奇想の庭(温室)

昭和34年出版、修道社『ロシア文學全集 第27巻 ロシア詩集』の紹介、及び、撮りためた写真より。

全体表示

[ リスト ]

テーレク河の贈りもの

テーレク河は峨々たる岩群(いわむら)の間に
荒々しくも 憎々しげに 咆えたて
その泣き声は嵐に似ており
涙は無数の飛沫となって飛ぶ
けれど 大草原(ステップ)沿いに疾走しつつ
河はずるそうな顔つきとなり
さもいそいそと とり入るように
水音をたてて カスピ海に話しかける

「なあ お年寄りの海さん 通しておくれ
わたしの波に隠れ家を与えておくれ
わたしはしごく自由にほっつき歩いたので
もう 一休みしてもいいころなんですよ
わたしはカズベク山から生まれ出て
雲たちの胸にはぐくまれたので
見知らぬ人間の権力とは
いつでも闘う用意ができていました
わたしはあんたのお子さんたちを慰めようと
親しいダリヤル峡谷を切りひらき
それは それは たくさんの丸石を
お子さんたちのために駆りたてて来たんですよ」

 だが 柔かな岸辺に頭を垂れたまま
カスピ海は眠っているように静かだった
すると ふたたび テーレク河はとり入るように
水音たてて 年老いた海に耳打ちをする

「わたしはあんたに土産物を持って来ましたよ
そりゃ土産物でも 普通のじゃありません
戦場からやって来たカバルダ人です
とても雄々しいカバルダ人です
その人は高価な鎖帷子をまとい
鋼鉄製の腕甲を当てがい
回教聖典(コーラン)からの聖なる詩句が
それらの上に金で書かれていました
その人は不機嫌に眉を寄せていましたし
また その口髭の両端を
真紅に染めていましたのは
燃えるような血潮の尊い流れです
眼なざしは見開かれて いらえなく
前々からの敵意に充ち満ちています
聖なる頭髪はうなじをつたい
黒く ふさふさと 波うっています」

 だが 柔らかな岸辺に頭を垂れたまま
カスピ海はまどろみながら 黙している
すると 気短かなテーレク河は心たかぶり
年老いた海にまたもや話しかける

「ねえ おじさん この上ない贈りものですよ
そのほかのどんな贈りものだって かないませんよ
わたしはこれまで隠していたのです
わたしは若いコサック娘の亡骸を
あんたのところへ 波で大急ぎに運んで来たのです
その両肩はほのかにも蒼みを帯び
ブロンドの髪がふさふさと垂れています
娘のおぼろな顔だちは愁いをたたえ
眼(ま)なざしはとても静かに 熟睡(うまい)はあまく
そして 胸には 小さな傷のため
細い一筋の真っ赤なものが流れています
ところが このうら若い美少女を
河のほとりで 恋い慕わない者が
山地に住むコサックの
村全体にたった一人いました
彼は黒毛の馬に鞍を置き
山また山の夜戦に出かけるけれど
悪いチェチェネツ人の剣にかかって
きっと その首を落とすことでしょう」

 ここで 怒りっぽい奔流は語りやめた
すると その流れの上に 雪のように白く
洗われた髪をいただく頭が
ゆらゆらと 浮かび上ってきた

 そして 権威にかがやく老人は
雷(らい)のように力強く立ちあがり
その紺色のふたつの眼は
情熱の液に蔽われていた
老人は小躍りし 歓喜にあふれて
その両腕をさしのばし
流れ入る河の波また波を
愛のささやきもて掻きいだいた

1839年
【稲田定雄訳】

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事