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言葉

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− あらゆる社交は、おのずから虚偽を必要とするものである。

  もし寸毫の虚偽をも加えず、我々の友人知己に対する我々の本心を吐露するとすれば、

  古の管鮑の交わりといえども破綻を生ぜずにはいなかったであろう。

  我々は皆多少にもせよ、我々の親密なる友人知己を憎悪し、或いは軽蔑している。−

                    −芥川龍之介(侏儒のことば)−


強く共感を持ったわけではないけれど、読んで、あるいはそう言うものかもしれない、とも思う。

自分に関していえば、「親友」に対しては、ほんのわずかであっても「憎悪」や「軽蔑」に当たる思いを

感じた覚えはない様に思う。その点はとても恵まれているのかもしれない。でも、職場における友人・知人に

関しては、こういったネガティブな感情を理性で包み、自分がそれに気づかないように努力して交流してい

る事もあるかもしれない。

それにしても、芥川龍之介の言葉は、まさに真実をついている事が多いけれど、少し強すぎる表現が多

い様に思う。

「道徳とは便宜の異名である。『左側通行』と似たものである」

と言う様な事も言っている。まさにその通り、と思うけれど、非常に強い表現だ。しかし、

「自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には耐える事は出来ない」

というような、まっすぐ心に入ってくる言葉も多い。

本棚からしばしば手にとって読み返してみる言葉集だ。


(ちなみに、「管鮑の交わり」とは、中国の故事に由来する言葉で、「お互いに相手を理解し合った、
 きわめて親密な交わり」のことだそう。)

イメージ 1

私の宝物の一つ・・その価値、80円くらいでしょうか(紙+インク代)?でもとても大切な物・・

22歳の頃から始めた、「言葉」のスクラップです。本を読んでいて、心に残る言葉があったとき、それ

らを書き留めてきたものです。何度読み返す事か・・リルケ、サン・テグジュペリ、ゲーテ、芥川等いろ

んな人々の言葉をまとめたこの1冊、遠出するとき持って行きたいところをはずせるように、ファイル紙

に変えて、数年前PCを使って少し綺麗に造りなおしました。

大切な物を失った人や、新しい門出をする友等への贈り物になったこともしばしば。中には、タクシーに

乗っていて、ラジオから流れてきた言葉もあります。「人は、聞くに早く、語るに遅く、怒るに遅くある

べきである」と言うのがそれ。誰が言った言葉なのかも分かりませんが、なんだか心に残り、書き留めま

した。その後数年は、毎年手帳の見開きに書いていた言葉でした。座右の銘、とでも言うのでしょうか。

その後、少し変わってきて、現在の座右の銘は、この言葉カテゴリで以前書いた、「In much of your

talking….」で始まる一連の言葉。

この「言葉」書庫で書いているのは、この1冊からの言葉がほとんどです。

私が長く生きれば生きただけ、厚くなっていくだろうこの1冊、何か特別な愛着があります。

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We can love completely, without complete understanding.

理解できないものを完全に愛する事なんてできるのだろうか。

以前観た映画で出てきた言葉だ。「A River Runs Through It」だったか、少々違うタイトル

だったかもしれないが、牧師の父親が、放埒な息子を愛しながらも受け入れられず、葛藤

した後にその子を失い、発した言葉だった。

人は、自分と相容れない部分を持った者を、完全に愛する事ができるのだろうか。価値観

が違い、自分が当然と思っている事が当然でない者との間を愛で結ぶ事ができるのだろう

か。友情という愛でなら、可能かもしれない。でも、伴侶としてはむずかしくないだろうか。

親子であっても、受け入れにくい気がする。しかし、受け入れがたい部分を非難しながらも、

その人の存在を包むように愛する事はできるのか?

この映画は、美しい映画だった。釣りを通して父と息子達のつながりを描く様子も美しい。

ロバート・レッドフォードの監督であったか、もしくは彼が監督したかと思わせるような

作りの映画だった。彼の映画はどれも、観た後、何か黙り込んでしまうような余韻を残す。

放埒な息子役を演じたブラット・ピットが昔のロバート・レッドフォードの生き写しの様

だったから、そう感じたのかもしれない。

ゲーテ

「頭と胸の中が激しく動いている事より 素晴らしいことがあるだろうか。
 もはや愛しもせねば迷いもせぬものは 埋葬してもらうがよい。』

大好きなゲーテの言葉だ。

もう結構な年齢なのに、こんなに人に惑わされたり、物事に戸惑っていたりしていいのだろうか、

などと感じていた時に出会った言葉だ(「もう結構な年齢」と感じていたのは、なんと23-24の

頃だったが。じゃ、今はどんな年齢?)ゲーテは激しい言葉が多いようだ。確か『芸術家は全て

30歳で十字架に架けよ。かつて純粋だったものも ひとたび世の中を知れば悪者になる』という

ような言葉も吐いていた(記憶で書いているので2−3文字異なるかも)。

この頃出会ったプルーストの言葉も:

「We know we are still alive  because we can still desire.」

特別な事を言っているわけではないが、その頃は何か助けられた。占いと同じで、漠然と言われた

言葉が、その時の自身の状況と重ね合わせると、特別当たっている、意味を持っているように感じ

る、ということなのだろうか。

−「後に残ったものの反省や後悔は、死んだ人の重荷になる」

 「死んだ人のせいで思い煩うのは、死んだ人をののしるのと似て、
  あさはかな間違いが多い」

 「罪は消えるときがないかもしれないが、悲しみは過ぎ去る」−


川端康成の「千羽鶴」にある言葉だ(言い切りの形にしたが原文は女性の語り口調)。

私の前の職場の同僚がお父様を亡くされた時、喧嘩別れをしたまま、和解をしない

ままに逝かせてしまったと、随分落ち込んでいた。その時に、何か彼の気持ちを楽に

させてくれる言葉はないかしら、と選んだのが最初の2つの言葉だ。3つ目の言葉も

やはり「千羽鶴」から。

この本を読んだ時は、身内を失う経験をまだ持っていなかった私だったが、妙に

心に残り、記憶に残っていたのだ。

私は夏目漱石のような、ちょっと皮肉屋っぽい、さっぱりした文章の方が今は好き

なので、川端康成はちょっとセンチメンタルすぎる気がしてはあまり読まなくなっ

てしまった。それでも、学生の時は全集を揃えるほど読んだ。川端康成、太宰治、

三島由紀夫−学生の頃は、入り込んで、総なめに読んだ。その後は、あまり手に取

ることは無い。これは、私に限った事なのだろうか。それとも、彼らの文学は、

皆が一度熱中し、ある程度読みきってしまった後、卒業してしまうものなのだろうか。

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