「北方領土の日」とし、この日を中心として全国的に集会、講演会、研修会等の行事を行い、この問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な北方領土返還運動の一層強力な推進を図ることといたしたい。 なお、2月7日は、1855年(安政元年12月21日)日魯通好条約が調印された日である。 「北方領土の日」が制定された当時、私はまだ行動右翼団体に所属をして活動をしており、日本が北方領土の日を「制定」する趣旨については「賛成」をしてはおりましたが、その「内容」については、日本政府へ断固たる「抗議」を行いました。 抗議の内容は以下の通りでありました。 第1に、日本が返還を求める北方領土とは、北方四島のみではなく、北方四島を含む全千島列島と南樺太とすべきである。 第2に、北方領土の日は、2月7日の日露通行条約の日ではなく、8月9日の日ソ中立不可侵条約破棄日とすべきである。 現在も、行動右翼団体では、8月9日は「反ロデー」として、ロシアへ「北方領土返還」の抗議活動を行っております。 8月9日は、大東亜戦争終結間近に、日ソ中立不可侵条約を一方的に破棄したロシアが、日本へ侵略を開始した日であります。 ロシアの侵略はまさに鬼畜そのものであり、大量虐殺や強奪行為、日本人女子への集団強姦、日本人男子へのシベリア抑留による強制労働など、日本人は悲惨な思いをさせられました。 日本人は、一方的に条約を破棄した泥棒国家であるロシアに、断固たる抗議をしなければなりません。 日本人は、侵略戦争をしたとの誤った歴史観を捨て去り、自国の歴史に誇りを持たなければなりません。 良識ある日本国民の皆様、日本の固有領土である北方領土についてご考慮下さい。 ===お願い致します===
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