奇想の庭(温室)

昭和34年出版、修道社『ロシア文學全集 第27巻 ロシア詩集』の紹介、及び、撮りためた写真より。

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詩人の死

             復讐を 皇帝よ 復讐を
             わたしは御身の足もとに膝まずく
             何とぞ公平に役人どもを罰せられよ
             御身の正しいお裁きが 子孫代々
             後の世永く その罰を伝えるように
             悪者どもがその罰にのっとるように
詩人は逝った 栄光の囚われ人は
胸を射たれ 復讐に燃え
たかぶる頭をおし垂れ
名声をそしられながら 倒れていった
詩人の心は耐え得なかったのだ
かずかずの小さな侮り 辱しめ
彼は曾てのごとく ただひとり
世の考えに立ち向かい そして殺された
殺されたのだ 今更何になろう 号泣も
そらぞらしい讃美の無用な楽隊も
悲しげな しどろもどろの言いわけも
運命の審判は下されたのだ
彼の自由な 雄々しい天稟を
はじめてあのように長い間虐げたのは
かすかに潜んでいた火の種を
戯れに吹き起こしたのは 汝らではないか
そうではないか 喜ぶがよい 彼は苦悩を
最後の苦悩を耐え得なかったのだ
炬火のように驚くべき天才は消え
華麗な花環は萎びたのだ

彼の殺害者はいとも冷やかに
弾を放ったのだ 救いはない
うつろな心臓はことなげに鼓動し
その手にピストルは震えもせぬ
何を怪しもう 遥か彼方から
何百人という脱獄者のように
幸福と位階をあさりもとめて
運命のままにわれらの国へさまよい来たり
殺害者は不敵にもあざ笑い 賤しんだのだ
なじみ得ぬ異国の掟と習わしを
彼はわれらの栄光の人を惜しみ得なかったのだ
その血腥い瞬間にも 理解し得なかったのだ
自分が何ものに手を振り挙げたかを
かくて 詩人は見えわかぬ嫉妬の擒となり
自分が驚くべき力を籠めて詩に讃えた
あの無名なやさしい歌い手のように
無慈悲な腕に打ち倒され
彼は詩に 墓穴に葬られたのだ

何故に彼は 温和な優柔と純朴な友情を離れ
自由な心臓と炎のような熱情にとっては
嫉ましくも息苦しいこの世に出て来たのか
何故に彼はとるにたらぬ中傷者どもに手をさし伸べたか
何故に彼は 偽りの言葉と追従を信じたか
幼い時から 彼は人々の心をよく見わけたのに
そして 人々は曾ての花の冠を取り去り
荊棘(いばら)の月桂冠を彼にかぶせた
けれど 秘められた荊は痛々しくも
栄光の額を傷つけてしまった
嘲り好きな輩(やから)のたけだけしい囁きに
詩人の最後の瞬間は毒されたのだ
そして 彼はむなしくも復讐に燃え
期待を欺かれ 密かな怒りを懐いて死んだ
妙えなる歌のひびきは消えてしまい
そのひびきはもう二度と伝わらない
歌い手の隠れ家はもの憂く 狭く
そのくちびるは封じられているのだ

さて 卑しい行いによって誉れを得た親どもの
汝ら 高慢なる後裔よ
娯しみのために弄ばれたやつばらの
奴隷の踵に踏みつけられたかたわれよ
汝ら 玉座のかたわらに立つ飽くなき群よ
自由を 天才を 栄光を首斬る者よ
汝らは法の庇護のもとに身をひそめている
汝らの前には裁判も 真理も みな黙ってしまう
だが 淫蕩に溺るる者よ あるのだ 神の審判があるのだ
峻厳な審判は待っているのだ
それは黄金のひびきを寄せつけない
それは思想や行為よりも先を知っている
故に 汝らがいかに讒言(ざんげん)しようとも 無駄なことだ
それはもう二度と汝らの思うようにはゆかない
そして 汝らは詩人の純潔な血を
汝らすべての黒い血をもって洗い清めることはできない

1837年

註 この詩は決闘に斃れたプーシキンの死に捧げられた。(編者)
【稲田定雄訳】

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